過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

役割

Sさんからの文章を読みながら、胸騒ぎが止まらない。1つの事件がもたらす傷の根深さ、思いもよらない
苦しみ、だけれどもそれを文字で読むことはできても、感じることはできないということ。

いろいろと文字を追っていき、読み終えたあと、気づいた。

私は、被害者にはなれない。
けれど、なれないからこそ、もしかしたら、私の役割があるのではないか。

いつも、被害者と加害者のあっちもこっちも見て、本を読んで、頭がぐるぐるしている。
どっちにも説得力がある言い分があるけれど、どちらも傷ついている(と思う)。
けれど、どこまでも私は第三者で、どこまでも他人事であることが、どうしようもなく中途半端で、
都合の良いときは忘れて、離れて、また都合よく戻ってくる。
そんな態度が許せない一方で、そこに没頭することが怖かった。

しかし、私はきっと、何者かになろうとしてたんだと思った。
時には被害者に憑依し、時には加害者に憑依し、どちらにも響くような言葉を囁くすーぱーうーまん
になろうとしていたのだと思った。

わたしは自分の役割を理解した。
被害者でもなく、加害者でもない、将来的に被害者になるかもしれないし、加害者になるかもしれない、
結局、よく分からない全体の一部。
そんな人間だからこそ、できることがあるはずだと思った。

与えられた環境の中で精一杯頑張るということは、そういうことなはずだった。
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by jengsauman | 2009-07-08 22:54