過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

カテゴリ:本( 2 )

落ち葉

言葉やうそっぱちやそれらしさではどうすることもできない状況に自分をもって
いきたい。その中でしか見えないことがあるから、そういう時間を1秒でも増や
していかないと、こうしてすごしている意味がない。登山とはまさにそういうこ
となんじゃないかと思う。頭で考えても、どうにもならない自然の中で、わたし
はゴマのようにちっちゃく、ポツンとした点でしかない。そこらの落ち葉となん
ら変わりない。

いつもいつも、遅すぎることを悔やみ、失望し、諦める材料にして、より信じる
ことをしなくなり、うすっぺらい感覚の上で、びくびくしながら生きてきたけ
ど、やっぱり今が正しい。それしかないんだろう。それを受け入れるというか、
それを理解するまでは、いつまでも人の人生を生きていくだけなんだろう。

毎日は、苦ばかりじゃない。平和は築くものではなくて、気づくものなんだとい
う高遠菜穂子さんの言葉に、とても力をもらえた。そうか、そんなことがありえ
るんだ。本を読んでいて、私ととても感性が近い人なんじゃないかと思った。イ
ンドやネパールで、いろんな意味で汚い怖い場所と私が思いこんでいる場所にこ
そ、愛があることを、頭じゃなくて身体が感じることを、私も体験してみたい。
そう強く感じた。その可能性を知ってしまった。行くしかないだろう。

今日の1冊
『愛してるってどう言うの?』 高遠菜穂子
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by jengsauman | 2008-08-03 09:18 |

ぼくは勉強ができない

「殺さざるを得なかったのかもしれない。」
こういう想像力を持つことは、とても危険だと思っていて、
また反論してくる人へどう対せばいいか分からなくて怖いから、
私はそういう思いを表に出さずにいる。

最近起こっている自分勝手と思われる殺人事件について、
私はやっぱり上のような思いを持ってしまう。


なぜみんな山田詠美の本が好きなのかと不思議でしょうがなかったが、
読んで、吸い込まれていった。
おもしろく、小さな違和感を殺さず、正義ぶらず、ごまかさず
物語調で問いかけてくる感じがとても心地よい。
忘れかけていた、レッテル貼りな自分への抑止なんていうことを
頭で考えて、プッと自分で笑いたくなる。

○と×でしか分けられない稚拙で卑怯な自分。
でも、ほんとはどっちとも分けられないことばっかりなんじゃないか。

それに、この本の中に出てくる奥村先生についての記述、
私がなぜ教師にならなかったのかがよく分かった気がして膝うちものだった。

今日は、PLの花火の日かあ。
毎年、PLの花火に一喜一憂していたあのころから、なにか変わったのだろうか。

今日の1冊
『ぼくは勉強ができない』 山田詠美
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by jengsauman | 2008-08-01 09:12 |