過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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もろもろ

最近、ぼけーっと過ごしています。
いろんなことが起こるようで、実際は自分がうまく吸収できてないから
対面してないから、ぼけーっとしてるのと同じかなあ。

先週、中国に出張がありました。
通訳して、と言われたのに、全然できなかった。
正直、稚拙にも程がありすぎて、その場からダッシュで逃げたかった。
みんな私の発音を聞いて笑っていた。苦笑。
その場はくっそーと思ったけど、そういう反応を正直にしてくれる
中国人が私は好きだ。
次回の出張までには必ず「私がやります」と自分から言えるようにする。
「それくらいでいいよ」とかいう声に甘えるんでなく、
自分の意志を実践しろ、とおもう。
一体自分は何をしたいのか、を。

「意志」とはなんとすごいものか。
それを実感したのが、数日前に参加したワークショップでした。
以前からずーっとずーっと参加したいと思っていたけど、
怖くて行動に移せなかった。
でも、今回参加できたのは、たぶん自分にとってタイミングだった
のかもしれない。行動しなかった過去はどうしようもないけど、
あたしは今自分から自分が欲するものを求め、行動している、
という実感こそが何よりも自分に勇気を与えるものなのだと知った。
そうして、からだとこころで自分の快を知っていくことが大切なのだろう。

今回のワークショップは、「自分のからだを知る」というもの。
からだとはいかに繊細なものか。いかに外部からの刺激に反応しているか。
そして、からだはすべて知っているがそれを妨害しているのは稚拙な頭。
からだは動かすものではなく、意志に基づいて動くものなのだということ。
自分が今何をしているかを知ること。そして、相手は人間なのだということ。
それを実践を通して少しでもつかめれば、というものでした。

いろんな動きを通して、歩くにしても、動くにしても、そこに明確具体的
な意志があった場合、動きが全く違うのだということを知った。
動きが違うというか、イメージでいうと散漫になって行き場所を迷っていた
自分のあらゆるエネルギーが一点を目指してすさまじい力になるという
感覚だった。そして、「必ずそこに到達するのだ。できないのは『まだ』できてない
というだけで、そこで諦めるからだ。そのまま続けていれば必ず達成できる」
という言葉が、信じられるようになった。

自分のからだは知っている。自分が何をしたくて、何を必要としているか。
でも、部分的で不確かな情報の集まりであるこの稚拙な脳はそれを
見えなくする。姿勢にしても、胸骨を上げ、からだを引きあげるという
ことが、からだにとっては快であるはずなのに、それをキープ
するのはとても苦しい。そしてくでっとしてしまう。それは本来はからだに
とても負担をかける体勢であるはずなのに、その歪んだかたちが自分の
頭によって習慣になってしまっているからだ。

親子であろうと、恋人、友達であろうと、なんであろうと、
相手との関係は構築していくものなのだといわれた。
既に存在しているものなどない。ただ、そこにあるのは私たちが関係
しているという事実のみ。そこから関係を築くには、努力が必要。

パートナーだった人に触る様をTAの人にみてもらったとき、
「あなたね、相手は人間なのよ」と言われたのが一番ショックだった。
でも、それが私の現状を表わしていると思った。
目の前にいる人に対してのとらえかた。かかわりかた。伝えかた。
すべてが、自己完結している。こわいから。
それをまずは知ること。
自分ができていないということを知ることなのだ。

先生は言った。
「ここで100点を取ることなんてどうでもいい。
自分ができることを目標にするな。
0点とったらええ。
でも、それを自分がわかってないと意味ないぞ。」

パートナーに伝える練習をした。
しかし、いざ目の前に人がいると、つくり笑顔や口先だけの言葉
ばかりがでてくる。
パートナーの人も「今のは形をなぞっただけ」とか「全然できてない」
といってくれて、本当にありがたかった。
そして、先生が私の声とエネルギーを見て、そのできてなさに
笑いながらもその暖かい手で私の腕をつかんでくれたことが、
とってもとっても嬉しかった。

声の大きさはどうでもいい。小さければ、そのぶん気を配ればいい。
相手に伝わるように。相手が聞いてくれるように。
たとえば、話しかけるときにからだも一緒にちょっと動かして
相手に自然に会話を投げかけるとか。
さわるにしても、ちょいちょいとさわるんじゃなくて手のひらの
あたたかさを相手に伝えるようにさわるとか。
わたしたちは同じ人間なんだと、伝えたい、聴いてほしい、と
強く感じた。

聞くということがとても難しいことも知った。
そして、自分は話してもらえるだけの聞く体勢をきちんと整えているのか
ということもあらためて見てみると、全然できてない。
会社の人に「○○さんって、ほんと聞き流してるよねー」といわれたのが
冗談のようで、事実なのだと知った。
わたしは人の話を聞いていなかったと思う。
そして自分の言葉を伝えようとして失敗するかもという恐怖に負けて
言い訳をして、伝えることもしてこなかったのだと知った。

出張の代休で今日休みにしてもらったので、昨日の夜に関西にもどりました。
神戸空港でおりて、Nさんとあった。
Nさんは、お父さんを亡くし、会社も倒産し、大変な状況なのに
それでも、というか、そういう状況だからこそ「本質を見ること」を
絶対に捨てようとしない様子を見て、あたしはただただそばにいるだけだった。

「父が自ら命を絶ったのは、家族を守るためと自分の理念を貫くためだった。
だから、自分は絶対に父の理念にそむくようなことはしないし、
そういう状況におとしいれたいろんな人を恨むことも怒ることも絶対にしない。」
という言葉は、いつもよりも強くて、でもその目はいつもより遠かった。
それでも、あたしたちはいつものように神戸→大阪のどいなかまでの
夜中のドライブを経て、いつものようにいろんな話をした。

あたしは、この人と繋がっているんだなあって強く感じたけど、
そこでワークショップのことを何度も思い出した。
ここでもういっちょ。繋がっているから、もう一歩。
苦しいからこそもう一歩。求めなければ。

今、家に友達が住んでいる。だから、毎日いえにかえっても、朝起きても
食べ物を通り越すことができた。
でも、その関係性がまだ大切な闘いを終えてないことをわかっている。
だから、きっと、彼女が31日に出て行ってから、私はまた怖くなるのかもしれない。
また思いっきり食べものをつめこむのかもしれない。
そして、毎日ずっと顔をつきあわせている上司のために、上司に気に入られるために
上司にもっと近づくために、あたしは体を削ろうとしてしまうのかもしれない。
それも事実だが、それが事実であることを知らなければ。

先生が言ったように、
「稽古で練習するときが一番難しい。気恥ずかしさもあるし、
今までやってこなかったことに対する違和感。
今までやってきたことを手放す恐怖。不安。いろんなものがよぎる。
でも、稽古とは、それと対峙するためにあるんや。
そんな自分と闘うのが稽古や」と。

今日は、母と出かけたあと、親友にあって、
明日は、父と高野山に行く予定で
明後日は、友達に会って、羽田に戻ってそのまま友達のパーティーへいく。

日々いろんなことができることに感謝。
いろんな人に出会えて、学べることに感謝。
もっともっと素敵な人とたくさんであって、いろんな刺激をうけたい。
本当の自分なんてない。これが本当の自分。
自分はどこかにいるんじゃなくて、ここにいる。
だから、本当の自分とは?ではなく、今の自分をこれからどう構築していくか。
なのだろう。形だけなら何もしないのと同じ。思うだけなら何も考えないのと同じ。
表面なぞりはもうごめんだ。

Nさんがいうように、生と死の違いは、
徳を積むために前に進める権利を持つのが生きているということ。
なのかもしれない。そうだとしたら、やはり、今日1日、徳を積むために
努力しようとおもいました。
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by jengsauman | 2006-07-28 11:11

不自然さ

最近料理作ってないなあって思った。
一人で料理するのってさみしい。
今は少しくらい多く食べても許容できるけれど、
ついつい数人分も一緒につくって、ひとりで飲み込んだあのさまを
思い出すと、ふう、と胸が痛くなる。
それくらい、こころもからだも酷使していたのだろうか。
誰かがそばにいたらなあって思ったりもするけど、
いないんだから仕方ない(笑。

いろんな本を読むが、それらの大部分は頭には残るが身体には残らない。
自分が本当に得たものだけが、身体を通して行動になるのかと
思うと、頭で理解したつもりのいろんなことが、数日経ったら
自分の中からなくなっていることに気づく。
分かってないんだよなあ、と痛感する。
そういう自分の行動に不自然さを感じているのなら、今このときからの
アプローチ法を変えないと、一生そうだね。
一生っていっても、今日終わるかもしれないのに。

すべてを好機ととらえる思考は、本当に自分がそう思っていないと
好機を生かすことはできないんだと気づいた。
強迫的に「これは起こるべくして・・」「これはチャンスだ・・」
などと思ったところで、自分の思考を停止させるだけだった。
もう少しいろんなことを積み重ね、時間が経ったあとで
向こうのほうからそう思わせてくれるタイミングがあるのではないかと
思ったりする。
今は意義があると思えなくても別にいい。
きっといろんなことが分かれば分かるほど、分からなくなるもんだろうけど、
その中で、一つの軸ができていけばそのほかは流動的でいい。

責任をとることがこわくて、正しくないことがこわくて、
私は今まで何もいえない女だった。
そして、その罪悪感や無力感から逃れるために
寛容さを装った。
けど、私はそのまま人生を終わるくらいなら、
間違いをおかしてもいいから、何かをいいたいと思うようになった。
人とつながりたいと思う気持ちが強くなればなるほど、
自分の行動が不自然に思えて、良いも悪いもなくただ漠然と
そこに存在してる(つもり)の自分にきづいた。
何かを発しないと、相手は何も受け取れない。
何かを発するには、自分がこわくてこわくて仕方なかった
自分との向き合いをやるしかない。

「自分が今、何をしているかほんまに知っているんか?」
いつも冷水をぶっかけられるブログにこうあった。
あたしは、知らない。
自分のことなんて、何も知らない。
それに、知ろうとしてない。
毎日、毎瞬間にそれを知ろうとしないと、結局逃げる。
そして、それと向き合わないと、責任感なんて一生持てない、
ときづいた。

私は、毎日寂しくなると思い出す人がいた。
その人を許したくなったり、会いたくなったり、憎いと思ったり。
その人にはどうしても何も言えなかった。
たぶん、今まで付き合うとかそういう関係において
あたしはいつも上に書いたような寛容さを装うか、ドライを装った。
どこかの一部分は本当にそうなのかもしれないけど、
とっても不自然さをかんじていた。
彼と別れるまで、あたしは現実を見ようとしなかった。
ある一部の自分が選んだ世界にのみ自分を落とし、
そこにある問題以外は見ようとせず。
でも、そういう状況を変えてくれるのは、一見不幸と思われるようなことだと思う。
あたしはその頃から、少しずつ、世界を渦巻いているものが
本当はとても温かいものなのではないかと気づきはじめた。
思い込みたいだけかもしれない。でも、ショックを受けるような出来事は
私がもう理論や言い訳で反駁できないほどの強制力を持っているぶん、
あたしを現実に戻してくれるというすごい力を持つ。

今までのような人間関係構築のプロセスを変えることが
私にもできるかもしれないと思い始めた。
少しだけ、うっすらうっすら見えるものがあっても、それにしがみついては
ならない。けど、それはきっといつかは自分が忘れたころに
すごくはっきりと自分の前に現れたりするかもしれない。

自分が悪いことは非を認める。
けど、言わなければいけないことは言う。
それは、自分のためと、自分の大切な人たちのため。
私が利用されることはどうでもいいが、
それで周りを悲しませることはやはり良くない。
よくないと思うのではなく、よくないと感じるようになった。
だから、それに見合う行動をする。

そうして行動すると、以前より数ミリ、違和感が減った気がする。
微々たるものだ。
だけど、それでもいいから自分の自分による自分のための肯定が
どれだけ気持ち良いか。それは独善的という意味ではなく、
自分という存在が個ではなくて、繋がりの中で存在するものだと
感じることなのだと今の自分は感じたりする。

だから、何かに未練があるのにそれを振り切ったり、
人に何か聞いてみたいのに自分で全て解決しようとしたり、
辛いのに寂しいのに悲しいのに、そんなもの感じてないと思い込むことだったり、
そういう一見「潔い」と思われるかもしれないことは、
私にとっては潔さではなく、「フリーズ」だった。
その状況を止めることでしかなかった。
そこに存在するぐっちゃぐちゃのどろどろな見えないものが怖くて怖くて。
そして今は、泣き叫びながらでもいいから、それが自分の目の前にあることと
コネクトしたい。ぶつかり、働きかけ、自分の肉にしたい。

忍耐というのは、そのフリーズ状態を保つことだと思い込んでいたが、
そうではないと感じたりする。
違和感の所在を感じるが、問題の所在が少し見えるが、それが
とても複雑で、とても深くて、とても怖いものに見えるとき、
それでもそれと時間をかけて向き合おうとする忍耐力。
たしかに、見えそうで見えないとき、ついつい問題を単純化したくなる。
何かのせいだと特定したくなる。
しかし、それをぐっとこらえて、もう少しだけ外を見ようと根性ででも
いいから、目を見開いていられる力。そんなものをもう少し
身に着けたいなあ。なんて思ったりする。
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by jengsauman | 2006-07-15 12:36

敵を知り己を知れば

朝礼でとある人が中田の話をだした。
彼はインタビューで自分の強みを聞かれたとき、
「周りを使って、いかに自分を生かすかという術を知っていること」と答えたそうだ。

がーんとショックをうけた。
中田は、周りと共存する術を知っていたからこそ、自分の力を最大限に発揮する
強みを聞かれたとき、そう答えたのだろう。
一人の人間の限界はとっても小さいところにあるかもしれない。
でも、それを他者とつなげることで、他者の力を借りて、
自分も誰かに渡すことで、それが無限に広がるのだ。

あたしがずっと悶々としていたことは、
人を変えようとしていたことと、自分を変えないでいようとしたことに起因
するのではないか。

会社で自分のやることや自分のスタンスを含めて、
あまりの不甲斐なさにトイレに走って泣いてはみたけど、
泣きながら、こんなことしても何もかわらねえ、悲しんで苦しんでる状態に
酔うな、とNさんの声がきこえた。

そうか。自分が変わればいいんだ。
ここでそういう考え方になることが大切で、
一刻も早く現実に戻り、そこに身をおいて、「体験」すること。
何もかも、理論だけではだめなんだし、理論もよくわかってない
あたしは、両方がんばらないといけない。
たぶん、両方を見ていく先に、何かが弾ける瞬間がある気がする。
あたしはまだそれを見たことがないだけなんだ。
だから、自分の力を信じられないだけ。
でも、今、いろんな人に力をもらって、前を見る。
何度もおんなじことしてあほか、と思っても、そこでじっとその現実を
受け止める。決して、見たいものだけを見ないように。

選択的記憶喪失、な気がする。
ある部分は、自分が固執してるからとっても重大な問題なのだが、
気づいてないことへの謙虚さと、見たくないものへの勇気がない自分を
すっかり忘れている。
だから、一日の中で、自分にとって安全な時間にだけ「生」の時間が流れ、
危険を察知する時間はただただそれが過ぎるように、無意識に硬直し
時間を止めて、その痛みを感じることをしない。
その痛みにこそ喜びの種があるはずなのだが。
選んでる自分にきづいてないのだ。

上司になにか言われて、何でもないふりをする。
分かってないこと、先を読めないことを恥ずかしいと思うけど、
それを隠す。もうくだらないエネルギーの無駄はやめようよ。
毎日そう思うのに、ついやってしまう。大丈夫です、と言うことを。
でも、仕事の本質を見てれば、自分の人生を大切に思ってれば
そんな行動はしない。
あたしは、まだ自分を護るという目の前のことで自分を踊らせていて、
何も生み出してない。

胸の中にあふれそうなエネルギーは、このままほっといたら
言い訳に使っちゃうよ。自分を知ろうとする気持ちがあって、
少しは分かってるなら、どう動けばいいかは明らかだ。
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by jengsauman | 2006-07-06 01:17

ここ数日

週末、いろんな人に会った。
ひさしぶりに広東語のクラスに出席した。
先生に会った。仕事のむちゃくちゃな状況もそのまま話した。
むちゃくちゃも、むちゃくちゃを管理できてない自分も事実だからそのまま。
中身のない教育はねえ・・と苦虫をかんだみたいな顔してた。

夜、母の知り合いのMさんにあった。
キャリアカウンセリングと大学講師を生業としている人で、
むかし東京に出てきたばかりのころ一度あったっきりだった。
そのころの自分は、摂食障害の因子を持ちながら、まだないが
ただただ、不安で軸がない状態。
過食や拒食がひどくなったとき、特に会いたくなかった。
こんな姿を見られるのがいや、というよりかは、
自分の本質を見失っていることを自分でもわかっていたからだと思う。
母にはMさんに会いに行けと何度も言われたけど、絶対にいやだった。
ただ就職のしかたとか、転職のしかたとか、キャリアの重ね方とか
そんなことを教えている人だと思い込んでいたから、
いまの自分には、会っても今必要なことは話せないだろう、などと
傲慢なことをおもっていた。

でも、Mさんに会いたくなった。
今の自分はまっさらで、何も無くて、でも、何かを蓄積することはできる
という可能性に気づいて、誰かに会うときに自分が正しいことを示す必要など
ないと気づいて、いろんなことを吸収したくなった。
Mさんは、快く「いいよ」といってくださった。

ひさしぶりにあったら、お母さんと同じくらいの年やけど、とても若くて
とても生き生きしている姿に刺激をうけた。早速。
ご飯をたべながらいろんな話をはじめた。
Mさんのこれまでの人生と仕事の話。
そして、あたしのここ数年の話と考え方についても話した。

母は私が落ちている間、ずっとMさんに相談していたようで、
Mさんはいろんなことをしっていた。
でも、私が「この期間があったおかげでいろんなことに気づけた」
と何度いっても、何度伝えても、嬉しかったんだよっていっても
母にはそれが正当化や無理に聞こえたということが私にははがゆかった。
分かってもらえることなどない、と思っても、せめて、あなたが私を東京に
行かせてくれたことがきっかけで、一人での生活をはじめさせてくれたことが
きっかけで、私は気づくべきいろんな自分の欠点や問題と向き合うことができた
んだよ、と言いたかった。
もう少し時間が経てばまた変わるかもしれない。

でも、Mさんはひととおり話をきいたあと、一言
「あんた、その時間があってよかったね」といってくれた。
あたしは、自分との闘いが終わったわけではないし、これからも訳がわからない
ことはたくさんある。不安でまだまだ頑なになって誤魔化していることもある。
でも、あたしの話を聞いて、笑顔でそういってくれたことが
私は心から嬉しかった。

スタートはそこからなんだ、とMさんもいっていた。
「自分らしさ」やで、と。

ふと、母の生き方とMさんの生き方は正反対だけど、
あたしはどちらも目指して良いのではないかと思った。
いや、あたしにはどういう生き方があるのかなんてどうして
今の段階で想像で決めてしまえるのだろうと思った。
母が専業主婦で、そのおかげで父とうまくかみあって、
2人が助け合って生きているということと、
あたしの人生とはまた別の話だ。
そうして、自分では頭の中でかなり親と自分を同一化し、
違うと思いながら、そこにすべてを収斂させて考えていた
自分にきづき、ショックだった。けど、違うんだ、ときづいた。
やってみて決めればいい。
あたしはあたしの人生を生きればきっと見えてくる。

20代は自己投資・勉強の時間
30代はそれを使う時間
40代はそれを深める時間
50代はそれを伝える時間

そういわれて、なんとも視界がひらけた。
数年で何かをものにしようと、できるとおもいこんでいた
自分の傲慢さにも気づいた。
そして、仕事と勉強と遊びはトライアングルでそれぞれが作用しあってる
といわれて、肩の力がぬけた。

またいつでも誘ってね、といわれて、わかれた。
何かがはじまったところ。
大切なのは、そこから限界をまたつくらないことと、
問題や困難に感謝できるスタンスかなと思った。
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by jengsauman | 2006-07-03 08:22