過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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リスタート

昨日という日の実感があまりない。
私はあまりに普通に友に会い、普通に話し、食べ、そして甲子園に行った。
どういう風に文をかいていいか、久しぶりによくわからない。
今はそういう気分。

私は自分の駅発の電車に乗り、一番前の席に座った。
目の前に線路がただ続く。
でも、これをずっとたどっていけば、友に繋がる。
それが前はとても怖くて、どうすれば避けられるか、それしか考えてなかった。
でも、今日は私はそれを目指してこの電車に乗っている、いや、むしろそんな特別な
思いさえなかった。自分が昔、自分の体型にとらわれていなかった時、好きなように
人に会い、人とかかわり、繋がっていた時にとてもよく似た感情だった。
ただ、あたりまえのように友達に会いに行く。相手にどう思われて、相手をどう
不快にさせてしまうか不安でしょうがなくて、自分を取り繕うことで頭が一杯だった
私とは少し違った。
電車に乗って、たとえ人の視線が自分の太い足にあるように思えてもそんな自分を
鼻で笑えた。「まあまあ、そんなんどうでもええやないか」と。

あたしはそのあたりまえに人に会いに行く感情をとてもとても不思議に思った。
おとといの女友達に会いに行くときもこれと似た感情を持ったけど、
それ以上に更に自然だった。不安と対極にある自然さ。なんて言葉で表わせば
いいか全然思いつかない。とても安全な、とても自然な感情。
それに戸惑いながらも本当に嬉しかった。私はずっとこれを求めてたんよね、きっと。
私は自分の頭で混乱させた自分自身が何を求めているのかさえわからなくなって
いたけれど、それが一つまた分かった。こうして自然に「自分」に戻っていけばいい。

本当はもっと不安になると思ってた。
だから、ある意味「あれっ」って感じで、おかしかった。
電車に乗りながら、これまでの経過を考えたり、友とのこれまでの関係を思い返したり、
いろいろするつもりだったのに、全部どうでもよかった。
だって、全部過去だから。
私にとって重要なのは、今のあたし、そして今の友、そして今の私たち。
過去を今さら持ち出すことに何の意味もなく思えた。

だから、電車の中で私は本を読んだ。深く共鳴する。

誰が正しく、誰が間違っているかは重要なことではない。
本当に重要なのはコミュニケーションだ。
人々が互いに理解しあえるようにすることだ。
これは難しいことだよ。
そこにかかわるすべての人がそういう方向に向かって努力しなくては
ならないからね。
しかし、君が変えられる唯一の人は君だけだ。
君は他の誰も変えられない。


そう、本当にそうだ。私は私を変えることしかできない。
でも、私は私を変えることはできる。
そして、他者も少しでも同じ方向に動いていると期待する
勇気を持つことで、自分の存在をより他者と相互補完関係にできる
んじゃないかなと思う。相互依存でなく、相互補完。共存。

そういうことを考えてるうちに、駅に着いた。
そして、明後日会う予定の友達に電話した。
むこうから電話があったみたいやったからかけたけど、
それだけじゃなくて、私は友に会う前にその子と話して再度自分の気持ちを
確固たるものにしたかった。大丈夫だ、と。
さすがに駅に着くと、少しドキドキした。でも、それも心地よかった。
なんせ、もう5年ぶりくらいだから。それを楽しむのもいいかなあと。
電話を切って友を探す。

しかし、ヴィトン前という場所がどこを指してるのかわからない・・・。
がーん。。あたし、ほんまに大阪人!?
そう思ってたとこに友が電話してくる。
「そこ行くからおって」と言われて「はい・・・」と。
少しきょどる(笑。

ちょっとしたら、むこうで電話を片手にキョロキョロしてる友を見つけた。
「うわ~~~なつかしい!!」
と思った。超超久しぶりで、なつかしくって、もう嬉しかった。
眼が合った瞬間にむこうも私に気付いた。
そっか、これだけ太ってもみんな結構分かるのね(笑)と思った。

あえてなにも触れずに、普通にしゃべった。数年ぶりであろうが、なかろうが、
そんなことどうだって良かった。
あたしはほんまにあの場所で、あの空気で、友にまた会うことができて、
それだけで嬉しかった。

とりあえず地下鉄に乗る。
淀屋橋で下りる。梅田に向かって歩く。
怖くなかった。ちょっとだけ怖かったけど、怖い範疇に入らない程度だった。
だって、何もこだわってないから、あたし。少なくとも、そうしようという意思を
持ってるから、そうできなくてもまたその思考に戻れる。
今の姿が現実であって、それ以外ではありえない。

スタバでしゃべる。お互い何も変わってないわけじゃないけど、
今からだって遅くない気がした。
友とあたしは親友ではなくて、実はあまり知らないことも結構ある。
でも、何かずっと繋がっていて、何かずっと気になってきた存在。
私はいつも虚勢をはっていたけど、こうしてこの人の前で
こんなにダメでよわっちい自分を見せられることがすごいことに思えた。
それは、どんなに形式的に意義あるように思えた過去のもろもろの
ことよりもずっとずっとずっと。

スタバを出てから、梅田に歩いた。阪神百貨店に行く。
地下で買い物する。もちろん、食べ物。
私は無理してなかった。向こうも自然だった。それがいい、そういうのがいい。
サラリーマンやからな~とおごってくれた。

それから阪神電車に乗る。
うわ~めっちゃめちゃ久しぶりの阪神電車。
ちょうど「ノンストップ特急 甲子園行き」があったので乗る。
そのネーミングが電光掲示板に出てるのがツボにはまった。
しゃべってる間に着いた。近いな、さすがノンストップ。と思ったが、
そこで、友の突っ込み
「でもさ、これって通常ダイヤの間の臨時特急やから、
結局必要以上にとばされへんから別に速ないやん」って。
よくよく見たら、結構なノロノロ運転(笑。
たしかに止まってへんけど、速くもない(笑。

甲子園に着いた~~~~~~!!
こんな駅だったっけなあ。久しぶりって何もかもがキラキラして見える。
駅に着くともうすんごい人で、テンションが上がりまくり。
神宮やドームの比じゃない!なんせここは甲子園!!
しかもライトスタンド!!!!!

中に入ると、あの風景が見えた。
あのすごい広がり、あのすごい熱気、そして人。
ああ~ここに来たなあと思う。
ずっとずっと、約束しては破り、約束しては破り、
それを繰り返して数年、また昨日それを破ろうとした私を
優しく制してくれたこの友に私は心からお礼が言いたかった。
会ったときからすでに心があつーくなってたけど、ここに来たら更に。

試合は最悪だったし、暑くて暑くてしゃーなかったけど、
ほんまに行ってよかったと思った。ほんまに。
それにしても1点くらい入れろよ・・というのはおいといて、
私はふとした瞬間に自分の体がもっとこうだったら・・と思った。
けど、そんなこと秒殺できるようになった(笑。
「それは過去の結果としての今を点でしか見てないからでしょ」と
瞬時に思えるようになった。
あたしが見るべきなのは、もちろん「現実」。
でも、あたしが自分を変えようとするときにみるべきなのは「未来」。
現実を嘆きの材料にするなんて、ほんまにナンセンスや。
あほらしい。だって、そうやったって何にもプラスに変わらへんもん。
そんな暇があったら、今どう動いて未来をどう変えるか考えろ~~
と自分に指令を出せる。

友が私の姿をみてどう思ったか、確かに気になったことは事実。
でも、敢えて自分からはその話を出さなかった。
ここで「いや~すごい太ったな」といわれても、
「いや~別にあんま変わらへんやん」と言われても、
全部どうでもよかっただろう。そんな言葉、必要なかった。
「あたし太ったでしょ」と自分を落とすこともしたくなかったし、
意味もなく謝ることもしたくなかった。
あたしの現実はここにしかない。

ただ、そう思えてもやっぱり不安な気持ちは完全に払拭することは
できなくて、だから私は帰り道で少しだけ過食したい衝動に駆られた。
そのとき、本当に考えた。「この衝動は何で起こっているのか」。
きっと不安だったんだろう。あんなに普通に優しくされたら余計に。
本心では「こいつやばいなあ」って思ってるんじゃないかと友を疑う気持ち
が存在したのは事実。だけど、あたしはそれを無視し、ポイと捨てた。
そんなこと考えたくなかった。それが私の本心から出る意思だった。

友との別れ際、「また連絡まってるわ」という言葉が聞こえた。
私という人間を表面でしかみてないと思ってた友が、たとえ偽善者であろうが、
何であろうが、私の内面を知ってもそれを受け入れ、ちゃんと話をして
くれたことに私は、「ああ、友達ってこういうもんか~」って思った。

歪みすぎて、逃げすぎて、距離の取り方がわからなくなった私に
「当たり前やん」という態度できっつい大阪弁連発してガハガハ笑う友が
心地よかった。俺ビール腹やからUFOキャッチャーのあれでつかんだら
でいっぱい取れるわ~って言ったのが、めちゃ笑えた。
あたしも同じように言うことはできんけど、
心の中ではそういう心もちでいれたらええなあ。

別れてから、電車を乗り換えて、座っていたらメールが入った。
普段、友からメールが来ることはほとんどないからびっくりした。
あたしを応援してくれていた。。。すげーなあ、あたしには同じ情況で
同じことができるかどうか自信ないわ。
別に何の言葉もいらなくて、ただ「今日は会えてよかったよ」って
言うので十分だった。
あたしのほうが何倍もそう思ってたと思うけど(笑。

私は思う。
友達にさえ自分の弱みを出せなくなっているということは、
それが既に自分へのシグナルだと。
友達を含めて、自分の周りにいる人は、私が過食や拒食を持っている
という表面的事実なんかどうだっていいんだと思う。
驚くことはあるかもしれんけど、それ以上でもそれ以下でもなく、
「あ、そうなんや」と受け止めるのみ。きっとそうすることしかできないし、
その事実をああだこうだ言っても、何も建設的でないと分かってるから。
問題の根本はそんなことではない。
もしその事実自体でどうにか思う人がいたら、きっとその人自身も自己不在だ。
だから、そんな反応に傷つく必要なんてない。

何もできんけど心はそばにいるからと言ってくれる。
それが一番私を支えてくれるんだと気付いた。
苦しい時に、3回に1回くらいは(笑)、「くるしいよう~」と叫べる場所がある。
それ以上に幸せなことがあるんだろうかと思う。
価値観がどうとか、理解とか、同情とか、もうそんな頭で考えることなんて
どうだっていい。ただ、その存在が愛しい。
私は私しか変えられない。でも、変えようともがいてまた訳わからんくなってる時に、
「まあまあ、そんなキリキリせんと、休み休みいきや~」と
オアシスのように私を救ってくれる人がいる。
それにちゃんと気付けてよかった。ほんまに。

数ヶ月前、私の一番の友達に話したとき、その子は私に病院の資料と
CDと手紙を送ってきてくれた。そこに
「あんたの力になりたい人は、あんたの周りにめっちゃいっぱいおるんやからな。
それだけは忘れんといてや。」
って書いてたのを覚えてる。
そのときは、全然わからなかった。どこにおるねん、と真剣に思った。
というか、その情況になっても、まだ人に頼りたくないと思っていた。

数ヶ月経って、私は自分が自分で壁を作って、何も見えなくしてたことを痛感した。
私のそばにはとても心が温かい素敵な人がたくさんいたのに、
自分が逃げてただけだったんだ。人に自分の内部を開示するのが怖かった。
それに、言っても分かってもらえなかったのが怖かったけれど、
他人のことなんて分かるわけないんやから、そこはどうだってよかったんや。
そうじゃなくて、ほんまに自分が人の中で活かされていることに気付くべきだった。
本当に罰当たりすぎるわ!反省しろ、あたし!(笑

自分が自分の現状を受け入れることは、本当に苦しい作業だと思う。
自分の理想から乖離すればするほど、自分という存在がいろんな
方向から引っ張られて、引き裂かれて、もう何が何か分からなくなる。
空中分裂してしまいそうな気がする。
でも、そんなときこそ、人に自分のことを叫べる勇気を!
自分が「そんな人いない」って思っても、本当はいる。
絶対に居る。ただ、自分が見ないようにしてるだけで、
探せばその場所は必ず近くに存在すると思う。
もし私にできることがあるなら、苦しむ人のそばにいること
しかできないかもしれないけど、あたしがこうして救われたように
誰かのそばにいて、その人を大切に想いたいと本当に思う。

ここのところすごい思ってた。昨日更に強く思ったこと。
自分の現在の姿を、自分の過去を知る人に知らせるのは本当に苦しい。
だけど、そこを重点にするんじゃなくて、本当の闘いはその後だ。
自分の現状を他者に伝えることによって、私はまだ多少ゆがんでたとしても
自分の状態を理解している。何が問題かも大体分かっている。
そして、あたしの考えることを知ってくれた他者がいる。
その情況こそが始まりに過ぎない。
今までは何も見えてなかった。今は少し見える。でも甘える場所もある。
でも、それに甘えすぎちゃ、一生前に進めない。
友達や近しい人は彼らには彼らの生活があり、苦しみや悩みがある。
私は彼らを大切に思いつつ、いつも心の中で気にしつつ、でも自分と
闘わないといけない。それが今の私に必要なことなんだと思う。
だから、あの子はあたしの摂食障害を知ってくれてるから、ちょっとくらい
甘えてもいいや、という思考はしたくない。あたしは、やっぱり今の自分で
できることを最大限にやりたい。もちろん、愚痴を言ったりするのは問題ないけど(笑。
そういう個同士として尊重できあえる仲になれたら、ほんまに素敵やなあって思う。

だから、今の私がたとえまだ這い上がり段階で、まだまだ自己不在で
まだまだ不健康で、自分を自分で管理できない状態だとしても、
今をスタートだと思えばいい。以前をリセットするという意味ではなく、
リスタート。過去を全部肥やしにして、また歩んでいく。
これからをプラスにしていけばいいんだ。
最悪の状態を友達に見せてしまえば、そこから良くなるしかないやん(笑!!
そして、これから良くなる過程で、良くなる度に、
今の状態をネタに笑っていきたい、と思う。
自虐じゃなくて、この現実も、あの過去も、私は本当に大切に思っていて、
それを愛しく思ってるからこそ!

まとまりがなさすぎるまま結局最後まで来ちゃった。
でも、私は7月30日を記録的な阪神の大敗(大袈裟)とともに、
自分の駒をまた一つ前に進めることができたこの温かい1日として
ずっとずっと覚えてるだろう。

ほんまに、ほんまに、ありがとう。
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by jengsauman | 2005-07-31 02:35

新幹線があっという間

私はのんびりしてるとよく言われる。喋りかたも遅い(らしい)し。
でも、とってもとってもせっかちなところがある(笑。
新幹線はその最たる例で、よっぽどのことがない限り乗りたくない。
なんで東京から大阪に帰るのに2時間半も電車に乗っとかなあかんねん。
のぞみが普及する前はひかりで3時間やったし!
いつも名古屋についたころにはぐったりしている(笑。

でも、今日はなんとなく新幹線に乗って帰りたかった。
空港ではなくて、地続きで新大阪に着きたかった。
そのほうが大阪にまともに帰ってきたことを表わす気がして(笑。
会いたい人の顔がたくさん浮かんでも、その想いを抱きしめたくなった。
いつもみたいに緊張するんじゃなくて。

そして、今日は新幹線に乗ってる間がほんまにあっという間やった。
ありえない奇跡(笑。
というのも、ずっとメールと格闘してたから。
ほんとはメールなんて10分くらいで打って、あとは勉強しよう!といろいろ
持ち込んだのに、新大阪に着いてもまだメール推敲中。
結局環状線に乗ってやっと送信できた。3時間??ありえん!(笑

今日メールを送ったのは、明日会う約束をしていた友達に私の今の情況と
心情を話して、ほんとはとても会うのが怖いこと、私は今は吐かない過食であって、
前に会ったときとは全く別人の自分であること(←これを言わずにはいられんかった)、
それから私として生きていくためにできるだけ表面的なものを排した価値観で
日々を暮らしていこうとしていること、でも表面的なものを大切にする人を
尊重したいこと、私もそれを完全に排するつもりはないから、そのバランスを取る
のが難しくて、あなたに会うのが怖いとも。できることならば、楽しいはずの時間
を私とではなくて、誰か好きな人と過ごして欲しいということも書いた。

私はこのメールを送って、家に帰ってから会いに行こうと思っていた。
メールでフェイドアウトするんじゃなくて、ちゃんと会って、今の私の姿を
知らせようと思っていた。何もできなくてもそれだけは絶対にしようと。
だけど、それから後はもう縁が切れると予想していた。
少なくとも疎遠になるだろうと。そうなって欲しいとも少し思った。

何が逃避か?という問いをずっと考えていた。

彼と7月30日に会うと決めてから、私の思考はいろんな変遷を遂げた。
でもいつも根底にあったのは、「痩せないと会えない」。
それを覆すことはできなかった。痩せるために、また極度の食事制限も
した。過度の運動もした。毎日公園に行っていたのは、散歩ではなくて
走るためだった。ここでも嘘をついたかもしれない。でも、私の体も心も
いつも強迫観念と隣り合わせで、私はギリギリのところにいた。
ここまで来たのに、まだ私は変われていない、という思いを隠しながらも、
走ることで脂肪が減るというあたりまえの結果を期待した。

でも、ずっと不安定だった。1週間野菜ばかり食べて運動して満足して、
それが健康だと、いい方向に行っていると信じても、どこか違うと思っていた。
そしてその次にはいつも反動が来た。その反動はどんどんでかくなった。
自分でもどうしていいかわからなかった。
確かに前よりはとても冷静になれていた。それに、野菜も美味しいと思った。
それは嘘じゃない。でも、私の根底にあった考えは「痩身至上主義」。
つまり、他力本願。他者に認められることで安易に自分を保とうとした。
自分らしさ追求の必要性にもまだ気付いてなかった。
だから、自分をまだ騙していた。

何度か反動を繰り返していく中で、私はしんどくなって頑張ることをやめた。
ここ1ヶ月くらいのことかな・・?
カロリー計算も、脅迫的な運動も、散歩も、「~ねばならない」ことを全部
やめようと思った。ある意味、あきらめた。
7月30日はどんどん近づくのに、どんどん離れていく感があった。
その日その日の関心事に気をとられているうちに、あと一週間になった。
それでも、私は1週間でどれだけ体を削ることができるだろうか?という
思考を持っていた。でも、できなかった。もうしんどかったし、第一私自身が
そんなことしたくなかったから。

どうやって彼に自分の本心を伝えて穏便に疎遠になれるだろうかと
考えていた。
でも、突然飛び込んできた高校の親友との再会。
あそこで私は彼女に会えて本当に良かった。
彼女が私に言ってくれた言葉を反芻した。

「ダメならダメだ~~ってまわりに言っちゃえばいいねん。
まわりはその症状を知らんからすぐに理解はできへんと思うし、
何もできへんかもしれへん。でも、自分がそう言うことによって
その人たちは少しずつ症状を理解できるようになるかもしれん。
ほんまに心配してくれる人はきっとその叫びを聞いてくれるから。
怖がらないで、だめだ~~怖いよ~~って叫べばええねん」


その言葉を聞いた時、すごく胸に響いた。
今までそんなことしたことない。でもやってみたい、そう思った。
そして、私は彼に自分のことを言ってしまおうと決心した。
それでどうなろうがどうでもいい。そしてそれは逃避ではないと思った。

そうして冒頭のように新幹線でうーんうーんって考えながらも
私は書いた。かなり分かりやすいリアルな表現を用いて。
これで疎遠になってもいいやと思えるくらい思い切って自分の思うことを書いた。
でも、唯一気をつけたことは、絶対に自分で自分を落とさないこと。

いえに帰ってからまずごはんを食べた。父がビールを飲もうと言ってきたのに、
「いや、今から運転するから」と言って断る(父、寂しそうだった・・)。
もう腹は据わっていた。何も怖がることなんてない。
失うものもない。傷つくとしたら、それは過去の私だろう。
今の私は、自分に必要なように動いている。
今から運転して、彼に会って、話をして、別れて、また運転して家に帰ってくるだけ。
今回の帰省の二大目的の一つをこういう形で結論づけるのは逃避ではないと
私は納得した。だから、こうしようと思えた。これでいいんじゃなく、これがいいと思った。

そして、電話した。彼は外にいた。
メール見てびっくりしたで、調子悪いん??ってきいてきた。
私は普通にしゃべった。「そうなんよ~、はは」って。
卑下しない。でも逃げない。ちゃんと向き合って話す。
少し話した後、意外な言葉が返ってきた。
「明日会おうや」

私は素で「ええっ!嫌や!」って言った(笑。
言えた!言えた!勿論心から嫌なわけじゃ全然ない。でも、嫌だって言えたのが
うれしかった(ごめん、友よ)。
「俺も楽しみにしてたしさ、野球見たら心も晴れるで」と楽観バクハツな発言!
それに対して私は
「いや、私ほんまにやばいねん」「ほんまに前と違うしな」「きもいで」←自分落としてる。
そしてごにょごにょ言ってたら友がこう言った。
「自分、そんなんな~、人生長いんやから、そんな時期があってもええやんか」

やばい・・・・。やられた。うれしかった。
その瞬間、「不可能とは通過点に過ぎない」という句が頭をよぎる。

「誰だってうまくいかんときはあるんやから、
もし明日起きて無理やったらそれはそれでええやん。
とりあえず、会おうってことにしよ。」
って言う友は私よりもずっと心が広いと気付く。
より表面にこだわってるのはあたしの方だった。。。。。

ショックを和らげようと「会ってもわからんと思うで」って言ったら
「また自分で落としてるやん」と即座に突っ込み。
「自分、かなり被害妄想激しいで」、とか言うな!
ほんまに突っ込みが容赦ない。
でも、だから愛すべき人たちなんやなあ。
明日、友の驚愕した表情を楽しんできます!!
ああ~、あたしもっと前にいける、きっといける!!

私は友と再会する日の像をずっと痩せた自分と重ねていた。
それが達成できた日=また会える(ことを自分で許せる)日と。
でも、昨日・今日と感じたことを通して、気付いた。
きっと「今の私でいいや。弱みも汚いところも見せちゃえ」って
思えた時がそのときだったことに。
それは、過食や嘔吐が止まったら摂食障害とお別れできると
勘違いしていた時に、もっと問題は自分の中にあることに
気付いた感覚に似ていた。勇気が必要だけど、自分の中に
切り込むことで、それがどういうネジレの状態か少しわかった瞬間。

ああ~、ほんまに友達って最高や!!!!!
一人じゃ何もできません。何も気付けません。
ほんまにこんなあたしと友達でいてくれてありがとう!!!!

というわけで運転は中止。日曜か月曜はドライブするでえ~。
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by jengsauman | 2005-07-30 00:47

普通だった

友達に会ってきた。

いつから会ってないかお互い覚えてなかったけど、ついこないだ会ったばかりな気がした。
私たちの間に流れる空気は以前と何も変わっていなかった。
何を言ったって好きに流したり、突っ込んだり、怒ったり、爆笑したりしてくれる。
私は人との距離、間の取り方に気を遣わなくていい感覚がここにあることを
心から嬉しく思った。何でずっとそれから逃げてたんだろう。
何で友達を信じられなかったんだろう。
「気づいてあげられなかった自分が悔しい」と言ってくれた友達に
私は申し訳なさでいっぱいだった。そう思わせてしまったことも、ずっと隠してたことも。
彼女は彼女でいろいろと抱えていることを伝えてくれた。
そして、来年結婚することも。本当に幸せになって欲しい。

私たちはいつもパズルをはめながら、時々自分でひっくりかえして
また一からやりなおしながら、何でうまくいかないんだろうって思いながら
生きている。

すごく不器用。そしてすごく非効率。

時には隣に居る人が、そのパズルの位置を知っているかもしれない。
でも、勇気を出してそれを聞くことができなくて、私たちは迷宮に迷い込んだりする。
でもそれしか方法がない。そうするしか前に進む方法はない。きっと。
だから、今日もパズルが余計ぐちゃぐちゃになることを恐れながらも
また一個一個をはめようとしていく勇気を持つべきなんだろうなあと思う。

過去は過去だから、その事実を歪曲することはしない。
けど、もういっちょの勇気をもてたら、現実をよりよくできるんだって
そのことにいつも気づけたらいいのに。

東京ドームの練習風景を見ながら、私たちは高校にタイムスリップしたような
感覚だった。私と彼女は少し似ていて、二人共自分の感情を外に出すのが
苦手だった。でも昨日は違った気がする。私も、向こうも、それを意識的に
変えようとしていた。自分でそうしたいと決めて。

私は自分の痩身願望だけじゃなく、
いつもはあまり言いたくない(or言わない)過食のことも、
その時の心情も、
嘔吐のことも、
鬱のことも、
権力、地位、学問、その他の形あるものへの依存も、
何だって言った。言おうとした。
「さすが○○やね~。何でもできるんや」って言われたかったんやろ?って
言われて、素直に「そうそう」って認められた自分が居た。
前ならほんまにむかついた言葉だったと思うけど、
今なら素直に「そうなんよ~。あたしあほやったわ」って言える。
だって、それはあたしが依存すべきものではないんやから。
いや、あってもいいけれど、それが第一義的になっちゃいけない。

相手は聞きたくないかもしれないけど、
そんな気を遣うような相手でもない。
それが親友。聞きたくなければ向こうが勝手に聞き流す。
それに任せればいいと思える。

大阪では何を感じるんだろうなあ。
私は多分、こうして一つ一つ、一人一人と向き合っていくしかない。
失敗する時もきっとたくさんある。
多分明日は大失敗しますから(既に弱気(笑))。
でも、逃げるにしても、ぶつかるにしても、最低限の礼儀はある。
自分の常識を相手に分かって欲しいなんて思っちゃいけない。

女は痩せているのがいい、
女は綺麗なのがいい、
外見最重視、
そう思う男友達を批判するつもりは全くありません。
でも、私はそう思う人とどう対していいか分からない。
いくら昔の友達でも。
きっと私は落胆する。きっと傷つく。
でも、いいんや。ここを越えたらきっと私は変われる。
今まで私を縛っていた最大の鎖を壊すことができる。
よし、明晩、運転して会いに行こう。
明日大阪帰ります。
どんなことがあっても、私は笑顔で東京に戻ってくるよ。
自分に嘘つかない。それだけは守るから。
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by jengsauman | 2005-07-28 22:35

笑ったもん勝ち

う~~~~~~~~~~~~
怖い~~~~~~~!!!

友達に会うのも、この自分とどう折り合いをつけるのかも、
怖いっちゅうねん~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!
また言い訳するのを制止する自信もないがな!!!

でも私は絶対笑いに変えてやる。
今はできなくとも、最後は笑えたもん勝ち。
そうできた時、きっと私はもう一個乗り越えてるはずや。
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by jengsauman | 2005-07-28 07:30

打破、打破、打破

明日、また東京ドームにいけることになった。
一緒に行く人を探してたとこに、ふと高校の友達が浮かぶ。
高校の仲良い友達の中で唯一まだ関東にいる子。
ずっとひっかかってた。早く連絡しないと、しないと、と
ずっと思ってた。でもずっと逃げては問題を先送りしてた。
今、あたしは、面の皮が少しだけ厚くなった。
こんな姿で会いに行くことだってできるんや。
いつまで逃避するねん?
いつまで「昔の体型に戻ったら。。」という逃避句を続けるねん?
ずっと自分に問うていた。
それにやっとファイナルアンサー。

「今、その逃避句を打破します」

友達にメールした。
1年以上ぶり。しゃべったのは・・・多分4年とか前?
一緒に旅行に行って以来かな。それともさいたまスーパーアリーナ?
もう忘れちゃった。

あたしが連絡してきたのにびっくりした友達は
「なんかあったんか!?」と返信してきた(笑。
あたしはどんだけ爆弾キャラやねんな。
でも、全然前と変わらないあたしたちに私は笑った。

あたしは大切なものをいっぱい失ったかもしれない。
たくさんぶちぶち切ってしまった。
でも、もう一度それを繋ぐことだってきっとできる。
それを可能にするのは、自分がそれを乗り越えること。
そして、それを受け入れてくれる友達に感謝すること。

このカラダを見た友達はきっとびっくりすると思う。
けど、きっとあたしの話を聞いてくれて、
あたしのことを受け入れてくれると信じてる。
あたしはこの4年か5年の歳月、何度も友達のことを
想ってたことを伝えたい。
決して忘れたわけでも、嫌いになったわけでもなくて、
自分の幼稚さ、甘さ、過度の固執によって
こういう状況になってしまったことを謝りたい。
ほんとに、ごめんね。って。

そして、思いっきり、思いっきり楽しみたい。
あたしは隠すものなんてない。
後ろめたいこともない。

一個一個をうやむやにしないで、
全部打破、打破、そして打破していく!!!
絶対諦めへんから!!!!
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by jengsauman | 2005-07-28 02:36

友達へ

あたしは自分の過食も拒食も嘔吐も全部自分だと思えるようになった。
どっかから降って来た暫定的に異常な状態ではない。
たしかに不正常な状態かもしれないけど、
それも含めてあたしなのだ。だから責任は全てあたしにある。
天変地異ではない。これらは全て原因があって、過程があって、結果がある。
それらを一連のものとして捉えられたら、まず一歩前進。

友達に話した。
あたしは、いつものことながら自分を護りながら話した。
が、別にそれは想定内であって、それでも良かった。
分かってもらいたいから話すのか、自分を偽りたくないから話すのか、
それとも私を構ってほしいから話すのか、どれもそうかもしれないし、
また別の理由があるのかもしれない。どちらにせよそれは考えても分からない。
話せたことが嬉しかった、ただそれだけ。

私はいつも思う。
世の中に数え切れないほどある病気や症状の中でたった一つのこれに
こんなに固執して、こんなにエネルギーをとられて、こんなに思考する時間を
割いて、どんだけ井の中の蛙なんじゃ!と。
でも、そうしないわけにもいかないし、きっとそうすべきなんだろうからそうしている。
どんな病気にしろ、不正常な状態にしろ、それがその本人に伝えてくれるメッセージ
はそれぞれで、それを受け取らないで無視しちゃうと、きっとまた違う形で
現れるんだろう。きっともっと私を苦しめる形で。だから、たとえ井の中の蛙でも、
一個でも見えてれば、一個でもちゃんと真摯に向き合えば、それを認めよう。と。

一度にいろんなことをやろうとしすぎて、いつも共倒れになる。
あれもこれもできないとダメだと思い始めると、理性と感情がどんどん乖離する。
それに気づいてて気づいてないふりをする確信犯だ。
まずそんな自分を制する。誰がそんなの求めてるの?自分?他者?と聞く。
自分なら続ける。他者ならやめる。いたってシンプル。

私はやっぱり笑いが大好きだ。
笑えてナンボ。ネタにしてナンボ。
人に笑われるのが大好き(?)。
いや、人を笑わせるのが大好き(笑。
よって、ここ数日の粗相もネタにして友達に送ってみた。
前なら絶対できなかった自分の恥さらしを平気でできる悦び。
なんでかというと、きっとそれを晒しても、私の心の中にあるものは
確固として変わらないから、痛くも痒くもない。
そうそう、いいねえ~。この感覚を増やしていけたらいいなあ。

もし、私を知ってる友達が偶然このページを見たら、私は超びびるけど、
別にどうぞって感じです。
前は必死で隠してた。自分の思いが自分のカラダより外にでることが
怖くって。でも、今は何でもどうぞ~みたいな感じです。
だって、あたしはこうとしてしか生きられないから。
今だって100%自分らしいわけじゃ全然ない。
そして、また近いうちに私の考えてることは変わると思う。
でも、私は2005年7月27日にこういう思考を持って
生きていたということは確固とした事実であるんやから、
どれくらいの満足度でも、それを100%受け入れたい。
それが私という人間の歴史であり、それが自分の人生に
責任を持つことではないかな~なんて思ったりします。

とても自己中心的な考えに偏っているこのごろだけど、
それでも、あたしは自分を出していくことで、きっと必要な批判を
してくれる友達に頼ることを覚えていけると思う。
自分で自分の全てを監視するのは無理。だからこそ人に頼り、人に頼られたい。
そして、自分の不完全性を愛したい。
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by jengsauman | 2005-07-27 19:29

『君の顔が好きだ』

斉藤和義って東京ではあんまり有名じゃないんかな??
今は知らんけど、大阪のFM802は昔よくこの人の曲をヘビーローテーションにしてた。
声自体が郷愁を誘うのに、郷愁という歌を歌ってたりして、とにかく郷愁な人です(笑。
『歌うたいのバラッド』という曲がとても流行りました。

この人の歌で『君の顔が好きだ』っていうのがあって、
♪君の顔が好きだ
君の髪が好きだ
性格なんてものは僕の頭で勝手に作り上げりゃいい
君の肩が好きだ
君の指が好きだ
形あるものを僕は信じる♪

みたいな歌詞なんですわ。
いや~、これがヘビロの時は聞くたびに「斎藤和義しばくぞ!(怒)」
と思ったもんですが、いつの間にか歌えるようになってた自分(爆。ノリノリで(笑。

「形あるものを僕は信じる」
それはよく分かる。形あるものは見えやすくて、信じて裏切られても、
それが存在したことは証明できる。故に、自分が過去に信じたこと自体は
正当化できる。でも、そうじゃないものはとても難しい。
できることなら形あるものを信じて、それで満足して生きたい。
でも、それができない。それが逃避による自己防衛であり、また安易な
自分の価値認定方法だと思うから。。。
だから、私は形あるものよりも、形ないものを自分で形づくっていくしかないと
今は思ってるけど、だからといって形あるものを否定するつもりは毛頭ない。

きっと両方必要なんだろうと思う。
だから、この歌を聴いて今は全然腹が立たない(笑。
バランス、と一言で言ってしまえば簡単やけど、きっとそうだろうなあ。
綺麗なものは好きだ。綺麗な花も綺麗な眼も綺麗な手も綺麗な顔も。
だから、私だってそれに依存している。ムカツクのはお門違いだ。

でも、それだけじゃない。というか、比較すれば、私はきっと形あるものより
形ないものに価値を持ちたい。世の男の一体どれほどが「内面重視」なんて
いう言葉を本気で言ってるのか甚だ疑問やけど、あたしはあたしだ。
女としてのあたしではなく、あたしとしてのあたしの持つ価値観がそうなだけ。
アホみたいに単純でも、何も分かってないって言われてもいい。
ただ、あたしは自分の納得する価値観で自分の問題を乗り越えたい。
そうすれば、どんな余計なものが私を襲ってきても、私はそれをスルーする
ことができる気がするから。余計なものと触れることも必要だけど、それに
私の心が踊らされてまた自分を見失うのは哀しい。
だから、私は私の信念を持ちつつも暴れて、泣いて、成長したいなあ・・。

今自分が恐れていることは、原点に戻って精神レベルで考え過ぎるゆえに、
表面的なものを過度に毛嫌いしてしまうこと。そういう議論を避けてしまうこと。
本当は自分は好きなのに、そんなの本当に大切なことじゃないと思い込んで
しまうこと。
人間は理性だけじゃダメだと思うけど、どこで線引きしていいか分からん。
それを頭で考えても分からんやろうから、ちゃんと思考を放棄して自分の
本能?に表舞台に出てくる場を提供してあげないと、って思う。
めっちゃ難しいけど。いつでてきたいんかわからんし。
いつも、テレビ局のカメラみたいに、いろんなアングルで構えてて、瞬間瞬間で
あっちのアングルだ!とか、こっちのアングルだ!とか一人でやってるのは
大変だ。でもやれる限りのことはやってみなきゃ。
そうしたら、きっと何かが見えるはず。その可能性を信じて。
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by jengsauman | 2005-07-27 19:10

快勝

今日は東京ドームに行ってきました。
阪神VS巨人。

いや~最高!!!!!
ほんまに最高!!!!!!
シーツが3本もホームラン打ったよ。
桧山もホームラン打った!
兄貴もヒット打った。
しかもレフトスタンドの超熱いところだったから、
盛り上がりまくってもうすごかった。
あはは、言葉になってない・・(笑

あたしは腹の底から声を出しまくった。
選手の応援歌も六甲颪もチャンスマーチもとにかく
めちゃめちゃでかい声で歌った。
誰もあたしのことなんて気にしてない。
だから、大事なのは、あたしが「楽しい」という実感を持つこと。
その時間を共有する人とたくさん笑いあうこと。

快勝したあとは、飲み会。
今日治療した歯が痛みまくるも、食べた。そして飲んだ。そして笑った。
みんなほんとに楽しそう。そして阪神を愛している。
それでええやんか、と思ふ。
難しいことを考えるよりも、心を思いっきり開いて、
「楽しい」と感じる瞬間を抱きしめたい。
今日は本当に楽しかった。
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by jengsauman | 2005-07-27 01:45
今日、いろいろ考えていたところに、大学のゼミの友達からメールが来た。
彼は今アメリカに居て、あまり多くは語らないけど、いろんな壁にぶつかりながら
それでも自分として生きることを本当に一生懸命模索しているとても素敵な人。
完全なアナログ人間で、いまだにメールが来ること自体が信じられないけど、
アメリカに行ってから大分ましになったと評判(笑。

彼の言葉にこんなんがあった。
一日一歩三日で三歩三歩進んで二歩さがる。三歩どころか五歩さがる。
それでもその五歩しっかり踏んでればいいのです。


ほんまに同い年か?っていうような文体やけど(笑、とても好きです。
あたしたちは全然違う道を歩んでいるけど、今持っている思考はとても似ている
と思う。だから、ほんのたまにしかメールが来なくても、全然気にしない。
そして彼の言葉にはウソがなく、取繕いもない。だから、いつも深く共鳴する。

そうか~、五歩下がっても、失敗しても、後悔しても、やっちゃったと思っても、
それをしっかり受け止めればいい。思いっきり失敗してやればいい。
失敗しまくって、泣いて、悔しがって、それでもきっとあたしはまた前に進もうと
できると思う。根拠はないけど、きっとできる。
いつも間違いに怯えていたけど、ほんとのスタートはその後なのに。
人間は失敗しないことが素晴らしいんじゃなくて、失敗しても立ち上がるという
ところが素晴らしいんだ。学べばいい。失敗から学べばいい。そして、絶対に
二度と同じ失敗をしなければいい。

その友達はこうも書いてた。
二つ選択肢があったら変な方を選ぶようにしてる。
そうしておけば30になった時変なのだけは誰にも負けないからな。


きっと、「変なこと」というのは、「より勇気のいること」、と言い換えられるんじゃないかと思う。
あたしもそう思うな、ほんとに。

がんばれ!あたしも頑張る!!
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by jengsauman | 2005-07-25 17:46

変化と不変

あたしは今、大分素でいられています。(また波があるのは分かってるけれど)
格好つけるのなんて意味ない、問題先送りだ、と思っている。
表面を飾るのも別にいいけど、それに依存して内面に切り込めないなら
いっそのことやめちまおうか。と感じる。
ずっと長い髪で隠していたこの丸顔を自分で認めるために、これがあたしだと
受け入れるために、髪を切ろうかなあと思う。
あたしは、自分が一人間として生きることを模索するのがしんどくて、長い髪
でいることで世間のウケに依存し、自分らしさを模索するのを怠った。
髪の毛に限らず、本当はあたしはどうありたいのか、考えたことない。
どうあるべきか、ばかり。
どうあれば、責められないか、褒められるか、認められるか、そればかり。
それが如何に虚しいことか、もう十分分かった。
たくさんの人に表面的に認められることは自分が自分として生きていくことに
何の関係もないことも分かった。
今まで疑問も持たなかったことを、とにかく変えてみようかな。
手探りでも、自分が少しでもこうしたいと思うままに。

あたしは、あたしと大切な人達がハッピーでいるために生きている。
そして、毎日一人でも多くの人と出会い、その中に少しでも自分と
価値観がかぶる人がいたら、そこから広げていきたい。
全然価値観が違っても、それをそれとして受け止めればいい。
相手と関わるために自分をカメレオンみたいに変える必要なんてない。
自分が自然に広げていきたいと行動し、思考していく上で変化を求める
ならば、積極的に変えていけばいいと思う。
でも、変えたくも無いのに、特に変える必要も感じないのに、変えたほうが
その場がラクだからって、ひょいひょい肌色を変えるのはもうやめる。

ダメなことなんかない。
これしちゃダメ、あれもダメ、そんなのない。
ダメだって思った瞬間にあたしの感情は心の奥底に封印されてしまう。
封印事項が多すぎて、外に出てきていいものはほんの僅か。
そりゃ「you are boring」とも言われるわ(爆!←by.無邪気かつ正直なカナダ人
そりゃそうよ。あたしが一番そう感じてるんやから。

幸せやなって瞬間的にでも思える時って、きっとあたしは自分の感情を抑えてない。
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by jengsauman | 2005-07-23 02:49