過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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自分を自覚すること

今、ソウルにいます。
旅行中に何で文章かいとんねん、と自分でも思うけれど、忘れないうちに。

この2日で感じたことは、自分がいかに小さい存在か、そして善でも悪でもない、
どうしようもない問題が世の中にはたくさんあること、そしてそれでも自分ができることを
少しでもやろうとあきらめないこと、それが生きるということなのだと思いました。

ソウルについたおとといの夜、私はひさしぶりに会えるKとの再会がうれしくて、
わくわくしていた。飛行機が1時間以上遅れて、夜中になりつつある中で、
空港まで車で迎えにきてくれてたのでした。
実際、会ってみていろいろ思ったけれど、でも、それでいいじゃないかと。
それが人間と付き合っていくことなんじゃないかと感じました。
人は完璧ではない。そして、他人を変えることはできない。
でも、自分の意見は言う。そして、いいところをきちんと感謝し、尊敬する。
まずはそれをきちんと徹底することが、人と本当に出会うために必要で、
それからどうしていくかはその後でいいことなのだ。
私は、これまでも、そしてこれからも、他人から搾取すること(無条件に差し出される
承認や賞賛や評価)を自分の生きるためのエネルギー源にしようとしていて、
それは頭でよくないことと分かったあとも、同じことをしているのです。
Kとは長いあいだ一緒にいたけど、そこを私は履き違えていたと思う。

昨日はルームメイトとも会った。彼女は、仕事で忙しい中、4,5時間も
かかる場所からソウルまできてくれた。Kが「そんな忙しいのに何で来たの?」と
聞いたら、彼女は「○○に会うため」といってテヘヘと笑った。
その笑顔は、狙っていたらできない顔なのに、彼女はいつも自然だった。
前もそうだし、今も変わらず。
ソウルタワーに行って、めっちゃ込んでて、結局乗ろうとしてたバスに間に合わず。
その後、いろんなターミナルを3箇所くらい回った。Kの運転は荒すぎてほんまに
ここで死ぬかと思った。けど、結局夜中のバスに乗れることになって、
彼女は笑顔でカッケーといって帰っていった。
Kとふたりになって、あまり人をほめない彼が「お前、ええ友達もってんなあ」とつぶやいた。

ふと気づいたのだが、誰よりも私が一番出し惜しみしてるんじゃないか、と。
傷つくのがいやで、馬鹿にされたり、軽く見られたり、笑われるのがいやで。
リアルの中で生きたいと言う割りには、私はぜんぜんリスクをおかそうとしてなかったし、
温水を海水だと思い込んで、正当化してきたのだなあ、と。
誰にもいいところと悪いところがあるけれど、私は結局人のそればかりを見て、
自分のことを何も見ようとも、差し出そうとも、とにかく「何もしてなかった」のだ。

Kがふといったのが、「お前は自分に自信がないもんな」と。
数年前にKとよく話していたことだけど、今またそれを言われて、
私はひどく敏感に反応したが、よくよく思えば、その言葉に対してではなく、
自分があのころから問題を克服できてないことが大層ショックだったのだ。
分かってるけど、リアルの状況の中でそれが分かると、はあ。。となる。
いや、そのはあ。。と闘うのがスタートなのだった。

それもそうだが、ずっと抱えていたことがひとつ少しだけ明確に。
口に出すのも怖いけれど、言葉にできないけれど、
自分の中の差別意識というか短絡的排除の習性について、
もっと考えなくてはいけないと思ったのです。
物事を短絡的に善悪判断し、リスクを避けるためにそれ以上を見ないように
するというのは分かっていたけど、それが自分が他者の間に明らかに設定している。
それがなんとも言葉が思い当たらないほど悲しい。

自分にとって、どうして韓国も中国もつながっていると思うはずなのに、
どうしても自分の中のどこかに差別意識があるということは気づいていた。
もう言葉にするのが何とも怖いし、語弊があるかもしれないが、
これまでの自分を変えたいから、馬鹿の独り言として書かせてください。
その意識の根底にあるものはなんなのか、教育がひとつ、無知がひとつ、
そして真正面から対面することへの恐怖がひとつ。
それ以外にもたっくさんあると思う。昔から私はハングルに対して
なんともいえない恐怖に似た感情を持っていた。初めて韓国にいったときはほとんど何も
食べれなかった。このまったくリアルの世界にない(というか知らないだけ)と思えるものを
受け入れるだけの容量が私の中になかったのだと思う。なんともったいないことか。
そしてなんと視界がせまいことか。
それでも生きていける、それでも誰にも批判されない、それでもリアルには関係ない、
それでもやはり日本のほうがすばらしい、
そういう意識があったのだと思う。
だけれど、大学のころから、なぜか韓国が気になって、中国にいったのに
韓国とばかり縁があって、たくさんの韓国人に助けてもらって、
広東語と韓国語がとても似てることにきづいて、
やっぱり韓国に戻って、コリアタウンにいりびたって、今韓国にいる。
だけれど、自分の中の韓国への感情は言葉では表せなくて。
この感情を、この状況をどうすればいいのだろう、いつもそう思っている。
中国も同じように、どこからか沸いてくる繋がる運命だとか、歴史への
義務感だとか、なんというか、自分と他のところにあるものは受け入れても、
結局自分はまったくもって向き合っていない、という現実を感じたのです。

一言でいってしまえば、いかに傲慢であるか、恥を知れというところなのです。
何も知らないから、何も尊重できなくて、何も知ろうとする努力をしないから、
自分だってと張り合おうとする。外国への意識も、なんと浅い知識にもとづく
感情論なのだろう。恥ずかしくてなきそうだ。

まるで、自分が過食症と向き合うのと同じように、自分の中のえぐらないと
いけない部分が見えた気がした。というか、この二つは多分繋がっていて、
私がこういう風に逃げて生きてきたから、過食症が登場したのだろうなあと感じる。
共存、ということばがとても遠く思えて、でも課題をもっと明確にしないとと思う。

板門店に行って、ソウルをいろいろみて、独立公園を見て、
リアルというものは、いろんな形で、世の中に共存しているのだと知りました。
どれが正しい、でもなく、どれもがすでに存在している。
その中で、自分の立ち位置は一体どこなのか。

想像力するにしても、政治や歴史や外交がどうのよりも、まずは人がいるということを
忘れてはならない。そして、若い年の男の人が、2年も軍隊に行かなければならない
その現実は、そこに憎しみがあり、戦争があり、望みがあり、悲しみがある。
正直、朝鮮戦争はもうこのまま起こらないのではないかと思っていた。
けれど、そこには同じ民族が分断されているということ、
家族が離散していること、
分断された上に武器を持って冷戦状態にあるということ、
そうしたものをいろいろ見て、果たして私は現実をどこまで見ているのか。
きちんと人と向き合っていこうとしているのだろうか。
難しい問題にすぐにフリーズして、まちがうことを恐れ、
悲しいことにすぐに反応して心を乱し、冷静に、忍耐ができない。
結局私がいろいろ考えても、他人事ではないかと思っている。
けど、そういった姿勢は、日々の中で出るものなんだと思った。
大層なことじゃなくてもいい。むしろ、基本的なことさえできてない人間に
一体何ができるというのだろうか。

この旅で、私は自分の課題を見つけようと思っていた。
たくさんのリアルと触れよう、と。
けど、触れた瞬間に閉じるままでは、同じなのだ。
大切なのは、どこに行ったかじゃなく、Aという事象に対して
自分がどういう行動をとるか、その積み重ねなのだと知りました。
その上で、リアルを追求していくことが、きっと何かの助けになる。

今から先生に会ってきます。
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by jengsauman | 2006-09-24 14:04

流れ

今日、なんだか今までにない気持ちになれた。
これは、諦めによる世界狭めなのかもしれないけど、きっとそうではないと信じたい。
うーん。たぶん30%くらい、これは良い流れだという思いがある。
それが確信になるには、人とかかわり、経験を重ねるしかない。
だから、今はただその自分の感覚を信じて、歩みを重ねるのみ。

自分の日々は、意味分からないことのほうが多い。
どうしたらいいのか分からない場面がしょっちゅう訪れる。
けれど、「周りの人と共存していくという覚悟」を決めて、それを実行していくことで、
自分の世界の見え方は変わるのだ、と少しずつ少しずつ感じる。
それが「想像できる」の域を超えて、少しだけ「感じる」ことができるようになった
のが、恐らく今日の大発見(笑)だったのだろう。

人に支えられていることを実感し、自分ができないことを人から学び、
人に教えを請う。でも、それで終わらない。自分だっていつか返せるように
情熱を決して捨てない忍耐力が必要なのだと思う。

会社の人にちゃんと感謝できていなかった。
Cちゃんにちゃんと心を開いていなかった。
いつも、自分が自分が、とどこかで思っていて、
ガツガツしてるくせに、きちんと成果を出せない。
それが非生産的だと自分で認めたところからスタートして、
助けてくれる上司に感謝して、教えてくれることに対して「知りませんでした」と
素直に言うこと。そうして、自分にないものを持っているCちゃんを尊重して、
彼女から学ぼうとすること。そういう姿勢が欠けていた。私は、自分の
変な完璧主義を自分の中で振りかざして、結局何もそれが+にならないことを
自覚したくなかっただけだった。

人の存在を有難く思うこと。
だけれど、そうして人に寄りかかるのではない。
そうして、自分も自分を生かすように努力するのだ。
矛盾もある。葛藤もある。嫉妬もある。無力感だらけだ。
でも、自分の人格はこうして今もここにある。
それを活かさずして、幸せもなければ、成長もなければ、会社の発展もない。
私は「自分」ばかりを押し出していたのだろう。

査定で言われた。「この事業は○○さんだけがやらなくちゃいけないことじゃない。
今は俺とか、社長が主にやっているけれど、だからダメとかそういうことじゃないよ。
これから○○さんが少しずつ学んで、少しずつやっていけばいい。
この事業は結局、会社全体が成功させたいと思っていることなのだから、
みんなで力を合わせていけばいいんだから」

私は、泣きそうだった。けど、これに甘えちゃいけないとも思った。
この上司がいて、この環境があって、大切な同志であるCちゃんがいて、
私はまずは自分を騙さないように、形にこだわらないように、
少しずつ少しずつ進んで生きたい。

常務の口癖だ。「個人の成長が会社の成長に繋がる。
会社の成長が社会の成長に繋がる」
私は、人それぞれの役割というものを少しずつ尊重しはじめた。
何でもやりたい、という過去の自分は、つまり何でもよくて何もやりたくなかった
のかもしれない。何かにこだわること、それは何かに逃げることにもなりうるけれど、
本当に追求することは、必ずその価値が社会で求められる。
だから、まずは1個でいい。1個だけは絶対に誰にも負けないというか、
絶対に譲りたくないことを追求する。

Cちゃんに感謝して、常務にも社長にも、会社の人にも感謝したら、
いろんなことがスムーズになってきた。
そして、人を外見だけでどうこういうのは流して、自分は自分の観点で
人を見られるようになろうって少しずつ思う。

幸せとか、順調とか、ってきっと何も問題がない状態ではない。
問題がある中で、前に光が見えること。周りに感謝できること。
それだけで十分自分を肯定していいんじゃないか、とおもいはじめた。

自分は価値がないと思っていた。その思いは今も消えてはいない。
けど、少しずつ転換していくことはできる。そう感じる。
激しい生産至上主義。何かを生産していないと意味が無いという強迫観念。
だけど、それだけじゃない。それも必要だけど、それだけじゃない。

前兆とか、言うわりには、全然鈍感で全然感じられない。
いっぱい大切なことを踏みつけている。
けど、少しずつ、人と人のあいだの糸、社会をとりまく糸が
繋がるということが感じられはじめると、何か頭で考えてばかりの自分を
もう少し解き放てる気がしてきた。

あさってから韓国に行くけど、それに乗じて連絡したKは、昔とおなじように
あたしを妹みたいに言って、「○○ちゃん」って、家族と親友しかよばないあだ名で
よんでいた。彼との問題はもう忘れた。結局繋がるところは繋がるんだと、思った。
それは私の希望的観測だろうと思う。縁とかそういう言葉を乱用したいだけなのかも
しれない。けど、私は自分のこの気持ちの安定ぶり、高ぶりを素直に嬉しく思う。
彼のおかげで得られたたくさんの思いが、一旦は手放したことも含めて、
やはり私の中に戻ってきたような、そういうしっくりくる感覚。

きっとKも変わっただろう。私もそうだろう。だけど、これが人が繋がるということ
なのだろうと思う。そこにはなんの正しいも、間違いもない。
それが今の感想。ただただあるのは、嬉しいなあという思い。
そして、がんばるぞーというエネルギー。
人と生きるとはそういうことなのかな。

そして、今日は本当は大好きな香港歌手、許志安の日本でのコンサートに
いくはずだったのに、仕事を優先した。「あ~~~~~仕事おおお~」
と思ったのだけど、どこかでこれでよいと思っていた。その時その時で正しい選択を
していれば、時がきたら必ず何かは動く、と信じて。
家に帰ったら、メールが来ていた。以前応募した許志安のサインが抽選の結果
当たりましたよ~っていうメール(笑。爆笑。きっと、いつか会えるかな。

面白いことに、私が今一番よく目にする広東語関係の研究者が
自分の高校の先輩だと知った。うちの高校は相当マニアックな少人数高校なので
ぶっとびそうになるくらいびっくりしたとともに、とても嬉しく思った。
いつか、自分がもう少し実力をつけたら、会える日がくるかもしれない、とも。
あの高校にはあまり思いいれがなかったけど、それは私が見てなかっただけ。
素晴らしい人、素晴らしい環境は、いつ何時もそこにある。見ようとしたら。

また、前に会社の先輩に紹介してもらった人からメールがきてて、
「10月にアンジェラアキのライブあるねんけど、いけへん?」って!
オ~~~ッフ!あたしゃ、アンジェラアキが大好きだ!
こんなにいいことばっかりあっていいのか!
その頃きっと、あの部長が来日していてまたバトルしてると思うけど、
私は、そんなこと流して自分の時間を大切にしたいとおもいはじめた。

会社のために自分を犠牲にしているという思いがある限り、本質からずれた
ことばっかりする。
だから、意味不明なことばっかりやって、でも一生懸命だからって
評価されるのだけは絶対ごめんだ。ダメなものはダメ。でも、ちゃんと
できたらその時の喜びはきっと想像を絶するだろう。
そんなあたしをみんな笑ってる。同僚も親も友人も。でも、私はそこに対して
プライドを持ちたい。それは、固執でも強がりでも誇示でもなくて、
そこが本質だと思うから。仕事だけじゃなくって、人生を活かすための。

私は、少しずつ少しずつ、本質をつくことと、その難しさと、その重要さを
肌で感じさせてもらっている。でも、答えなんてない。だから、いつも
自分の感性を全開にして、違和感と恐怖と闘って生きたい。

おとといデジカメを買いました。
ずっと数年来ほしかったCASIOのもの。
しかし、やたらめったら高かったので、ここ数週間躊躇していたが、
韓国に行くので、思い切って閉店ぎりぎりにいってみた。
ずーっとCASIOの前でうろうろ~うろうろ~としていた挙句、
店員さんに「どうしてもこれが欲しいと思っていたんですよ」
「でも、値段が・・」と言っていたら、なにやらごにょごにょと相談して
計算機が出てきた。私は、東京に行って以来、計算機で勉強してくれる姿を
はじめてみたので、目が点。
昔、同じ量販店で値切ろうとしたら、その行為のありえなさを失笑されたのに、
なぜか6000円も引いてくれた。なんで?なんで?
しかも、その日安売りしてたから、貼ってある価格からは1万円引き。
私は宝くじにあたったかのような、狐につままれた感がぬぐえず、しかし
もちろん購入した。なんか裏があるのかといろいろ聞いたが、何もない。と。
いまだになんか気になるけど、まあいいことをもらったので、
いいことをしないとなあ、と思った。

やはり、「言わないと何も始まらない」「発信しないと何も起こらない」
ということを、カンボジアにいるYに何度も言われてから、やっとそれを実践しはじめたら、
それがどういうことか、身の回りでわかりはじめた。
このデジカメのことは、正直あまり手放しでは喜べないけど(意味わかんないから)、
私は最近自分の好きなことや好きなものを、口に出すようにしている。
そして、自分がやろうとしていることや行こうとしている場所なども。
前はそれらをすべて自分の中で抱えていた。けど、それを口に出すことで
無限の可能性が広がるのだ、と思うし、やっぱり言わないと何も起こらない。
私がそれを欲しているということも、誰にも伝わらない。
だから何?かもしれないけど、99%は意味無くても1%意味があればやっぱり
それって素敵ではないか。人が共存しているゆえ。

そういえば、今日仕事中に超ひさしぶりにマレーシアの弟から電話かかってきて。
「ひさしぶり~。ごはんたべない?」って。
いやいや、これは本当に嬉しいですわ。
もう、人がこわいし、人から逃げようとするし、人に勝ちたいと思っちゃうし、
人を見れないし、けど、やっぱり人が大切で、大好きなのだと思う。
人、というか、社会、というか。
いろんなものと繋がってこそ、自分の幸せがあるのだということが
ほんのわずかながら分かりつつある、そんな一日でした。

明日は、大切なお客様が来るので、頑張って応対します。
へこみまくりもよし。またやっちゃったもよし。でも、信じる気持ちを失わないで!
パッション!今日食べたマンゴーシャーベットがまじでうまかった!
そして、韓国料理屋のおねえちゃんがかわいかった。
そして、酒のみすぎて貧血で撃沈した(笑。
人に迷惑かけたら、また返せばいい。
間違えても、またトライすればいい。
間違うことを、批判されることを恐れたら、そこで止まっちゃう。
だから、明日も恐怖とたたかいながら、冷たい世界をうちやぶって
あたたかさを信じて生きたい。

仲間の存在を感じながら、それぞれの世界で、何をやっていても
やはり応援したくて、そして一緒に諦めずにいたくて、
そして自分もがんばりたくて。
いつもありがとう。
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by jengsauman | 2006-09-21 00:44

価値の転換

連休で大阪に帰ろうと思っていたのに、いろんな「決めないといけないこと」に押されて、
何も決められなくなって、生理痛で動けなくなって、寝てた。
やっちゃったなあ・・って思った。ハハ。

ひさしぶりにテレビ見てたら、森山未来(←好き)が出ていたので途中から見ていたのだが、
戦争の話なのかと思ったら、現代と戦時中が入れ替わる意味が分からない展開。
最後の最後に彼が話したことだけが頭に残ったのだけれど、
「いつの時代も、人間はみんな同じなのだ」ということ。
同じように悩み、いろんな人がいて、人を愛し、躊躇し、苦しみ、迷う。
その中でも、上の世代が必死に日本を築いてくれたから今の私たちがある。
よく思うのだけれど、と言いつついつも忘れてしまうのだけれど、
私たちが今手にしている恩恵は、自分で手にしたものではさらさら無い。
それはすべて、先輩たちが、先祖たちが、今の自分と同じように、
悩み、迷い、もがき、失敗を重ねつつも、今の自分よりもはるかに「生きる」
ことに真っ直ぐ立ち向かっていたおかげで、今の自分があるのだ。
改めて、歴史の重さを思った。歴史とは他人事や本の中のことではなく、
自分の細胞、生命と同じ線の先に繋がっている、人の生命のすべて。
どうして、また他人事みたいに、切り離していたのだろう。

来月沖縄にいったら、もう一度平和祈念資料館に行こうと思っていたけど、
そういう自分が嫌だった。形だけだろ?と言いたくなる自分がいる。
けど、やっぱりもう一度行きたい。前はゆっくり見れなかったから。
今度行っても、自分の乏しい想像力では、何をどこまで感じられるかなんて
分からない。でも、やらなきゃ。何かしなきゃ。そう、まずは見るだけ(=他人事)
をやめて、自分から発信する。韓国も。
私は、歴史というものとの付き合い方を間違えてきた。
いや、付き合ってなんて無かった。現代でも人ときちんと向き合ってこなかった
のと同様、人がどうやって生きてきたかに敬意を示すことも、興味を示す
こともなかったのだ。今の自分の世界を守りたくて、混乱するのが怖かったから。

過食症と向き合う中で、いろんなものが紐解けてきた。
けれど、いつも不思議で、ずっと心の中にひっかかっていたことは、
この孤独をどうしていけばいいのかということ。一体なんなのかと。
文字にすると、とてつもなくアホなのだけど、その意味が昨日読んだ文章で
とてもクリアーになった。

それは非常に単純なことで、「他人に興味がなかったからでしょ」。
こう書いてしまえば、我ながらみもふたもない。
しかし、それは事実なのだと思う。
自分を守るために、言い方を変えれば、「他人を他人として尊重することで、
自分の人格を広げるというやり方ができない余裕のなさを隠すために、
そして忍耐強く自分と向き合うわずらわしさと意味不明さから逃れるために、
とにかく分かりやすいゼロサムゲームを一人で繰り広げて誤魔化してきたからだ」、
とでも言えるだろうか。いや、言えないか・・。
どちらにせよ、つまりは結果的に人を見てこなかったから、心から人を尊敬することが
多分恐怖だった。それはつまり、人間のいろんな部分を受け入れないとできないことで、
それから逃げ回っている自分には、国家試験だとか、でかいプロジェクトだとか、
資格だとか、香港人だとか、韓国人だとか、大阪人だとか、痩せているとか、体重が
40㎏だとか、体脂肪がいくつだとか、「痩せてるね」と言う言葉だとか、
からだに関するすべてのこととか、男とのかかわりとか、
全部が、こう、なんというか、中心を真空状態に保ったままで、関わることのできる
分かりやすい価値基準しか持てなかった。

いろんなことが、自分の中でしか論理が通ってないのに(こじつけてるから)、
人に話しが通じないことを悩んでみたり、日々の生活を慈しんでいる人を
どうしても心から理解できなかったり(自分もトライしたいけど、もっと重要なことが
あると思い込んでいる)、言ってしまえばめちゃくちゃ孤独で、めちゃくちゃ生産性が
ない、殺伐とした生活そのもので、客観的に見れば絶対に真似したくない、なのに
何かしら理由をつけて、私自身がそれを見逃してきた。
自分が可愛くて、本当の根幹にNOをつきつけるのが怖かったのだ。

「他人に興味が無いからだ」
たったとの一言で、私は崩れ落ちた。
ショックだった。けど、真実だった。
今の私には、自分の在り方如何にかかわらず存在する他人とのかかわりではなく、
自分が自分の現況を認識し、求める習慣をつけなければいけないのだと悟った。
何度も口にはしただろうけれど、ストンと落ちたのは初めてだった。

もちろん、親にも姉夫婦にも親友にも感謝している。
けど、私は特に家族との関係性において、勝手に役を演じている。
それをどうしていけばいいか分からなくて、いつも親を思い出して苦しむ。
自分は親から離れて、親不孝だと思い、
親の望むような生き方をせずに、親の理解できないことばっかり言って、
だからといって大阪に戻れば親が心から喜ぶわけでもない。
親が喜ぶのは、私が心から幸せに生きることだと分かってはいても、
そのために苦しい道を歩かないといけないことを親は理解できない。
結局、親が求めていることは、私は実現できないのだが、
それが正しいとか間違っているとかいう議論など意味が無い。
だから、私は親を前にして、何を伝えれば良いのか分からなくなる。
どこに遠くにいったって、親はきっと私が苦しんでいると心配ばかりするだろう。
それだけは、この苦しみは幸せなことなのだと、分かってほしいのに。
そうして、私はまた、選んで話すしかない。
親が傷つかないような言葉ばかりを選んで、押し込んで、やるせなさを
蓄積させてしまう。もっと大人にならないといけないのに。

今週末の連休で大阪に帰ろうと思っていたのも、親のため。と称して自分のため。
父の体調のことも心配だったけど、それ以上に自分が後悔するのが怖くて。
「親不孝者」という要素を一つでも減らせるなら、やれることはやるべきだと焦って。
今まで親を傷つけてきたのに、立ち直りはじめたら自分のことばっかかよ、って
どこかから責められるのが苦しくて。
そうして、私の日々は自分による抑圧に基づいているという点では何も
変わっていないのではないかと思ったのだ。

そうして、上記のように、私はまた自分ひとりの自己完結を重ねようとしていた。
そりゃ、帰ったら帰ったで親はきっと喜んでくれただろう。
でも、もうこんなやり方はダメだ。
言葉で親に「私は幸せなんだよ」って百回言っても、私の表情は物語っているのだ。
だから、通じない。
そう、有難いとは思えど、私は無理しないと幸せだと言えないのかもしれない。
この孤独が、この甘えが、このズレが、いろんなことが、
「このままではダメだってば!」と私に向かって叫んでくるようで
それにふたをして、「過食症は無駄じゃなくて、幸せに気づくための必要なことなんです」
といっても、痛々しいのだ。その後がないから。so what?といわれたときに
そこで詰まってしまうから。

それはなぜかというと、私が現在の自分を受け入れていないからで、
私が自分の現実をもとに、人と向き合おうとしてないからで、
それがないから人から学べないからで、
それをごまかすためにまた形から入ろうとしてるからで、
そして、環境のせいにしているからなのだ。

このままいけば、何があっても、誰に出会っても、変わらない。
いや、変われるのに、変われないと思い込んだままだ。

とにかく、今年いっぱいは、自分の目の前だけに突っ走ることにしてみよう。
やろうとしたら、親とか、友達とか、周りとかに気を向けて、逃げてきたこと。
もしかしたら後悔するかもしれない。
でも、このままよりはましだ。
きっと、そうだよね。

私の心からの希望は、親が喜んでくれることだけではなく、
敬愛する親の遺伝子を持って生まれてきたことを、最大限活かしたいのだ。
そのためには、「このくらいでいいや」は一番罪深く、一番自分に傷を残す。
誰のためといったら、結局自分のためだけかもしれない。
けど、過食症の意味や、26年間の人生をどう頭で総括したって、
何かが違うと思ってしまう。その鍵は、ここにあるのではないだろうか。
ただ一つ、恐れていることは、こうしてうだうだとしているうちに
親がいなくなってしまうこと。落ち着いたら、もっと成長したら返したいことも、
返せなくなってしまうこと。前兆とはいつもそういう形で訪れると思うからだ。
だけれど、それを恐れたところで、目の前をおろそかにしては本末転倒だ。
今自分がやっている親孝行は親孝行と称した自分孝行でしかない。
たとえ、親がそれを喜んでくれるとしても、自分を騙しちゃだめだ。

昨日、リアルな夢を見た。
お客様相手に、社長と常務が相手していて、自分もその部屋に行こうとしたら
「お前は来なくていい」と言われた。窓から自分が担当するはずの案件が
進んでいくのを見ているだけ。

実際、あさって、向こうから呼び出されたのに、いくのは社長と常務だけ。
私が担当者ではあるが、私なんて行っても無駄、だからだ。
それが相当頭の中に残っていた。
どうすればいいのかなんて分かりません。でも、できることはただ一つ。
次、「あいつを連れて行こう」と言われるように仕事をするしかない。
そして、それでどうにもできないなら、それは何かが間違ってるだけ。
いつも、何かは過程でしかないし、何か道はあるのだと、
私は自分で自分に証明したい。

輪廻を信じたとしても、この自分としてこの時間に、この世に存在するのは
今しかない。このおよそ長くて80年しかないのだ。

たとえば、苦しかったとしても、自分に向いてないとしても、
そこを進まなければいけないこともある。それは、自分の思考をはるかにこえた
ところにある運命なのかもしれないし、何かを学ぶためのものなのかもしれない。
そして、その先にある目標のための、通り道なのかもしれない。

ここ数ヶ月、毎日帰り道で思っていたのは、「こんなとき、彼氏がいたらなあ」って。
何も言わずに抱きしめてくれるだけでいい。一緒に寝てくれるだけでいい。
暗い道を一人で歩かなくてもいい。でっかいゴキと闘うのも一人じゃなくていい。
ごはんを食べるのも一人じゃないかもしれない。部長の話も聞いてくれるかもしれない。
でも、それは、また相手にそういうことを押し付けようとしてただけ。
自分の都合のいいような男を捜して、利害関係があったらいいけれど、
それは前みたいに、自分が自分であることを一番否定したくなる瞬間ばかり
が待っていると思うと、恐ろしい。依存的な自分は、それを正当化してしまったら、
そこに自分が求めるものなどないのに、きっと出ようとしないから。

私は、そうして自分がこれからであうであろう、もしくは再会するであろう誰かと
一緒に生きていくことを思い描きはじめた。それもまた美化になってしまうから
あまり考えたくないけれど、「きっといるよ」って教えてくれた、最近急接近中の女子部
Yちゃん(新婚)の言葉がしみた。そうして、少しずつ、少しずつ、前の彼を思い出すの。
あれがあってよかった。彼に会えてよかった。ぜんぜん綺麗な思い出じゃないけど
ぜんぜんいいことなかったけど(笑、泥にまみれた宝物なのだ。それをこえて、
やはり彼の幸せを願うことは、もしかしたら依存をこえた愛情なのかもしれない。
ま、そんなこと、どっちでもええわ。
そうして、私はぜったいに人と生きていきたい。そして、人のために生きたい。

過食症を経て、ステップアップすることばかり考えてたけど、それは違う。
きっとしっくりくるのは、価値の転換。価値の創造。

アメリカにいる彼は、今がタイミングではないと思う。でも、そんなことよりも、
自分が動くことで、空気を動かしたいのだ。この行動が、直接的に結果にならなくてもいい。
でも、いつか何かに繋がるような行動を重ねていくために、澱んだ空気を
少しずつ動かしていくの。

今から、デジカメ買いに行って、お姉ちゃん家にいって、お菓子つくってきまーす。
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by jengsauman | 2006-09-18 00:53

決めること

昨日、帰り道によく寄るスターバックスに行こうと思って歩いていたら、
行きしなの地下街で、人があえいでいた。
しかも、大量の血まみれ。尋常ではないことはすぐわかった。
たくさんの人が行きかう中で、誰一人として足を止めない。
私は、そんな周りを心の中で批判していた。そして、足をとめた。
たぶん、批判されたくなかったからなのだが、それにしても死んで
しまうのではないかと思って、その場で固まってしまった。

とっさに、誰かに撃たれたのではないかと思った。
そして、目の前にあるリアルが、自分のリアルの範疇を超えて
どうしていいか分からなくなった。
ここで救急車を呼ぼうものなら、この人を追いかけてきた人たちに
私も狙われるかもしれないとか、声をかけたら何をされるか分からないとか、
とにかくその人に触れるのが心から怖かった。

私はこの人を助けたいのだけど、というのを誰に示したいのか、
その場にうろうろして、結局、その真横の店の店員に通報してもらった。
私は、どうして自分の手で彼を助けなかったのか。
もしかしたら、そうしている間に彼は死んでしまったかもしれない。
いまだに頭によぎる。

その後、自分のうそ臭さに辟易として、吐きそうだった。
皮肉にも、その時意気揚々と手に持っていた本は、「貧困の終焉」。
神様に、おじいちゃんに、私を見ている全ての人に、思い知れと言われている気がした。
取ってつけた正義など、すぐにめっきがはがれるのだと、
自分の中に軸のない言葉など、ただの迷惑でしかないのだと、
そうして、実際に人の生死に面したとき、尻込みしてしまうのだと。
自分で決めていこうと言っていても、何も決めていなければ、
いざというとき何も動けないのだと。
言葉が上からいっぱい降ってきて、ただそれを受け止めるしかなかった。
すべてその通りだ。

私は毎日「フェアでない自分」を思い知らされる。
Cちゃんと一緒に仕事をしていて、しょっちゅうイライラするのは、
彼女がすぐに人の言うことを遮って大きい声でしゃべるから、だけではなく、
彼女が過度にフェアだからだ。
あまりにフェアすぎて、私は毎日何度も鏡を見せられ、そこから逃げたくて地雷を踏む。

昨日、あの場にいて、私はCちゃんならきっとあの人を助けただろうと思った。
その結果、やった行動が人を通して通報という最も卑怯な方法だった。
本当に私という人間は、なんてずるいんだろうと思う。

毎日、「違う」「また逃げた」「また誤魔化した」「また格好つけた」
「また知らないのを知ってるふりした」「また人のふんどしで相撲とった」
それのオンパレード。だけど、不器用でも、うるさくてもいいから、
いざというときに自分の保身からもう一歩人に向かえる人になりたいならば、
じゃあ何をどうする。

その思いをひきずったまま、昨日読んだ本の中の言葉がずっと頭の中にあった。
「自分で決める」
「自分が信じたものしか見えない」
「人に出会いたいと思われる自分」

上のような現実があって、じゃあどうすればいいのだろう。
そう、責任を負わなければならない。
というか、決めるのだ。決まるのを待つのではなく。
誰のせいにもしない。

そうして、日々同じようなことをとりあえず保留にして何度も考えている
自分に嫌気がさして、韓国行きのチケットをとった。
リアルにふれたかった。そして、この現実を自分の意思で変える生き方を
したいと思った。少なくとも、そうできるような行動を。

留学時代のルームメートに連絡した。そして、先生にも連絡した。
そして、もう会うつもりもなかったKにも連絡した。
彼は、いろいろ問題もあったけど、もうそんなことどうでもいい。
誰かが言ったこと、過去にあったこと、オルタナティブなき批判、
もうそんなこと流すのだ。
今、自分が生きていくために、「人」とふれたい。

Kは、私の大切な人の一人、だった。
きっと、私の何も理解しようともしてないけど、
私のこの人づきあいベタっぷりを笑って、からかいながら、
いつもそばにいてくれた韓国人だ。

依存的な私だけど、人とであって、人といて、心から安心し、喜びを感じた数少ない
人だった。だが、ここ数年、あの出会いは、ただの甘えだった、と私は封印していた。
けれど、今日Kとしゃべって、あたしはやっぱりKがすきなのだと知った。
いや、これが人と触れ合うということなのかもしれないし、
ひさしぶりに楽して対面できる相手だっただからなのかもしれないし、
よくわからないけど、うれしかった、というか、肩の荷物が降りた。
そう、毎日しょってるたくさんの荷物、どこでどうおろしていいか、
おろしていいのかも、どうやって向き合っていいのかもわからなくて、
でも、すーっと少しだけ楽になった。
これは甘えなのか、逃避なのか、わからない。
でも、今は、とにかくうごきたい。
だから、韓国に行く。

韓国に行って何をしようと、所詮自己満足だと9割思っている。
でも、私は可能性があることに、リスクを認識しながらも足を出したい。
試験は受験しないと100%受からない。
人は出会おうとしないと出会えない。
どうせ無理、だって今までだって無理だったじゃん。って思ってるの。
でも、それをもういちど越えよう。
もういちど、そう考える前に、足を出すの。足を出してから考える、でもいいから。

今日、新しいサービスの企画について話していて、上司につっこまれた。
「なぜその値段?」「従来のサービスもこうだから」
「なぜそうなの?」「従来の・・・・」
「他の可能性は?」「従来の・・・・」

私はしゃべりながら、鼻で笑えてきた。
面白いくらいに、私は従来が軸になって生きているらしい。
それを、知って、そしてそれを認識して、そして変えないと変わらない。

少しずつ、ほんとに見えないくらい少しずつ、分かるときがある。
自分がどう間違って、どう逃げて、どう同じことを繰り返してるか。
それが今の自分が頼れる大切なキーで、でもそれを見ることは
とっても痛くて、でも、可能性があるんだよ。幸せではないか。

韓国で、板門店に行こうと思っている。
けれど、あの場所は韓国人は行けない場所だ。
「日本人はええな。俺も一回は行ってみたい。この半島の現実を」
という言葉に、胸がゆれたあの頃から、私は何も動かしてない。
「台湾って日本とこんなに密接でこんなに近いのに、
国交がないの。両岸関係(中・台関係)を考えると
夢にも出てくるわ」という台湾外務省の友達(?)が投げ捨てるように
言っていた言葉に、ああどうしよう、と思ったのをほったらかしだ。
「日本人は勉強したいと思ったら、お金さえあればどこでもいけるけど、
中国の人はどんなに能力があってもいけないことが多いんだよ」という現実。

もう離れたいと思えば思うほど、私は東アジアから離れられなくなる。
もう金輪際ごめんだー!と思うのに、いつのまにかそこにいるのだ。
でも、そこに感情でひたって、危機感だけで何もしないような生き方はもうしない。
ただむやみに動くのではなく、いつも吸収し、まなび、動こうとするように
自分にムチをふり、でも自分をいつくしみたい。

よく考えてみれば、何も決めない一人旅は今回がはじめて。
自分で決める旅、のスタートとしては最高ではないか。
といいながらも、きっと先生やSやKやMに助けられて、
「あーあかんやん。あたしやっぱり何もできへんへっぽこやー」
って韓国で叫んでいるに違いない。
でも、そういいながら、もうちょっと歩いてみようかなって
できればそれでよいか。

次はアメリカに。
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by jengsauman | 2006-09-15 00:33

心から泣きました。

混乱している自分を自覚して、生きることに真正面からぶつかっている仲間を想って、
私は心から涙がでました。

私は、2年前に円形脱毛になったときと同じ場所に、また同じようにぽっかりと
髪の毛がないのに気づいた。悲しかった。いろんな感情を自分の中にとじこめて、
自分で自分を追い込んで、結果的にあのころと同じことになってしまった。
また自分を痛めてるんかなっていうのが悲しかった。

でも、自分の何の声を無視しているんだか、わからない。
だから、混乱している。それなら、混乱している、でもいいから自覚しよう。

そうして、あたしは初心に戻りたくなって、あのころ何度も見たDVDを見た。
あたしと同じ歳の香港女歌手のDVD。
彼女が、バランスを崩して、体重が増えて、耳が聞こえなくなって、
社会から見放されそうになった後に、復活した時のコンサートDVD。

あの時の、彼女の言葉をもう一度聴くと、私は涙が止まらなかった。
たぶん、自分がいろんなことを経て、変化してはいても、
やはりまだここにいるのではないかと思って。
そして、大切なものに気づいても、まだ貧弱な思考によって
それをおろそかにしている自分が憎らしくて。
Nさんに何度も何度も「おまかせ」にしいや、って言われても
そこをまだあがいている自分がむなしくて。

何かを変えようと思って、自分を追い込む。
積み上げている簿記の問題集や外国語の参考書の束、哲学関係の本。
疲れた。でも、休みたくない。休めない。でも、何かが違う気がする。
そう、表面やなあ。

通訳学校に行こうとして、体験を申し込んだのに、起きれなかった。
目が覚めて、泣いてた。夢の中で、上司に怒られてた。
夢の中で出張に一緒に行く?って聴かれて、躊躇してる自分がいた。
何もかもに中途半端。何かにとびこむことがこわいからだ。
今もなお、私は何かに全力になることを恐れている。
間違うことをおそれて。

小学生のレベルだが、間違うことをしなければ、何が間違いか分からない。
だけど、あたしは間違いを避けていきてきたからそれが何か分からない。
だから、小さいところでは間違うようにしている。そうして、あたしは
少しずつ「今」を変えていくことを意識してはいる。
けど、圧倒的に小さい範囲でしかない。

そういえば、私はこの会社に入るときに決めたのだった。
「あなたは何ですか?」と聞かれたときに、私は○○ですと
答えられる人間になりたい、そういう日々を重ねていきたい、と。
組織でもない、自分の関係ある他人でもない、私とはどういう人間かを
自分自身で形容できる生き方をしたいのだ、と。
そして、そういう生き方をしていれば、必ず見てくれている人はいる、と。
そのためには、夢中にならないと、と。

蛇足だけれど、私がなぜ前述のDVDに思い入れがあるかというと、
その歌手(=容祖兒)が、一番苦しかったときに、彼女の先生だけは
彼女の表面的な変化に何も触れず、何の態度も変えることなく、
彼女の歌を評価し、「うまくいかないことは必ずある。けれど、
すべては過去のことだよ。自分に自信を持ちなさい。
私がOKといったら、OKなんだから」と言ったのだそうだ。

そして、その師匠はもうこの世にはいない。

私は、そのやりとりと、自分の先生とのことがとてもかぶった。
先生はもちろんまだ元気でいらっしゃるけれど、
いつ何があるかなんて分からない。先生がいつもあたしに
いろんな言葉をくれたこと、力を存分に発揮するためにいろんなサポートを
くれたことを思い出して、何をしてるんだろうという気持ちになって、またなけた。

結局、こういうことなんだ。
自分が持っているものに感謝して、自分が持っているものを伸ばせばいいんだ。
自分ができることを一生懸命やればいいんだ。
又言ってる。

又思いだしたの。せんせいが何度も何度もいってくれた言葉。
「ないものを嘆くより、自分があるものを伸ばせばいい。それがあなたらしさなのだからね」

今自分の周りに居てくれる人のことを思った。
そのうちの誰ひとりとして、あたしが「すごいやつ」だから付き合おうという人はいない。
みんな、あたしがアホで、言っても言ってもわかれへんやつで、
でもなんかどっか譲られへんくてもがいてて、
そんなアホなあたしを「アホやなあ」って見てくれている人ばかりだ。
それだけじゃなくて、「アホやけど、なんか悪いことできへんくてモガモガしてるわ(笑」
とほほえましく見守ってくれているのではないかと希望的に感じている。
それ以外に何のとりえもないあたしだけど、それを失ったら終わりではないか。
だから、あたしは天真であることをかざしたりはしないけど、恥にも思わない。
それは、あたしの親があたしに与えてくれた宝物。
甘ちゃんやけど、人をやはり信じてしまう、そんな人間。
非効率に頑張ることでしか頑張ってることを示せない本質から離れた言動が多いけど
目的とエネルギーが合致したときは前に進むことしかできない人間。
諦めることができない人間。
よわっちいんだけど、強がってしまう人間。

そう、あたしはまず「ことば」に真摯であろうと決めたのだった。
人が自分に放つ言葉に神経質になるのと同様、自分が放つ言葉を
もっと想像力をもって使えるようになりたいと思うのです。
また、それは外国語でも同じで、というか、外国語であればなおさら
正確さにはこだわりたい。それが、あたしの原点なのだった。
だから、~ねばならない。のではないのよ。
あいつに任せれば大丈夫といわれるような、正確性なくして
言葉を使ってるなんておこがましくていえない。日本語もそう。
信頼を得るとはいろんなやり方がある。自分のやり方で、一生懸命やるのだ。

今月は韓国。来月は中国と沖縄。再来月はハワイ。その次はいけたらカンボジアとアメリカ。
目を見開いて、現実を見たい。ここを常識と思わないように。世界は多様であり、
何が正しいも正しくないもない。最重要なのは、コミュニケーションだ!
そういったのはお前だぞ>自分。

いいとこどりは必ず失敗する。何かを得たら、何かを失うもんだ。
だから、ものにはこだわらない。自分のプライドもときには踏み台にして、
今の世界をぐわっと開けられるように、自分の足で歩き回り、
人のあたたかさにふれたい。

過度の遠慮はただの逃避の道具なのだ。

そうして、いろんなページを見ていたら、とてもぐっとくる言葉を紹介していた。
モロッコにいる女性のお話。

私がこれまでに出会い、今も交流を続けるモロッコ人達というのは、正直、いわゆるいいやつばかりではありません。ツーリストとして旅していたころは、そのしたたかさに激怒したくなったことも何度あることか。
けれども、そんなモロッコ人の一人一人が、

自分が生きなければいけないこと
自分の欲
自分がつらいこと
自分がうれしいこと
そして、
自分がしたいこと
してあげたいこと

そんな日々の欲望や感情に、とても正直だったと思うのです。
失敗も成功も悪巧みも、しかたないさと受け入れて突き進む彼等の前で、強いつもりになっていたお飾りだらけの自分の姿が、なんともはかなく映ったものです。
カッコイイ女になりたくて、夢の人生を生きたくて、背伸びしてカッコつけてイイ人ぶっていたけれど、そんな生き方にいつのまにか自分自身がくたびれてたら、それってもっとカッコわるい事なんじゃないんだろうか。

悪いやつでもいいじゃない?
いつでも善人じゃなくてもいいんじゃない?
カッコ悪くていいんじゃない?
それでお日さまのような笑顔をたたえられるのだとしたら。
そうだ、もっと素直に生きてみよう。

彼等のアバウトな豪快さの前に、私はいつのまにか飾ることをやめにしていました。
こうでなければならない、こうしなくてはいけない、と、勝手な理想を抱いてそれに縛られていた自分を解き放ってくれたのは、実にこの、時に天使になり、時に悪魔に変身するなどという、アバウトきわまりない人々の豪快な笑顔だったかもしれません。

もしも、やさしくされることを求めて旅に出るとしたら、モロッコはそんなあなたを少しがっかりさせることもあるかもしれません。

けれども「純粋」であるということは、何も「真っ白」であることとは限らない。
時には黒く、時には白いのが人間の姿であるとするならば、モロッコという国は、そこに照りつける太陽の強さゆえか、ひたすらその陰影の強さがまぶしい国かもしれません。


そうして、冒頭に書いた、大切な仲間の一人であるCafemmeさんの
記念日を思って、心から嬉しく思ってまた泣きました。
いつもあなたのことを思ってます。本当に嬉しくて泣けた。
他の言葉が思いつかない。本当に嬉しい。
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by jengsauman | 2006-09-10 17:43

凹凸

先週末の失敗で、週末も沈み、でも頭では沈んでても何もならんわ、と思っていた。
頭が冷静だから余計にしんどくて、月曜の朝はどうにかして逃走しようかと一瞬思った。
というのも、月曜は辞令をもらうことになっていたからだ。
こんな恥ずかしい状態で、一体何の辞令だよ。
あれだけ人に伝えたいとか言ってたくせに、社長・社員を目の前にすると
申し訳なさと恥ずかしさで、声もでなかった。が、ここで自分を落としても
反省してるフリしてまた逃げてんでしょ、と思ったので、声を出してみた。けど、案の定
何の魂もない発信。ひきずられて、またやってしまった。

面談で、社長と役員を目の前にして、慙愧にひきずられて吐きそうだった。
ほんとに気持ち悪くて、顔を上げるのも苦しい。
顔を見ると、自分のあの逃避失敗が蘇る。

けど、ある役員が、あたしの仕事をほめてくれた。
その部分の仕事に関して、たしかに不備がないようにできたのかもしれない。
きっと、あたしはそういう仕事のやりかたが合っていて、楽なのだと思う。
でも、いろいろ話しているうちに、感じてきた。
これはチャンスなのだ、と。
そういうやり方だけじゃなくて、新たな可能性を広げるチャンスを与えられている。
いろんなことがふりかかってきて、いろんなことをやる羽目になっているのではなく、
あれもこれもチャレンジできる素晴らしい環境ではないか。
他の会社に居たら、考えられないような責任ある仕事を任されている。
そこで、あたしは一体何の表面さわりのようなお遊戯をやってんねん。

そう思い始めたとき、メーラーの整理をしてたら、出てきた言葉。
「自分の限界がどこにあるか発見するためには、自分の限界を超えて、
不可能だと思われるところまで、行ってみる他はない。」
これだけじゃなくて、とにかく「熱中しろ」「夢中になれ」「今すぐ始めろ」
そういう言葉がどんどん出てきて、あたしの後ろから力をくれた。
今、自分ができることは、自分の現状を知るということと、
その現状を変えるために今行動することしかなくて。
何度も言葉では言っても、実際そういう状況になったら逃げる人間であるということも。
だから、あたしは「自分がやる」と公言した。
上司に迷惑をかけても、アホちゃう?って思っても、そこを走るしか
前に道が見えないのだから、そこを走るしかない。

どうしてここまでひきずったかというと、やらない後悔だったからだ。
もう絶対に、同じことは繰り返さない。
あたしは、あたしがやる。

今まで、いろんな形で人を裏切ってきた。
特に、この身体をかくすため、この弱点をかくすため、弱い人間であることをかくすため。
いろんなうそをついて、人と対面することから逃げ続けた。
そんな自分を思い出していた。メールとかを見るとリアルだなあと思う。
でも、今後は、ぜったいに信頼を裏切るようなことはしない。
信頼を得るのは難しいが、失うのはかんたん。
だから、これから作っていくものは、自分の手で壊すようなことをしたくない。
そんなことをしてまで守りたいものなんかない。

世界を変えたいならば、日本を変えたいならば、常識を少しでも変えたいならば、
自分が自分の周りに存在する縁に100%誠実であらねばならないと思う。
それが、摂食障害が教えてくれたことであり、
これから自分が胸に刻んでいかなければならないことだと思う。

善悪ではなく、優劣でもない。
自分が自分であることを生かす道は唯一つ。
自分の違和感に敏感になり、それを貫く勇気を持つことだと思う。

今の仕事は自分の夢には直接的には関係ない。でも、この過程の一つ一つを大切にしたい。
まずはこの環境のなかで暴れて、夢中になって、先を見たい。
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by jengsauman | 2006-09-06 02:40

人不知而不慍

ぜんぜん謙虚じゃなかった自分にきづいた。
必死で言い訳をさがし、自分の中では理論がとおっていて、
そして、殻をかぶろうとしてるの。

何かを新しく作り切り開いていくということは、苦しいことだ。
だから、逃げたい。意味わからんもん、何したらいいのか、どうしたらいいのか。
本当は教育に関わりたいって思ってたはずの自分が、とてもうすっぺらくて、
どこに情熱があるの?って人が見れば明らかに責任逃れをしている
ようにしか見えない。

上司が怒らないことにかこつけて、私は甘えきっていた。

仕事のことだけじゃない。勉強もおなじ。人間関係も同じ。

またこれだよ。と思う自分がいた。ほんとに泣けてきた。
人と繋がりたいと思うくせに、人から逃げようとする。
人と共存したいと思うくせに、安易に自分を認めてほしいと思いたがる。
責任あることを重ねて、実力をつけたいと思うくせに、頼る場所を探している。
本当に、一日一体何度「またやってしまった」と思うことだろう。
もう、いい加減にしろよ、と思うが、そう思うだけなら今までと同じなのよね。

ひさしぶりに昼まで寝ていた。疲弊、というかんじ。
何の充実感もなく、何の成長もない日々を消化している感覚。
でも、意味が無いとは思わない。思いたくない。
もがいているようで、結果的にやはり足踏みをしているとしたら
やっぱりまた同じようなことが起こると思う。
いつか、何かが繋がる。
いやでも続ける。苦しくても続ける。絶対にここから去らない。
「逃げてしまった。失敗した!」というこのリアルと闘わないと、
生かせる道など生まれ得ない。

「お前はこの事業の推進者なんだから、ちゃんと提案くらいしろ」
そういわれて当たり前だ。常務もあきれてた。
ほんとに悔しい。何やってんねん。
そして、あたしへの期待も薄れてきて、打ち合わせにも同席させても
させなくても同じだろ、という態度になった。
それが現実。
即戦力が求められる場所に入ったのだから、経験がないことを
口が裂けても言い訳にはできない。
もう、頭がぐるぐるする。
あたしに商売なんて向いてない、あたしは金儲けになんて興味ない、
そう思って逃げるな。
「ここはあたしの闘う場じゃない」などと、今まで一体何度思って現実を
見ないで生きてきたことか。
ここ以外にあたしが闘う場などない。

そう思ったら、仕事しよう。勉強しよう。謙虚になればそうするしかないことがわかる。
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by jengsauman | 2006-09-03 00:35