過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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気持ち悪い

昨日からずーっと吐き気がする。
過食とは違う吐き気で何だか不安がよぎる。
あたしのカラダはどうなってんのか。
一日絶食した結果、何も変わらなかったし、
「食べないから気持ち悪いんやろ」といわれて、
それもそうかとちょっと食べてみた。
でも、変わらない。しかも、猛烈に過食したくなった。
こんなに気持ち悪いのに、過食したくて、
タバコも吸いたくて、何がしたいのか、自分の中で
何が問題なのか分からない。

この感覚が最強に嫌いだ。
痛いなら痛いでイライラするのだろうけど、
痛いより気持ち悪い感覚のほうが気持ちが落ちる。

ここのところ、自分の体や食行動よりも、
自己と他者とかそういうことばっかり考えたけど、
結局自分に戻ってきた。
そうだなあ、あたしはやっぱり自分のこともっと知ろうとしないと。


久しぶりに鬼束ちひろの歌を聴いた。

『Rebel Luck』

途切れない軌道
確かな意味と何度はぐれても言える
「全てはきっと私そのもの」だと

跡形さえ無くなった心が私を抱き
「貴方の方が少し脆いだけ」と言う

行き場を失う衝動に
横たわったなら思い出して

途切れない軌道
確かな意味と何度はぐれても言える
「全てはきっと私そのもの」だと

「信じようとぶつかる壁を恐れないで」
破けた靴が私を連れ戻す

錆びれを疼かす正体を
突き止める事じゃ進めない

幾ら階段を踏み外しても
幾ら迷っても言える
「こんな足でも 歩けない筈は無い」

途切れない軌道
確かな意味と何度はぐれても言える
全てはきっと 私そのもの
微かな糸に変わって行く

自分が自分を見失ったり絶望に潰れそうな時
思い出すだけ
何にも失くしてない



何度踏み外しても、やっぱりこのカラダとこの精神と付き合うことを
放棄しちゃいけないんよね。
エネルギーが沸かない日もある。不安定な日もある。
でも、こうして一個一個、いろいろ試しながら、
あーこれは違う。あれも違うって試してるうちに、
「おっ!」っていう感覚があるはずなんよ。

あたしが今こころの中に感じている違和感は、
綺麗に纏めようとしすぎている自分に対してかな。
もっと汚いはずやのに、平和なことばかりじゃないはずやのに、
綺麗で安定した日こそが自分の理想という認識をどこかで
持っているから、「何か違うぞ」って魂が感じてるんちゃう?

過食することを以前ほど過敏に毛嫌いしなくなったのは、
前進ではなくて、諦めなのか?ってことは退歩?

待てよ待てよ、ちょっと精神論ばかり考えるのは当分やめよう。
カラダと純粋に向き合ってみなきゃ。思考が暴走する。
非生産的なことを自分で止める勇気を持とう。
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by jengsauman | 2005-09-26 01:24

飲みすぎた

昨日、知人にご馳走になった上にワインを一本あけた・・。きつー。
あたしはお酒に弱いのに、「いいワインだからもっと飲んで~」と言われたら
断れんやろー!えーん。カロリーがどうのとか言ってる場合じゃなかった。
おかげで帰宅後2時間くらい記憶がない・・・。
今、復活してここに戻ってきました(笑。
あー頭イタイっす。
明日は友達と映画見に行くのに、この調子じゃ爆睡しそうだ。
ヤバイヤバイ。。。

今、まだ醒めてないけど、感情はとても研ぎ澄まされている感があります。
そして、ケツメイシの『涙』という歌を聴いてます。
この歌、とってもいい。とっても好き。普段あんまり邦楽聴かないけど、
この曲はなんだか特別。自分の感情を感受性を抱きしめて、
涙を流したくなるような曲です。


昨日会った人は中国が大大大キライでした。
最初素面でしゃべってたときは、もう一つ一つの発言に腹が立って腹が立って
机の下でずーっと自分の手の甲をつねって我慢してました。
何でああいう風に簡單に何度も何度も暴言を吐けるのだろう。
よりによって、中華圏に傾倒してると言っているあたしの前で嘲笑しながら全否定。
神経を疑った。誰が何をキライであろうとその人の勝手やけど、口に出すな!気ー悪いわ!
そんな話を聴きながら、友達の顔が脳裏に出てきたら尚更腹立った。

でも、酒飲んでるうちに、その人の人生が少しだけ見えた時、
なんだかとてもさっきの発言がどうでもよくなってきた。
社会的にとっても高い地位にあって、お金もいっぱいあって、
家庭もあるんだけど、なんだか寂しそうだった。
それはその人の選択で、私が腹を立てるのはおかしいか、と我に返った。
視野を狭めてしまっている価値観を残念に思っただけで、私がどうのこうの
言える立場ではなかった。それに、とても納得できたり、勉強になる話もあって、
やっぱり否定からは何も生まれない、そこから得ようとする気持ちを
自分が失っちゃいけないんだと思った。自分が納得できないことは聞き流す!

その人はあたしに言った。
たとえ80年生きても、そのうちで本当に自分がしたいことをやって楽しめる
のは限られた時間だけだ。その時間である今を、もっと大切にしなさい。
それから、親の希望に沿って行動することは、必ずしも親のためにはならない。
親が心配なのは分かるけど、だからって親の傍に居たほうがいいと考えるのは、
お互いにとって良くない。親だって親の人生を生きなければいけないんだ。
それに、親が不安なのは、子供がやりたいことを追求する
がゆえに不安定な状態であることではなくて、子供がビジョンをはっきりと
提示しないことだ。言ってしまったら親を傷つけるかもしれないという思いで自分の意思を
言わないことは一番親を苦しめるのだから。自分の人生を生きなさい。
どの道にしたって、何かしらの結果を出してる人は、いつも他の人よりも格段上の
努力を重ねた人たちなんだから、ここで迷ってる暇なんてないぞ。
あれもこれもなんて欲張ってる結果中途半端になるのが一番最悪や。
そして、自分の目で見て確かめる癖をつけなさい。・・・・等等。

確かにある部分では私とは違う考えを持ってる人ではあるけど、人生の先輩として
こういうことを言ってくれるのは有り難かった。
一人で自分の世界で考えているだけではやはり思いつかないこともたくさん有る。
今という時間の貴重さも、改めて。


「有得有失」。いつも思う。
得るものがあればあるほど、失うものがその裏にある。
だからこそ、何を得るのか、それが本当に自分が必要なものを選んでいるのか、
いつも正直にならなければ、きっと将来大きなしっぺ返しが来る。
そして、その選択は時に、ゆっくり吟味してる時間なんて許されないこともある。
私は色んなタイミングをたくさん逃してきて、これからもいくつも逃しちゃったとしても、
だけど、一番核にしたいものは、絶対に絶対に自分で護ろうと思った。
どんな言い訳も無視する。誰が何と言おうと、私は私の人生を生きる。
自分の父と母が私に残してくれたもの、私という人間のよわっちい核に
うっすらとでもしっかりと根付いている価値観を、これからも護っていこうと思う。
それをただ受け継ぐのではなく、そこに自分の感性をも込めて。


そういえば、先週末大阪でミニ同窓会みたいなのがあったらしく、
そこに私の友達が行って、高校時代に付き合ってた子たちが今も
付き合っててもうすぐ結婚するらしいことを報告してきた。それも数組。
「まじでか~~」と思ったけど、ほんとステキだなーと思った。
10代にすでに自分にとって大切な必要な人をちゃんと見極めて大切にできる
のってほんまに尊敬する。あたしは今もできてない。チーン。

でも、自分にとって必要なものって個々それぞれなんやし、
高校時代に見つけた人もいれば、これから出会う人もいるわけで(←言い訳?
そりゃ後であればあるほど、いろんな出会いがあるわけだから(←開き直り?
これからも探そう~(笑!!

落ち込んでふさぎこんで、これ以上人と関わりたくないと思う日もあるけど、
やっぱり一人で生きていくのは無理だし、それが可能だとしてもそんなんイヤダ!
人に対して、「どうか私の領域に入ってこないで下さい~!」と思うときもあるくせに、
居なくなってしまったら本当に寂しい。
自分でもアホやと思うけど、やっぱりそれが人間の不完全さであって、
その不完全さがあるから人と人が繋がれるんだとそう信じております。
それに、悪い日が一生続くことなんてありえないんやから、
気持ちが低い時をちゃんと受け入れて、我慢できるようになることがよりよい自分
へのステップだと信じていこう。

今日会う友達は、久しぶりにできたリラックスできる女友達です。
あたし、女の子と二人で会うなんていつぶりだろう。あー嬉しい!!
彼女は台湾人の彼とラブラブなので、ちょっとパワーを分けてもらってきまーす。
でも、いいなあ~、って言って終わりそう(爆!
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by jengsauman | 2005-09-23 02:47

開心

広東語で「happy」=「開心」。
この言葉、最近改めて好きになった。

今日、この前知り合った香港人の友達からメールが来ていた。
見たら、「知り合えてとっても開心だ」って書いてた。

それがなんだか妙に嬉しくって、しばしじーっと見てた。
まあ別になんてことないただの挨拶なんやけど。
「嬉しい」っていう日本語も好きだけど、「開心」ってほんといいよなあ。
心が開くんだなあって。イメージ的に、心の扉が一個ずつ開いて、
人がハッピーになって、そうして人が繋がっていく感がある。

日本語もそうだけど、やっぱり漢字っていいなあ~。
あたしゃ昔から漢字が大好きです(画数多いほど興奮)。
なんていうのは、アルファベット苦手なことへの言い訳か(笑。

でも、嬉しいとか、ありがとうとか、そういう言葉をただ使うんじゃなくて、
その言葉の持つ意味をちゃんと考えながら、発したり受け取ったりできたら、
きっと人との間に建てた壁や溝を取り除く一助になるんじゃないかなと思った。

さーて明日も開心な瞬間を少しでも多く持とう!
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by jengsauman | 2005-09-22 01:42

今日死ぬなら?

「毎日、今日死ぬつもりで生きていたら、いつか望ましい人生を送ることができるようになる」

という言葉を見た時、自分は今日死ぬなら?と考えてみた。
そしたら、頭の中で今やってるのと全然違うことをしてた。
それがあたしの本当の望みなんだろう。

とっても分かりにくいようで、とっても簡單に分かること。
「死」を前にしないと意識できない。

一人で頑張ること、人と生きること、そのバランスとかもうごちゃごちゃ
考える必要なんかない。とにかく、あたしは人に働きかけたいんです。
うまくできないけど、ついつい殻をかぶりたくなっちゃうけど。
自分が不安定だから失敗するし、自分がないことを言い訳に逃げたくなっちゃうけど。

でも、もし今日死ぬなら、過食なんてしない。
明日が不安だから過食するんだ。
不安定な未來が不安だから過食するんだ。
自分で作り出した不安に自分で怯えている。


あたしは、自分の感情に自信をもてない。
それが、明日違うものになってるとしたら、
正しいものでないなら、
自分が本当に感じているものではないなら、
と考えるととても恐ろしくて発信できない。
確信のあることしか表に出せない。出さない。

人に依存しようとしているか、人を歪んだ眼で見ているか、
そんな自分が人を見る眼になんて自信がない。
だから、人を好きだと発信するにはいつも後付けが必要だった。
あたしの心が「何だかわかんないけど、愛しいよー!」
なんて思って言っちゃったことは、今までほとんどない。
いつも「なぜすきか?」に答えを出さなければならなかった。

それは、きっと「あんた人見る眼ないね」って言われるのが怖かったからだ。
また傷つき回避の方策です。
自分の周りをがちがちに固めることばかりしていた。

でも、間違ってもいいじゃん。
騙されても、そんなこともあるよ。
明日感情がなくなったり、薄れたりしても、
今日こうしてここにあったのは事実なんだから。
その事実を大切に思えばいいじゃん。

いつも「絶対」を探してる。
不安だからこそ、それを超越する「絶対」が欲しい。
でも、そうして探してきた自分に残ったものは、
刹那的なものを大切にしていくしかないということ。
絶対なんてない。

一個だけある絶対は、いつか訪れる「死」だけ。
だからこそ、毎日それと闘う。毎日それと向き合う。
それができるようになりたい。
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by jengsauman | 2005-09-21 20:05

近さにこだわりすぎ

あたしは、人との關係に「近さ」を求めすぎだった。
いつも相手に自分の100%(に近い部分)を出しているような關係じゃないと、
自分が嘘の人間關係をしているような気がしていた。
摂食障害を隠して、自分の依存症を隠して、タバコも隠して、孤独も隠して、弱音も隠して、
そうしていた頃の反動で、あたしは自分が親しくなった人全員に自分の
事実を懺悔しないといけない強迫観念に駆られていた。
「もう嘘はつきたくない」という強い思い。

だけど、何人かに言った中で、「ふーん」という程度だったことがほとんど。
それを告白したことでその人との距離が近づくということは、厳密にはなかったと思う。
「言わなきゃ良かった」と思ったこともあったし、それを言って以来会わなくなった人も居る。
だから、今はそういう話を出さないと話が進まなくなった時にだけ話そうと思うけど、
自分を分かってほしくて、自分に注目してほしくて、自分を守ってほしいから
摂食障害を利用しようとは思わなくなった。

私の家族は、あたしのことを心配してくれているけど、だけどやっぱり分からないもの
は分からない。それでいいと今は思えるようになった。
家族だって別々の人間だから。

そして、友達だって、別に私がどういう人間で、どういう過去を持って、
どういう思考回路で、どういう形で生きてきたか、今どういう状態で、
何が好きで・・・・・そんなこといちいち全員に言ってたら、重いわ!
表面的關係もありやろう。それだって必要なときがある。
それに、誰だって辛い辛い過去があるんだと思うから、
それを出し合う時が来たら、あたしも出そうと思う。
でも、今は今どう生きてるかを「あたし」にしたい。

そして、自分も人を見るときに、
「今何を手に入れてるか」じゃなくて、「今どういう姿勢で生きてるか」
を見たいなあって思う。

ちょっと仲いいという關係でも、結構ディープな關係でも、
あんまり仲良くないけど何か縁があるという関係でも、
別にあせらずに、いろんな形の人との関わり方を受け止めていこう。
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by jengsauman | 2005-09-21 03:37

提示

友達がふざけてあたしの二の腕の肉をつまんだ。
ぶっとびそうだった。
けど、まーええかと思った。
前だったらきっとマジギレしてパニックを起こしてたかもしれない。
本気で睨んで、その場を立ち去ってたかもしれない。
大げさかなあ・・?

でも、今はまあ流せる状態にあるんだなーと思った。
むかついたけど、本人は別にあたしに
「ホラホラ、あんたこんなに太ってんだよ、生きてる価値ないよ」とか
言いたくてそうしたわけではない。
逆に、親しみを込めて、現在の姿のあたしの二の腕に触れただけ。
どうあがいても、ここに肉があることは事実だし
だからどうというわけでもない。
だから、それを(やや引きつった)笑顔で受け入れられる自分が嬉しかった。
そうして人があたしの自分が思う弱点・劣ってると思う点を何とも思ってないことを
もっと感じていたい。そうすることで世界が広がる。

韓国人のHはいつも感情を爆発させているワガママ娘に見えるのだけど、
なんだか愛しい。そして、その子はあたしを見る時、時々戸惑った顔をする(気がする)。
そういう時は多分あたしは怖い顔をしているか、殻をかぶっていると思う。
シレーっとしてるんだろうなあ。私ももっと心を開きたいー!

別の人に「ミステリアス」などといわれた。ギャー!イヤーー!
ミステリーなんていらんよー!
クールだとか大人っぽいとか、そうじゃなくって、個性を、あたしらしさを。
それにはこうやって考えてるだけじゃダメなんよー。
防御しとんのよー!

体型変える!筋肉マンになる!!あ、筋肉ガールだ!
誰かに媚売って、洋服を選んだり、化粧したりするのはもうイヤだ!
あたしは自分から自分を提示したい。
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by jengsauman | 2005-09-21 03:06

まけたらあかんで

どんなに「やっちまったー」と思うことがあっても、
どんなに「あたしってほんま弱虫や」と思うことがあっても、
どんなに「また自分以外の何かに依存しようとしてた・・」と気付いても、
絶対に「あたしはできる」っていう思いを手放したらあかんで。
絶対に「前に進むんだ」っていう思いをこの手の中に残しとくんやで。
**************************************************

昨晩、友達の誘いを断った。行こうと思ったらいけたけど行かなかった。
久しぶりに人の誘いを断ってしまった。
仲良しの香港人の友達を紹介したいから、って言ってくれたのに、
すごく有り難い機会だったのに、もう会えることはないかもしれないのに、
あたしは「行かない」ことを選んだ。
友達に悪いことをしたし、私は自分の世界を広げるチャンスを一つ潰した。
でも、それがあたしの答えで、それが事実なのだから、しょうがない。

ほんとに人と対するのは力が要る。
ふぅぅぅ・・・・、と思っていたりする。が、こんな状態でも、何かちょっとした
きっかけで這い上がれるチャンスがあると思うから、あたしはやっぱり
次回を大切にしようと思う。

自分の甘えにズームインしよう。
正直、最近広東圏に傾倒しすぎてる自分に嫌気がさしている。
大好きなんだけど、幸せなんだけど、愛してるんだけど、
安心するし、嬉しいんだけど、ぬるま湯なんだ。
自分はそこの言葉や人や文化をとても大切に思っている
から、そこではあたし自身が否定される危険性は低い。
だから、ぬるま湯。そこから出て風邪をひくのが怖くて出れない。
もっと厳しくなれ。

人間関係だけじゃなく、人生も同じで、私はもう「依存」したないねん。
薄っぺらい人間じゃなくて、多少収拾がついてなくても自分で自分の
世界を広げることに真摯な人になりたい。

しょうもないことやけど、前友達にとあるPCソフトをあげるよって言った
のを思い出して、それをコピーして、「またこんどもってくね」とメール
した。「おお、ありがとう」と返ってきたけど、何とも思わなかった。
その調子だ。人に何かする自分に意義を見出さない。
「人のために!」な關係に依存しない。
ただ、当たり前のことをしてるだけ。そういう感覚がとっても自分を
落ち着かせてくれる。
モノだけじゃなくて、人の相談に乗るとか、人のことを心配するとか、
人の力になるとか、そういうことを自分の中で特別視せずに
できるようになりたい。
逆に何かしてもらったら、「ありがとう」を心から。

利用されたらいやだなあ、という想いがあった。
だから、いつも出し惜しみをしていた。自分が傷つくのがいやで。
様子を伺って、伺って、そして人に何かをする。だからいつも冷たい人だと
よく言われた。本当は冷たいのではなく、弱虫なだけです。
傷つくよりかは、クールを装ってたほうが楽だった。
でも、本当に芯がある人は、そんなことくらいで揺るがない。
だから、人のためにどんどん動いている。
そういう強さのある人になりたいなあ。

友達の口癖を思い出した。
「自分を利用したいなら、どうぞどうぞって思うんです」
搾取されても、利用されても、うちは減らんからねー。
って言ってた。

あたしも、もっともっと人を自分の視界にしっかりと入れて、
しっかりと見て、自分を晒して、怖いけどもっと晒していきたい。
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by jengsauman | 2005-09-21 02:19

責任

「それは○○ちゃんの人生だから自分で決めて。」

自分の近況を話した時の弟の言葉。別にあんたに決めてほしいなんて
一言も言ってへんちゅうねん(笑)と思ったけど。そう、その通り。
あの子はほんとに真っ直ぐだ。

当たり前のことだけど、自分の人生に責任持てよ、と言われた気がした。
いくつも年下の弟に。


最近私はずっと人のことばっかり書いていたけど、
やっぱり「人と生きる」、ということと、「自分に責任を持つ」ということは
根は同じだなと思った。弟のその言葉に少し動揺したのは、きっと
あたしがまだそれに恐怖を抱いてるからだ。誰もが持ってるはずの不安を
見ないようにしてきたから怖いんだろう。

誰も私の人生に責任を持たない。選択権も持たないし、義務もない。
ただただあたしが責任を持ち、決めるだけ。

好きなことを一生懸命頑張る弟を応援したくなった。
ちょっと弱音を吐きたくなったとき、そういう言葉を言ってくれた弟は
やっぱり「自分に責任持ってる」からこそそう言ったのだろう。

あたしは何を選んでも後悔しないように、自分で選ぶ。
人に流されない。人と離れたくないからって流されない。
人に批判されるのが怖いからって意思を曲げない。
人に護られたいからって弱音を吐いてみたりしない。
その先には何もない。

本当は皆自分の中に自分でまだ気付いていない力が溢れているんです。
あなたはこれからももっと素敵な人間になりますよ。
絶対に。


師匠の言葉を胸に「自分の人生」を生きよう。
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by jengsauman | 2005-09-20 08:35

オール

あーしんどかった。(←って、ホシノか!)
久しぶりにオールした。まじでやつれた(爆!

でも、いいきっかけになった一日だった。

私は、間違いなく、今転機だと思う。
感覚が「今だ」と言ってる気がする。
だからチャンスだと思う。
どう変えていいかは分からない。
どう変えたいのかもはっきり明確ではない。
問題山積、不安だらけ。でも、今動くべき時だと思う。
今を逃したら、もうチャンスはないような、そんな気がする。

そういうことを強く強く感じた一日だった。


弟に会った。この前メールした友達にも会った。
その他たくさんの人に会った。
新しい友達もできた。
けど、あたしはやっぱりあたしだ。
またヨワッチイ逃避思考もした。
自分の体型のことで卑屈な考えを持った瞬間もあった。
悔しい思いもいっぱいあった。
自分のちっちゃさに辟易した。

だけど、やっぱりあたしはあたしの人生を歩む。
他の誰にも私の幸せを委ねることはできないし、しない。

正直、弟と自分が相容れない部分を感じて悲しかったりも
したんだけど、それは当たり前のことだと思う。
彼は華人というアイデンティティがあり、
そしてマレーシア人というアイデンティティもある。
10代で自分で選んで日本に来て、自分のやりたい勉強をして、
自分の道を進んでいる。たくさん苦労もあったと思う。
それらがぬるま湯育ちの私に分かるわけがありません。
そして、華人ネットワークの結束の強さに怯んでも、
どうすることもできません。

別にそんなこと想像を超えて分かる必要ないのかもしれないけど
私は今のうちにもうちょっとちゃんと冷静に距離をとっておかないと、
今度は彼を失うのが怖くなりそうで、いつの間にか彼に依存しそうで、
少し怖くなった。

自分と他者の適正距離をちゃんと取る。またこれか・・。


多分、あたしは弟と話すことでここのところすごく自分を保っていた。
自分の信じたい方向にとても近い感性を持つ彼がそばにいると
思うと、本当に心強くて、自分の考えをより整理することができた。
あたしはこうして生きたいんだ!って自分の感情と理性とカラダが
繋がったような感覚がわずかであってもあった気がした。

それが、昨日はそうではなかった。彼は確かに私のことを気にかけては
くれたけど、私はやっぱり私で、彼は彼だった。当たり前なのだけど、
まだ少し関わり方に歪みがあるのだと気付いた。
彼はステキな子だし、大好きだけど、だからこそ勘違いしちゃいけない。
人と人の関係は、油断した時に穴があるのだ。

とはいっても、それはあたしが勝手に感じることだから、彼は何も
悪くない。


でも、嬉しいこともあった。
待ち合わせ場所にぎりぎりに着いて、「はぁ~間に合った~」と思ってたら
一昨日か一昨昨日くらいに私がぐちゃぐちゃ考えてた友達Aが私のそばに来て、
話しかけてきた。そして、その表情が今までに見たことないくらい柔らかくて、
本当に柔らかくて、温かかった。それに驚いたんだけど、でもほんとに嬉しくて
私は初めてこんなに自分も安心して、その人の眼を見ることができた気がした。
すごく嬉しそうだったAの表情が、私の救いだった。あたしもきっとすごく笑って
いたと思う。

そして、私はその後、歩いている時に、Aの親友に話しかけられた。
(Aとその親友は二人である団体を運営していて、そのことで彼らは悩んでいた
のです。そして、その結果Aは自分の人生について、深く考え、不安になったの
ではないかと勝手に推測しています。分かりませんが。
何か問題を抱えているということは知ってたから、私は二人ともにメールを
送ったのだけれど、Aに対しては特別の想いいれがありました。)

そしてその親友は、「この前メールありがとね。嬉しかった」と言ってくれた。
そしてその後に、「でも、一番嬉しかったのは、彼だと思うよ」と言って
だいぶ前を歩いているAを指差した。
Aは親友にそんな話をしたのだろうか?とふと思ったりもしたけど、
そんなことはまあどうだっていい。

私は、ちょっぴり泣きそうなくらい嬉しかった。
人と人は分かり合えないかもしれない。だけど、それでもやっぱり
こういう感情になれるからこそ、人と関わることをやめられない。
エネルギーの相互交換だと思う。いや、交換を通して絶対量を
増やしていくことができる気がする。


いろんな人と話してたら、Aを批判する人も居た。
あたしが最初感じたように、Aの言葉の使い方に納得がいかない人も居た。
でも、私はやっぱりAをこれからも応援したい。
Aが言ってくれた言葉がとても力をくれたから。
そして、きっと、言葉の内容なんて關係ないと思える時があるんだと思う。
言葉を最大限注意深く選ぶべきだというのはもちろんそうなんだけれど、
そこばかり見るんじゃなく、その先を見ようとする気持ちになれるかどうか。
勘違いや期待だけじゃない。気持ちが伝わるということが、
きっと本当にあると信じている。私は希望を捨てない。
それを心からもっと深く感じられたら、私はまた前に進めると思う。
そして、今はそこに繋がる道を歩いていると信じる。
そのために自分が自分のために何ができるか、ちゃんと
そこは厳しくしていかなきゃ。


何にしたって、あたしはまた今一人の空間に戻ってこれを書きながら、
「よしっ、だいぶ落ち着いた。整理できた。」と思った。
たとえ、Aから遠く離れても、他の友達と会えなくなっても、
どこにいても、私は心を開いて生きていきたいという自分の希望を
きっと忘れない。
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by jengsauman | 2005-09-19 13:58

M10!!!!!!

あ、書き忘れた(笑。
えー、昨日は残念ながら阪神タイガースは敗れましたが(なんでヤクルトに弱いねん)
マジック対象の中日も敗れたので、M10となりました~。
今日は勝利でマジックを減らしましょう~!
兄貴~今日もいったれ!
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by jengsauman | 2005-09-18 15:12