過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

<   2006年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

だいすきなこと

ズルズルとつづけている食依存。悪いことではないが、
やはりこのまま生活を続けていくのには無理がある。
それに、なにより、たのしくないなあと思う。
生き生きしてないし、自分を抑圧してる。

けど、昨日の気づきから少しずつ、自分に関心をもてるようになり、
今日一日、自分の心に目をむけてみたのだ。
どうでもいいと時を止めて、息を止めて、たべものを詰め込んでいた
ことを少し冷静に見て、それは自分のからだにいいことしてへんなあ、
とおもいいたる。

姿勢悪かったら、一見楽なんやけど、それって頭が楽と思ってるだけで
実際からだや内臓には負担がかかっている。

頭をとめるのだ。全く信用ならん頭などストーーーップ!
それよか、心のうごき、変化、そして人への思いと自分への思い。

今日は、Sさんの誕生日です。
かえりにCちゃんとプレゼントをかってかえりました。
電車にのったらちょうど0時だったので、2人で一緒にSさんに
メールをおくりました。
もう心のそこから、Sさん、この世に生まれてきてくれてありがとう。
その思いが少しでもとどきますように。
ずっとずっとSさんのことばっかり考えている。
けど、一週間前とはぜんぜんちがう、穏やかな感情。
ああ、うれしい。
不安で仕方ないんだけど、食依存もあるし、孤独だし、
まだまだ歪みまくっているんだけど、けど、どこかだけはホッカイロが
あるみたいな感情。それとともに、「だいすきなもの」を求める生き方に
シフトしようってきめた。たのしくない強迫めいた人生は、もういらないよう。

だいすきなこと。
大好きな香港歌手の歌をうたうこと。
いつか、彼と一緒に歌いたいとかひそかに思っている。
人前で歌うことは苦手だが、広東語の歌は歌いたくてウズウズする。
むかしすきだった人と、いつか一緒に広東語の歌を作って出したいとかほざいてたのは
たんなる夢であるが、それはいつかどこかのホンコン人と実現したいものである。
テーマは、海闊天空。

たこやきを焼くこと。料理も好きなんだ。
今年は編み物とかもしたいな。

お金なくても、お金ないからこそ、気づけること。
とても、ありきたりな言い方になってしまうけど、
今年は、少なくとも今は、きっとそういう試練のときなんだと思う。
ないものに目を奪われて時を止めないで。
だいすきなことを、少しでも多く、日常の中で実践していきたい。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-30 03:01

愛・信頼

自分のだめなところ、自分の成長過程、自分の日々、自分の成長しなさ、
自分の日常を見てくれる人がひとりでもいること、
それが勇気をあたえる。
それが100%ではなくても、それで簡単には強くはなれなくても、
すこしだけ自分が厚くなり、熱くなる感覚。
存在は、つながることでありえるんだという1ミリほどの実感。

今日はとってもあたたかい気づきがあった。
会社で一番なかよしのYと話していたとき、
あたしは相変わらずのしっくりこなさを抱えながら、仕事してるフリをしていた。
彼女は、あたしの一個上で、もう結婚している。
部署はじぇーんじぇん違うけど、中国子会社の担当をしてくれている
心強い味方であり、一緒に出張にいったことがきっかけで仲良くなった。
きのう、その出張に一緒にいったAさんが会社をやめるということで、
送別会をおこないました。
Yと、あたしと、Cちゃんと、Sさんと、Nさんと、あとAさん。
だれやねん、こんだけアルファベット並べて・・(笑。

きのう、Sさんは、熱で午前中点滴(しかも鼻から直接)うって出社して
ふらふらやったのに、しかも仕事も山場でめっちゃ大変やのに、
登場したー。もう、言葉がでねえ。わざと場所も教えなかったのに。。
「うひひひー」っていって現れたときには、ちょっとこわかった。

ま、それはおいといて、(←すぐ脱線する)
そのメンバーは、全員恐ろしい酒豪である。
あたしなんて、オコチャマ(恥)。
しかし、飲まないわけにもいかず、飲むのもすきなので
クイクイのんでいたら、酔っ払ったー(アホ)。
いつものようにみんなで楽しく談笑していたら、
いつものようにSさんがCちゃんを褒めだした。
Cちゃんが可愛い、Cちゃんを口説いた(うちの会社にひっぱった)、
Cちゃんの実家に遊びに行きたい(中国の東北)、
Cちゃんは仕事ができる、いろいろいろいろ言った。
あたしは、酔っ払いながらも、とっても頭の中はさめていて、
また劣等感を抱いた。
比べちゃだめなんだって、って思うのに、酔ってるから
余計にごまかしがきかなくて、悲しくてもうだめだった。

Sさんは、あたしに向かって「天然」といい、
Cちゃんに対して「Cちゃんは天然ではない」といった。
あたしは、その巷であふれている「天然」という単語が理解できないが、
自分の理想とは正反対であることは理解できた。
これだけ近くにいるのに、自分のことを少なくともすこしは
分かってくれていると思っていたSさんがあたしに向かって、
「天然」っていうなんか思考停止な言葉を投げた気がして、
あたしは空気が止まった。
そんな単語であたしを形容しないでほしかった。
あまりに疲れていたからそのままかえってすぐ寝たけど、
ショックでしょうがなかった。

で、今日の話に戻ると、
Yちんが、あたしに男友達を紹介してくれるという話になり、
あたしは、ひさしぶりに予防線を張った。
「もし、その人が普通の女の人がすきなんやったら
あたし、あかんと思うねんけど。昨日Sさんにも言われたし。」とかいって。

もう、心の中で「ぐあーーーーいってもーたーー」とのた打ち回る。
そういってしまったのは、人の目線でみたからだ。
また人の人生を生きている、ハアとため息をついた。

そうしたら、Yちんは、「なんでそんなこというの?」といった。
あたしは、アホやって分かってるし、めっちゃ大人気ないけど、
「だってな、Sさん、いっつもあたしに「変やで」とか
「ちょっとおかしい」とか「なにいってんの?」とか
「普通の人は無理や」とか、いろいろ言うし、
しかも、仕事でも迷惑ばっかりかけて、
ほんまあかんねん。」とかいってしまった。
あたいがSさんのことが大好きなのは、言ってないけど
Yちんは分かっている(上司として、やけど)。

そうしたらYちんは、「っていうか、Sさんは○○のこと
すごいかわいがってて、すごく包み込んでいるんやなって思って見てたよ。
Sさんは、○○のことめっちゃ好きだよ。見てて分かるもん。断言する。」
っていった。

あたし、眼が点になった。
「ホエ?」ってなった。
Yちんはお世辞がだいきらいで、いっつもシュールな言葉を投げるが、
ほんとに思ってることしかいわないから、とても信用している。
ほんで、めちゃくちゃアホやねんけど、すごくホッとした。
それから、そのことの真偽はともかく、なんでそういう風に
思えなかったんやろう。と思い返した。
一つ一つの言葉にこだわって、子供みたいに、
あたしも褒めてほしい、、あたしが特別でいたいと思って。
あたしが望んでいたのは、愛情ではなく、執着であった。
それに心できづいたのだ。
ガーーーーーーンという衝撃をかんじた。

あたしは、Sさんのことを尊敬してるけど、崇拝はしてない。
ずっとそう言い聞かせてきたのは、信用するのが怖かったからだ。
Sさんは精神的なことにあまり興味がないと思うことで、
自分と一線を画して、自分の逃げ場を作って、この人間関係も
あの人間関係もすべてから逃げて、対面なんてどこにもない
孤独に見えてたんに自分で目隠しをしている人生を送っていたにすぎない
のではないか、ときづいた。信頼がないのではない、見ようとしなかっただけだ。
愛情がないんじゃない。自分がそれを信用するのが怖かったからだ。

なぜ、あたしが、Sさんに特別な思いを抱いているのかは、
Sさんを好きだからとか、Sさんを愛してるとかそういうことじゃない。
あたしは、人を信用し、人に自分をさらけ出し、それでもそこで止まらない、
そこから日常を踏み出していく、そういう言葉でずっとかかげていた
机上の理想を、現実で可能にできるかもしれないというカケラを
感じたからだった。

いままで、感じたことのない感情。
裏切られることを恐れて、騙されることから予防線をはり、
自分を必要とするであろう人の見込みを立て、
できることでしか勝負しようとしないから、ないものねだりばかりをする。
本当は、そこで「あたし」はダルマサンガコロンダ状態で止まったまま
だったのかもしれない。今も、そういうことが多々ある。

けれど、人を信頼する、とはそういうことなのか。
26年生きて、やっと1ミリ感じた。それも、Yちんに言われて、やっと
自分が心から求めていたことを知り、自分もふくめてうずまいている
有難い人間関係の網から「ブチっ」と切って、逃げてしまうことをやめて、
そこにあるものを見ることができた。
もしかしたら、Sさんは何も思ってないかもしれない。
けど、そんな真偽よりも、今ある現実がどうこうよりも、
「私はSさんを信頼し、今日も立ち上がるのだ。
今日も失敗し、今日もできなくて、でも今日も一人じゃない。
そして今日もチャレンジして、今日も自分が自分であることを
日常の中で抱きしめられるようになりたいんだ。」
そう自分に宣言し、自分が人を信頼することから逃げない。
それで、たとえ裏切られても、裏切るのはSさんが決めることなのだから
あたしがどうのこうの言うことじゃない。

自分の内部を、自分の大切なものを出さずして、
一体どんな関係が築けるというのだろうか。
そうだよ。未熟だよ。できないことだらけで、甘ちゃんで、
逃げたくて、執着したいよ。
でも、それ、丸見えだよ。隠しても見えてるし(笑。
だから、一緒に生きていこう。

もうちょっとで、Sさんにも会社にも負の感情を持って
生きることをしない言い訳にするところだった。
Yちんがいなかったら、きづかなかった。
Sさんがいなかったら、こんな感情にもなれなかった。
この会社に入ったとき、あたしは謙虚さのかけらもなかった。
社会的地位がそれほど高くない組織において、
大切な出会いなどあるはずがないと思っていた。
書くのも恐ろしいが。

でも、これも日常。
環境を変えても、場所を変えても、周りの人が変わっても、
日常を生きていくことに変わりはない。
そこで、どれだけ執着しないで、信頼していきていけるか。
人と繋がって、自立していけるか。
それが、課題であり、希望でもある。

Sさん、大好き。
Yちんも大好き。

SさんのMP3に音楽を入れて、出張前に机に置いて外出したら、
メールがきていた。「ご機嫌に聞いていってきまーす」って。
それをみて、微笑み、仕事にかかる。
あたしなんかのペーペーにできることなんて限られている。
でも、そこでどういう行動に出るかは、たぶん、なんのために
仕事にとりかかっているかという心がけの反映なのではないか。

心なかでおもうこと。
「上を見て仕事をするな。上を見るのは目標をかかげるときだけでいい。
一つ一つは、足元を見ていけばいい。上のためにやるのではない。
足元を一つ一つかえていくためにやるのだ」

26歳にしては、というより、いろいろ書いていて
あまりに幼稚で恥ずかしいあまり逃げたくなる。改ざんしたくなる。
しかし、飛ぶことはできない。
飛ぶことはできないから歩くしかない。
Nさんが言ったように、それでも歩みをだすことが、生きるということなのだ。

でも、孤独で、誰にも受け入れられないし、誰も受け入れられないと思っていたのは
あたしの頭のしわざである。心の違和感は、あまりに頭と心が乖離しているからである。
「これは執着であるから意味がない」
「これは社会的に意義がないから意味がない」
「こんな会話は表面だけで意味がない」
「こんな人間関係はうわっつらだけだから意味がない」
そういう考えは、私が自分の感情を信用していないがために
とりつくろって生きてきたことに起因する。
頭で考えたことを切り札にする生き方はもうしたくない。
理解したふりして、わかったふりして、心は逃げ腰なのはもういやだ。
心で、心からかんじたことを、実践し、迷い、やっていく。
分からないけれど、これかなと思ったことをやっていく。
そんな日々の中でこそ、リアルがあるんだとおもう。
今まであるものの真似をして、何の意味があるの?
誰かが持っているものはその人が持っていればいいんだよ。
今から、作っていく。そういう毎日が私の人生。

そうして、わたしはSさんとはまた別の、大切な特別な人と出会える日が
くることを信じ、女であるとか、何歳であるとか、何をもってるからとか、
媚びるとか、弱いふりとか、そういうことを放棄して、
自分はこういう人間ですよと提示し、人とつながりあえる可能性を望み、
そのために、日常を大切にしようと思った。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-28 23:08

境目

仕事いきたくない、休みの日も一人で悶々して、
家から出られない。そんな日々。
体調もよろしくない。体重も増えるばかり。
でも、食依存をやめられない、他に頼れるものがなくて。
つまらない他者依存よりはましだ、と思って開き直って
自分に対して冷笑する。
それをしないと、麻痺できない。
なんのために働いているのか、問う。

どうしたらいいのか、わからない。
仕事でずっと抱えてた問題が、顕在化する。
もう、ごまかしがきかなくなった。
あたしのやり方は「組織として機能してない」といわれる。
こんな個人能力主義みたいな環境のくせに
何が組織だよ、ふざけんな、と思う。
都合のいいときだけ組織論を唱える現状に吐き気がする。
べつにあんたが能力があるとか、選ばれたからじゃなくて、
あんたしかいないからでしょ、といわれる。
そのとおり、一番痛いところをつかれた。
そして、いつになっても結果が出せないことが負担で、重荷で、
けど、本当の問題は、あたしの日々の日常が
自分の夢に向かってあまりに具体的な実践から離れている
ことなのだ。とおもう。

組織を個人と同一化させすぎていた。
みんな、もっとクールだった。
みんな、もっとうまく境目をつけて自分を重視していた。
あたしは、自分に無関心すぎた。
みんながどうとかはおいといて、
あたしは、自分に無関心すぎた。
なにしてたんだろう。
なにみてたんだろう。

家帰っても、いつも自分の低能さをどうするかということで頭がいっぱい。
あれを勉強して、あの学校にいって、あれをやってあれをやって。
それでなんだ?
また同じサイクルだ。
必死にやりながら、必死に食べ物で自分を保つ。
時には吐いて、時には依存できる人を探して、
でもそれと自分は違う、という境目を自分の頭の中でつくり、
なんとか、今の現実を受け入れずにすむように操作する。
そしてほどなくして動けなくなる。
やらなければいけないリストが刻々とたまっていく反面、
私は何もできなくなる。そんな自分を刺したくなる。

へこむまいと思いつつも、かなりテンション低いのは、
部長がめちゃくちゃなことを言う(前からだが)のに
自分が大人げなくぶちぎれて、感情的になったことと、
これをどうやって収拾すればいいのか分からないこと、
また、誰も何もいわないこと。

さらに、別の上司に、いかにも理論的かつ組織的みたいな
ことをとうとうと語られた日には、違和感がカラダ中に充満して
本当に、久しぶりに、心から
「吐きたい」と思った。

吐きたいよ、そうだよ、リセットしたいよ、からだが求めてるよ。
もう、そのシグナルを感じたとき、情けなくて、悲しくて、必死に涙をこらえた。
そのときも、課長は、それらしいことを語っている。
組織とはそういうもんだとか言う。
それは正しいんだと思う。
けど、あたしはそんな正しさなんて求めてない。
現場の矛盾は、上司にはそんなに伝わらないかもしれないけど、
毎日毎日、あたしはギリギリですた。
中国のわけわかんないやり方にふりまわされて、
主導権をとられてはいけないとか、利益ないとか、お前がやれとかいろいろいわれて、
中国側はキャパシティなんて考えない、合理的かどうかもない。
しかも、しゃしゃり出てくるな、ときた。情報も選んで伝えてくる。
その反面、日本の上司は日本の正しいやり方を押し付けてるように見える。
それは、早道かもしれない。でも、それは今までの失敗をくりかえすだけ。
もしかしたら、今回はうまくいくかもしれない。
けど、中国の都合に振り回されて毎日ありえない衝撃を受けて、
それを選んで上にあげてると、伝達不足を指摘される。
それをうまくできないのは、あたしの調整不足であることは認めるが、
それもやってあれもやってこれもやって、ぜんぶできなくて、
自己嫌悪になっても誰にも助けを求められない。
だから、家に持ち帰る。残業する。そしたら「残業は効率悪いからだ」といわれる。
なんなんだ。
中国をなめるな。やりたいなら自分でやれ、と喉元まで出かかって
いつもぐっと飲み込む。
「○○さんのレベルで」とよくいわれる。
侮辱するな。自分の低能さは自分で一番わかってる。
けど、すべてを否定するような言い方は人間性を疑う。

なんて、ここで愚痴っても、自己嫌悪が増えるだけで、
恥ずかしい思いだ。
しかし、これをこのままやり過ごすのはもうやめなければならない。

ちょうど良いタイミングで、Nさんから連絡がきた。
生きてますか?ときかれた。
「生きてるのか生きてないのか」というと、
「どっちも同じようなもの、と岡本太郎がいっていた」とかえってきた。

「どっちにしても苦しみはあるということですか?」ときいたら、
「いや、死んでも肉体がなくなるだけで、精神は続くのかもね。
岡本太郎じゃないからしらないけど。」といわれた。

死んだら、どうなるんだろうな。
誰にも分からないし、分かりようもないわな。
しかし、何となくだけど、私は「死んだら終わり」という言葉にとても
違和感を感じる。それは、あたしがそう信じたいだけなのかも
しれないし、別にどっちでもいいが。
しかし、Nさんにそういわれて、何だかここで一人で焦っていた自分、
今の環境(=井の中)でごちゃごちゃやって、不満を抱いて
自分だけがしんどいみたいな誤った被害妄想を
「あれっ」とおもった。

何がしたいんだっけ?って。

もうすぐ死ぬかも、今日死ぬかも、って焦って焦って焦りまくって、
今すぐ結果を、眼に見える結果を、なんて思っていたようだ。
しかし、違うぞ。たぶん、今死んで困るのは、まだ結果を出してないからではなく、
まだ自分を騙してるからじゃないかな、と。

Nさんは、「先祖のだれかが、あまりに強い思いを残して死んだ
場合、その悔やみから、子孫にそれを託す場合がある。
そういうのを○○障害というのだけどね。」
といった。それは、Nさんが信じている仏教のおしえなんだけど、
あたしは、そこへの入会は全く考えてないので、ただ話しだけ
聞かせてもらっている。こうして書くと、とっても怪しいと思われるから
非常に残念(というか、じつはあたしが一番不信感を持っている)。

多分私は、Nさんに共感してるのであって、その教えのことはあまり知らないし、
共感してるわけでもない。そう書いたら、バチが当たるだろうな。ごめんなさい。
彼がどうやっていきてきて、どういうスタンスでいて、どういう思想をもってるか。
そして、人に対してどうあるか、を見たうえで、あたしはNさんをとても大切に
思っているだけなのだ。まあ、そんなことは、自分への言い訳でしかないのだが、
自分の中の宗教への恐怖心がここまで言い訳を用意させる。

話はもどって、たとえそういう先祖との関係がどうのこうのとか、
使命がどうのとか、因果応報とか、運命とか、必然とか、
そうは思ってもね、そこで立ち止まる理由にしてはいけないんだよ、と。
つらくても、毎日ギリギリでも、立ち止まらせるようなことがたくさん起きても、
やっぱり前に歩みを進めるのが、生きているということなんだ、といわれた。

それに、やっぱりやってみないと分からないことばっかりだから。と。

人は往々にして、外だけを見て、実際(=本質)を見てないことに気づかないですしね。とも。

図星でした。グッサリ。

人がどうのこうの、表面がどうのこうの、それだってあたしのたんなる表面しか
みてない状態に過ぎない。自分の判断が正しいと思ってるのは本当ですか?
その苦しみは本当に必要なのか?本当にその思い込みは本当なのか?
また、その問いをわすれていたよ。

完璧になんてなれないことはしっている。
けれど、プロフェッショナルになりたい。
そして、からだに何がおこっているのか、
自分になにが起こっているのか、
それと対話することから逃げない人生を歩みたい。
何度も何度も気づいても、またそことは関係ない場所で
そつなく日々を過ごしていく自分がいたけれど、
日常を変えなければ全く意味がないとわかった。

人を大切にできなくて、人と手をつなげなくて、自分だけで閉じこもって
何を悟れるのだろう。それで悟れるならもうとっくに悟れているだろう。
こんだけ一人で閉じこもってきたんだし(笑。
でも、わかんないってことは、社会に出て行かないとわかんないってことだ。
そして、見たくないものを見たときに、「うわーありえねー。あたしやったら
ぜったいあんなんせえへんわ。考えられないひどい!」
と思ったとしても、それですごすごと退場したら、自分はこのままなんです。
眼を見開くような経験をしたときこそ、自分を広げられるチャンス。
優しい人もいる。素晴らしい人もいる。そして酷い人もいるし、自分勝手な人もいる。
けど、そういう人たちは、みんな生まれてからこのかたずっとそうなんじゃなくて、
自分とであったタイミングの時、偶然その状態だったのではないか?
だとしたら、それはきっととても意味深い。
ただ排除するなかれ、ただ礼賛するなかれ。である。

私は、真偽にかからわず、自分の祖父が残した遺志がとても重いと思っている。
けれど、今は、その重さだけがのしかかってきて、どうしていいか分からず、
苦しくて仕方がないのです。
けれど、それは自分が見つけていかなくてはならないことなのだと思う。
なぜなら、これは祖父の人生ではなく、祖父と繋がっている私の人生やから。

たぶん、重要なのは後世になにが残せるか、なのだろうとおもう。
それで、業だけのこしたらバチがあたるわ。

自分の魂はいつまで続くのかわからない。
生きるということ、死ぬということ、全然わからない。
けれど、そんな区切りのことに眼を向けて誤魔化さない。
一番大切なのは、日常であり、今であり、現在であり、実践である。
大丈夫、きっと出会える。もがいてれば、きっと出会える。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-26 14:51

そのまま

帰り道、あーそのままでいいかーってなんかめっちゃ思ったら、
楽になった。

ここ数週間、めっちゃくちゃグロッキーで、もう頭の中が
カチンコチンで、ドロドロ。何の進歩もないが、毎日とにかく
仕事にいって、一生懸命やることを止めたら、益々何もなくなる、
と笑顔もなく出勤していた。んで、また遅くまで。

毎日、毎分、毎秒、考えている。
あたしがすべきことは、なんなのか。
自分にできることは、なんなのか。
もっと人や世界のためにできることはないのか。
どうして、何もできないんだろう。
あたしは、何がしたいのか。
表面にとらわれずに、本質に向かって生きたいのに
何やってるんだろう。と。

けど、薄々わかっていた。
あれも違う、これも違うと、NOを出すたびに、
あたしは他者の否定ばかりにいそしんで、
また人の人生を生きていること。
また人の表面的な評価を得ようと楽をしようとしてること。

グルグル同じことやって、本質は立ち止まったままじゃん、と
思うと、本当に耐えられないむなしさに襲われるのだけど、
とにかく何かをやるしかないと思ってて。

徹夜して帰ったり、遅くまで残業して帰って、化粧をしたまま爆睡したり、
食べ物詰め込んだり、栄養と思えなかったり、歯みがきも適当だったり、
心の不安や痛みをほったらかしにしたり、
カラダはたいせつにしないから疲弊して、心も訳が分からないのに、
あたしは、外部の要因のせいにしていた。
仕方ない、とにかく頑張るためには、自分の健康を削っても仕方ない。
そんなことをおもいながら。

腹部の痛みにくわえて、おしりの痛み(恥ずかしながらかなりひどいヂのようです)、
貧血、生理不順、便秘、そしてなによりも、意識的に食べることで時間を止め、
安心できる空間を作り、自慰をしていること。
健康ではない。
おかあさんに、「あんた、何してんの」とめちゃくちゃ怒られた。
それまで、自分の理想のようなことをかたっていたあたしは、
それ以前に自分のことも大切にできない、自分の問題もきっちり処理できない
人間としてできてないバカでしかないことを痛感させられた。

明日、病院いくよ、といったら「あたりまえや」とまた怒られた。
そういって、自分の情けなさをまた痛感する。

けれど、なんだかなあ、悪いところは直す。そして、自分のままで
がんばるということを、もうちょっとおぼえたいなあ、と思った。

先日、結婚式に参加したRに手紙を書いた返事が届いてて、
彼女の思いがいっぱいつまっている、嘘のない自然体の文章に
ほっとした。肩のちからが抜けたようなかんじだった。

人間関係を、上・下で見るんじゃなくて、分野で分けるでもなくて、
あれができるこれができないで分けるんでもなくて、
優劣をつけるんでもなくて、
あたしの存在のすぐ横に、彼女がいる。
横というより後ろから支えてくれている。
でも、それは、いつもいつも眼に見える形じゃなくて、
だけど、声を大にしてでも言わなくても、わたしたちは
思いあってるなあ、って孤独のなかでも思い出せるようなつながり。

遠い県にいる彼女と、東京のまんなかで傷つくことを恐れながらも
ここを去ることができない、偏屈なあたしのあいだで、
お互いの悪いところを笑いながらも、心のなかで抱きしめあうつながり。
そう思うと、少しだけ自分の存在があたたかくて、厚いようにおもえてきた。
そっか、これでいいんだね。とおもった。

Sさんから仕事の電話があって、自分の報・連・相が不足してることを痛感する。
いろんなところで、繋がっている。それによりかかるんじゃなくて、
手をつなぎたいなあって思う。また、Def Techのコンソリデーションソングを思い出す。
いっつも思い出す。1年以上前、毎日、公園を走りながら、人とつながりあうことを
思い描き、そうあることが本質で、そうありたいと思いつつも、
痩身の呪縛から離れられなかったあのころ。
今も完全に捨てられたわけじゃない。
でも、その夢は今もおなじ。もっと具体的になり、もっと思いが強くなった。

自分のこころが平和になってこそ、世界の平和に貢献できる。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-21 23:20
姉の結婚式でハワイにいってきました。
いろんなことを感じました。
いろんなことに気づきました。
悲しかった。苦しかった。嬉しかった。安心した。
繋がった。頭で誤魔化した。自分を護った。家族を排除した。
自分の夢を問うた。先が見えない苦しみは本当に必要なことか問うた。
ただ抱きしめたいと思った。

仕事のあとで成田に走っていった。
ハワイでの姉の結婚式だというのに、あたしは仕事のことばっかり考えて、
全然用意もしていなかった。普通の妹なら、何かお祝いを用意したり、
もっといろいろと協力したりしていたのだろう。
けど、あたしは姉夫婦のうちの親に対する自分勝手な態度に疑問を持ち、
でも、祝いたいという思いもあって、結局葛藤した挙句何もしなかった。
ただ、荷物一つで空港に現れただけ。
そんな自分をどうかと思ったが、口にはしなかった。
もし、疑問を持っているなら、家族として何か言うべきだったのでは?
もし、祝いたいなら、何か行動すべきなのでは?
結局どちらもしなかったのは、以前のような泥沼になりたくなかったし、
形だけ良い格好をするのもいやだったからだ。
さすがに、もうもめるのはいやだと思ってにげた。

母は終始微妙な表情をしていた。母は私といると安心するようだけど、
あたしは自分のいっぱいいっぱいさの上に、母の寄りかかりを受け止める
余裕がなく、しばしば母に冷たく当たったこともあった。
言い方がきつくなったこともあった。母は田舎でマイペースに暮らしている。
そんな母がいきなり成田まできて、そこから久しぶりに国外に行くっていうときに、
自分で見ようとしない、ぜんぶ人に頼ろうとする、そんなことは当たり前なのに、
私は、自分のことばっかりでいっぱいいっぱいになって、優しくしてあげられなかった。
そのたびに、心の中で自分を殴り、自分に罵声を浴びせたのだけれど、止められない。
たとえが悪いけど、まるで暴力がだめだと分かっているのに、やめられない。
ここで食べちゃだめだと分かっているのに、食べてしまう。吐いてしまう。
そんな、どうしようもない衝動に似ている気がした。
思考停止は悪である、とか、その瞬間に最高のパフォーマンスをしなければならない、とか、
いつもいつも最善で最大を目指さなければ生きているといえない、などという目標を
掲げているがゆえに、それを人に押し付けてしまうのだ。それが善で、それが当たり前、
それができないことが悪であるかのように。
まるで、生産至上主義だ。まるで、何かを持ってないと、何かを目指さないと、
何か何かと上を見てないと評価されないことを恐れているようだ。
そして、そんな自分に自分がNOを出すことを恐れているようだ。
でも、それは、ただの我を通しているに過ぎなかった。
あたしは、自分の未熟さ、自分の小ささと、何度も何度も何度も対峙させられた。
おかあさん、ごめんね。
何度も何度も何度も何度も何度も思った。
ほんとに、ごめん。何度も思った。

私は、いつも呼吸が苦しい。
行きの飛行機の中でずっと思って、手帳に書いたことは、
「焦り。魂の平和からどんどん離れて離れていく。
それなのに、自分が見て見ぬふりをしている。
怖いのも隠しても、どこにも発信してないのだと分かっているから、
イライラや焦りや恐怖や息苦しさがひどいので、
もう感覚さえもわからず、自己嫌悪が最悪。
また、役を演じている」

などという、今までと同じようなことだ。
結局、何も変えてない証なのか、と思いながら、息が苦しくて苦しくて
どこをどうしていいか、分かりやすい変化がほしかった。
けど、そんなものはない。

姉夫婦は往々にして母を邪険に扱うので、私はそれを見るたびに
イラっとした。「ハア?」とか平気でいう彼らの神経を疑いはするが、
そのことでもう何度ももめているので、今回はここでもめることはしたくなかった。
事勿れ主義な自分だった。
母親に笑顔でいてもらえるように、あたしが精一杯フォローしたいとおもった。
けど、そういう意識じゃダメだと分かっていた。
だけど、どうしたらいいか分からない。大嫌いな自分が、未熟な自分が、
何の能力もない自分が、何の結果も出してない何の経験もない自分が、
ふと力を抜くと笑顔をなくしてしまう。また、眉間にしわをよせて、
この瞬間も考えることをしてしまう自分は、とにかく母の前でこんな顔をしないようにと
意識することしか思いつかなかった。
それでも、しないよりはいいのではないか、と思いたかった。
逃げたくなったら、Sさんのことを思い出した。

ハワイについてからも、式のときも、姉夫婦はいろいろと気を遣ってはくれたけど、
どこかギクシャクしていた気がした。あたしは、突っ立っていただけ。
向こうの親にも気を遣わないといけない、というのは分かるし、
自分もできるだけ話しかけたり、写真を撮ったり、いろいろはした。
けど、こういうのを、対面とはいわない、とずっとずっと思っていた。
彼らが幸せならそれでいい、と思ったけど、親も大切にしないで、
自分たちの我を通す図を客観的に見せられると、どこかで引いていた。
それで、いいのか?とずっと思っていた。

後から思うと、姉たちもいっぱいいっぱいだったのだろう。
両方の親に気を遣い、いろんなことを決めなければならない。
そして、わざわざ来てくれた友達のこともフォローしないといけない。
その中で、私はもっと協力すべきだったのかもしれない、と思った。
けど、カラダが動かなかった。頑として、あのやり方に納得がいかなかった。
父の仕事の都合も考えずに、結局父を日本に一人置いて、それでいいのか?
私には、分からなかった。
けど、私が親と近づけば近づくほど、姉は離れていこうとした、というこれまでの
経緯を思い起こせば、あたしにも責任があったのだろうと思う。

決して負の思いばかりだったわけじゃない。
でも、ここであえて書くのは、リアルなことだけにしたい。

私が一番忘れられないのは、最終日(4日目)のこと。
母はとても疲れている様子だった。私も出張、出張、の次の日にハワイに来たので、
正直、体は混乱していたのだと思う。でも、私はなんともない、と思いたくて、
母には、なんてことない、たやすいことよ、的なことをいつものように無意識に発した。
買い物に行って帰ってくるとき、姉と2人になって遠くから母を見ていたら、
姉は、「おかあさん、死にそうな顔してるなあ」と言った。
この発言にもカチンときたが、よく見たら本当にしんどそうだったので心配になった。
部屋に帰ってから、「大丈夫?」ときいた。言葉を選んで、「死にそうにしんどそうやけど・・」
といった。あたしにしたら、死にそうに、というのは、ただの強調に過ぎないつもりだった。
普段から連発しているこの恐ろしい言葉の威力を、そのときは想像する気もなかった。
母はみるみるさらに元気を失ったように見えた。今にも泣きそうだった。
ちょっとたって、「どうしたん?めっちゃしんどそうやで」というと、
母は急に泣き出した。「そうやな。明日死ぬかも知れんな」と独り言のように
何度も何度も言って、号泣した。
母は続けて、「○○さん(姉のだんな)にも前いわれてん。お母さんしにそうな
顔してるなあって。あたし、めっちゃ傷ついてんから。」とおお泣きした。

あたしは、その時、愕然とした。
自分の想像力のなさ、自分の傲慢さ、そして気遣っていったつもりの言葉が
恐ろしいほどの威力で母を刺していたことに。
まるで、自分が「太ってるな。でかいな。」といわれて、息が止まりそうになった
ことを思い出した。
そんなん、深い意味ないで、って言われても、そういわれるほど腹が立ち、
それに傷つく自分にも腹が立ったけど、どうしたらいいか分からない絶望。
自分のそれと混同してはいけないが、とにかく、「死」なんていう言葉を
自分の都合で使ってはならない、そう強く肝に銘じた。
本当に浅はかだった。
自分のことしか考えてなかった。

その後、母と2人で買い物にいった。
歩きながら、さっきのことを思い出すだけで、涙が止まらなかった。
おかあさんは「なんであんたが泣くんよ」って私の手を握って
2人で泣きながら歩いていた。
あたしは、そのときに、はじめて、少しだけおかあさんと近づけた
気がした。リアルに、不安をぶちまけあい、涙をながして、
悪かったことを謝り、でもいつかは死が訪れることを実感した瞬間。
あたしは、そのとき、毎日口癖のようにいっている「いつ死ぬかわからない」
という言葉の重みにつぶされそうになった。
なんて口だけで使ってたんだろう、って思った。
その時はその時で精一杯のつもりではあったんやけど、
一人で言葉をこねくり回してるだけの時は、往々にしてリアルから離れてしまう。
あの日のことは、今思い出しても胸がざわめく、とともに、
母という存在を心から抱きしめたいと思えた瞬間でもあった。
大事な人に、「明日死ぬかもな」なんていう言葉を放たれる気持ち、
それはたとえそれが事実だったとしても苦しいことだ。
あたしは、なんて自分勝手だったのだろう。

同時に、姉に対しても、もっと親を大事にしてほしいと思いつつも、
やっぱり、姉を大切に思う自分がいた。
なんていうか、むかつくし納得いかないところもあるけど、
そういうこととは別に、心の奥で存在を求める気持ち。
もし、命が途絶えてしまったら、私は心から悲しむだろう。
それを受け入れなければならないことはとても辛いだろう。
でも、そういうことを考えるよりも、今、まさに、
家族を抱きしめたい思いに駆られるこの気持ちのほうが
よっぽどリアルに思えた。とってもリアルだった。

日本にかえってきても、何も大きな変化はない。
けれど、苦しまなくていいことに苦しむ自分に気づきたい、と思うようになった。
自分が無理だと思う癖をやめたい、と思うようになった。
執着を超えたいと思うようになった。
人を求めなければ、と思うようになった。
文句いっても、へたくそでも、アホでもいいから、口を動かしながら
カラダも動かしたいと思うようになった。

「私なんて・・」の根源は、自分の無能力さでも、ぶさいくさでも、太さでもなく、
自分が自分のやりたいことをやってない、魂の声を無視していることから
起こるのではないか?と思うようになった。
これは、そうかどうかは知らないが、何となくとても大きな気づきに思えた。

Sさんのことは、ちゃんと距離を持って、甘えにならないようにしようと決めた。
命がどうなるかは分からないけど、精一杯生きようと決めた。

母との話の中で、「自分を大切にしてね」と言われて、あたしははっとした。
ここ数年、ずーっと痛い腹部のことを話したら、もっと自分を大切にしてね、といわれた。
そのありきたりな言葉から、グサーーっと来たものがあった。
あたしは自分を大切にしてないことに気づいたからだ。
食べ物もそう。周りとの調和もそう。自分のやりたいことへの挑戦もそう。
いつも自分を殺し、誤魔化すことに疲弊している。
そんな自分が、カラダのどこかが痛いと思うことなんてある意味表面的な
ことなんだ。でも、そうでもしないとあたしは自分のことを置き去りにして
またいろんなことを考えてるふりをする。

でも、考えながら、ずっとずっと疑問なのだろう。
「どうして、人を近くに思えないのか。どうして人を愛せないのか。
どうして、人に完璧をもとめるのか。どうして、自分に完璧を求めるのか。」

そして、それは、自分を大切にしてないからだ、とわかった。
自分を大切にしてないから、人を大切にできない。
当たり前のことなんだけど、自分の声を聞いてみることをしないと
どうにもならないことを、やはりまた思い知らされた。
怖いんだけど、もう立ち止まりたくないんだけど、でも、
やっぱりそうするしかないんだな、と思った。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-14 07:48

人に支えられて

結婚式に参加してきました。
着替えに手間取り、なんと教会に入りそびれました(大反省)。
そして、走っていったら、新婦(=友達)が入ろうと歩いていました。
どうにか気づかれずに抜かす方法はないかと思ったけど、
野外のガラスのチャペルだったので、バレバレ。
友達は、うしろから走ってきて、いそいそと走っていく私を見て、
大爆笑していた。
そして、新婦が入ってきたかと思いきや、アタシ・・みたいな
微妙な空気を作ってしまった。
あーはずかしい。あたしさいあくや、ほんま。

けど、式も披露宴も友達らしさがとてもよく出ていて、
とても素敵だった。みんなに「あんた、あの登場は絶対狙ってたやろ」といわれる。


彼女とは、高校時代からの仲で、一年前の夏に高校時代の友達と
もう一度会おうと決めたときに、一番最初に会って一緒に東京ドームに行った
子です。私は、今日なんどもなんども、あの日のことを思い出して、
涙が止まらなかった。試合前の練習を見ながら、私たちは何もかもを
口にすることができるようになっていた。以前からも仲は良かったけど、
私は格好つけて、「さすが○○」と思われなければいけないと思い込んでいた。
けれど、摂食障害を経てから、私はうそっぱちの自分を、少なくとも彼女の前では
捨てることができるようになりました。今日、席についたら、彼女からの
メッセージの中にも、あの日のことが書いてありました。
分かり合うことはできない、けれど、思い合うことはできる。
私は、「ありのままを愛してもらえる」ということが、今家族と友達に対して
少しずつ信じられるようになりつつあるけれど、その友達の数少ないうちの一人が
彼女でした。あの日、東京ドームで「来年結婚することになってん」って聞いた
あのことが、今日現実になったこと、そして彼女にとって一番大切な人が
彼女の隣にいること、それを見て、感じただけで、もう十分だった。

自分のこととなると、式なんてあげるのは既成事実をつくりたいだけ、だとか、
形にこだわってばっかりのは時間とお金の無駄、とか、思ってしまいそうだけど、
彼女が「これだけ多くの人にささえられて今の自分がいる」といったとき、
なんだかガーンときた。
そう、わたしは全然分かってない。どれだけ人に支えられて、どれだけ
人のおかげで、どれだけ見えないところで人に迷惑をかけて生きているか。

私は、昨日書いたトラブルや衝突のことも含めて、リアルとはかけ離れた
ところで生きていた。人と助け合うこともせず、人から特別扱いされることばかり
を望み、実際は何も生み出してない自分を認めるのが怖かった。
けど、その一つ一つを見つめていこう、と今日あらためて思った。
少し前まで、ずっとこだわっていた理想を、このめまぐるしい日々の中で
すっかり忘れていた。けど、少しずつ落ち着いてきたら、何を自分は
つきつめていかなくてはならないのか、少しずつ見えてくる気がする。

式が終わってから、二次会まで2時間半くらいあったので、他の友達(大阪から上京)
がホテルに帰ってるあいだに、私は丸ビルにいた。
買い物して一息ついたので、Sさんにメールした。
なんとなく、恋しくなってしまった。
大切な友人の結婚式でいろんなことを考え、感じ、号泣して、笑って、
消耗してしまったからなのか、ああいう風に人と笑いあうことが羨ましかった
からなのか。
まずいなあと思いながら、とりあえず別に今日じゃなくてもいいことを伝える。

いろいろやりとりしたあと、Sさんは、今から会うか、というかんじのことをいった。
今、思えば、おちょくられていただけなんやろうな。もしくはただの冗談。
でも、あたしはアホやから、そのままとらえて動揺した。ほんまにアホやな。
その瞬間、あたしは何がしたいんやろう、ってやっときづいた。
その先には何にもないことを、なぜ時間と労力を消耗して、勝手に傷ついたふりして、
見当違いのことを求めようとしてるんだろう。
しかも、友達の結婚式で、友達が素敵な家庭を築いて、二人で力をあわせて
一生幸せでありますように、と願いながら、
自分は自分の都合のときは、いとも簡単にそれを壊すようなことを平気で
やろうとするのか、と思うとあほらしくて情けなくなった。

けれど、私がいろいろ思い悩むまでもなく、
結局、Sさんからは返事はかえってこなかった。
自分が言い出したくせに、なんで無視すんの?と思ったけど、
もし携帯の不具合なら、それはそういうことなんだろうし、
冗談だったんだってーというなら、それもそういうことなんだろう。
あたしは、たしかに、ここのところ、ずっとSさんのおかげで
自分を保ってきたつもりだったけれど、きっとそこに執着してはいけないんだと思う。
それは、なんでだめなの?じゃなく、そうだからだ。
結婚の重みを一番感じた日に、ぶちこわすようなことをしてはいけない。
というより、自分を大切にしない選択を、自分に許してはいけない。、

怖いよ、寂しいよ、けど、我を通しても、もっと寂しいだけだよ。
自分と世界を切り離すだけ。自分が真理から離れるだけ。
自分が、頭で考える正しさではなく、世界にうずまく複雑な流れ
から逃げるだけ。そうして、もっと孤独になるのはイヤダ。

あたしは、ふと、かんじた。
今までの人生、あたしはここで立ち止まっていた。
誰か、とっても執着したくなる人を見つけては、そこに強烈に執着し、
自分の頭で、そこに依存させる。それは、辛いようで、切ないようで、
とっても楽だった。
たとえ、その相手がどれだけ素敵に思えても、
どれだけ自分が自分でいられると思えても、
我を通すのは、誤りである。
それに、もうall or nothingの一点集中はやめよう、と決めたのだ。

執着、それこそ間違いない!と思う執着こそ、
あたしが乗り越えないといけないもの。
細い体、優秀といわれる経歴、様々な能力、
形ばっかりの外見、人に愛想良くすること、
自分が人を表面では騙せても、本当は何も
誤魔化せてはいない。
だから、何かにはまろうとしたときこそ、
もう一個でも、もう二個でもいいから、
自分が正しいと思うこと、自分がやろうとすること、
そうした選択肢を増やして、いつもどこかを流動的に
しておこう。
そして、そのうちの一つは、必ず、今まで選んだことのない
選択肢にしよう。今まで使ったことのない思考回路で
今まで挑戦したことのない選択肢にチャレンジする。
そして、チャレンジしたことで満足しないで、それの
行く末をきちんと学習する。

お金もないし、孤独だし、融通きかなくてかわいくもないけれど、
何もとりえがないように思える自分が、
Sさんと一緒にいると、こんなに笑顔でいられるんだと知り、
あたしは、もっともっとチャレンジしようって思えた。
ただ、それだけでも、素敵なことだ。
Sさんはとってもすきだけど、この出会いをいかして
あたしがもっと笑顔になること、それがこの出会いの意味だと
思いたい。だから、妥協するな。それらしいもので誤魔化すな。

結婚式でも、披露宴でも、二次会でも、あたしたちがずっと
言っていたことは、
「みんないろんな環境にいる。でも、とにかく、それぞれが
幸せに笑顔で生きていけたらいいね。」

結婚も一つの節目だろう。けれど、形でどうのこうのではない。
結婚という形で縁を強制的に形にするのではない。
一つの流れの上で、自然に起こること、
なるべくしてなったこと、
あたしはSさんと奥さんもきっとそうであると思いたいし、
昨日結婚式をあげたRもそうだと思う。
なにより、自分の両親がそうなのだから、
自分は結婚と縁があるかどうかはわからないけど、
きちんと人と出会おうとしていこう。
たとえ、この人かな?と思える人と出会えても、そこで
思考停止の執着に変えることはぜったいにしたくない。
という自戒である。

人と出会わなければ、分からないことだらけだ。
だけど、いつもいつもそれはパワーがいる。
疲弊して、無力感に襲われて、また自分を落としそうになる。
自分の心の中から「チャレンジするのが怖いよ」
「逃げたいよ」
「また今度に回したいよ」
「傷つきたくないよ」
っていろんな声が聞こえる。
けれど、そのたびに、わたしは、次の瞬間もう死ぬかもしれないという
当たり前の現実を思い出す。
今やらないと、今自分がこのことに出会って、やるかやらないか、という
ただの2択しかない状況で、ぐちゃぐちゃ誰に向かって言い訳しても
結果はどちらかしかないのだ。やるか、やらないか。
だから、やる、をえらぶ。できるだけ。

はじめて、通訳学校の授業にでてみました。
授業の前に、面接テストをやったら、思いっきりぼろくそにいわれた。
日本語に対してさえも「ハア?」とかいわれた。
何だよ、くそーと思うけど、それくらいあたしが言葉に対して
敏感さを欠いているという現実であった。
「相当頑張らないとおいつけないよ」といわれた。
けど、入学した。
怖かった。やりたくなかった。けど、やらないと何も変わらないから
やろうと決めた。あの10分くらいの考えの結果、やると決めた自分は
今までの自分とはちがっていた。
とてもしょうもないことだ。とても小さいことだ。けど、誰に何を言われても、
あたしは自分の選択一つ一つを変えていくときめたのだ。
Sさんの横に立って、Sさんの思いを伝えること、自分の思いを伝えること、
それは、一人の未熟な仕事人として、社会を少しでもよくするために
きっと意味がある。
そして、言葉のとてもとても敏感で、曖昧で、美しい素晴らしい特性を、
身に着けるために、近道はしない。
それらしさ、なんていらない。
あたしは、言葉に敬意を持ち、いつも自分の正しさに疑問を持ち、
そして、世界に自分からコネクトしていきたい。
こわい、くるしい、こんなの違うという違和感だらけだけど、
あたしは、自分の弱さを振り回して、言い訳して、その道から
離れちゃいけない。きっと、きっと、きっと、何かが見えるから。
誰とも比べないように、できるだけ、自分をもっと見て、
そして人を思えるように。

たくさんの人に支えられて、その言葉を、実感をこめて
心から放てる日は、まだもうちょっと先かもしれない。
けど、そっちの方向に、光がある。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-04 01:32

今終わっても

ピンチを何とか収拾できそうな光が見えてきた。
とは言っても、私はほとんど何もしてないけど(トホホ)。
今回のことを通して痛感したことは、
人と人が関わり、何か新しいものを作っていこうとすること、
協力していこうとする中では必ず衝突が起きるものなのだ、と。
重要なのは、それを想定しておいて、できる限り避けることと、
起きたときに対処すること。

私はこれまで、人との衝突が起こらないことばかりをかかげて、
理想理想でいきてきたけど、それはリアルではない、ときづいた。
衝突は起こるものだ。けれど、収拾できるものだ。だからこそ、
人と、状況と、周りをいつも自分の想定の何倍も想像して
見ておかなければ躓く。
そんな当たり前のことを、と思うけど、コケないと分からなかった。

父にメールしたら、こういわれた。
「これからの人生でこれは覚えといたほうがええぞ。
三割バッターは一流選手なんや。
10回に3回打てばいい。失敗はあるもんなんや。
それをどう学習するか、それだけや。」

実践のなかで父の言葉を聞くと、改めて尊敬の念がたえない。
父は、いろんなところから学んだはずだ。
無力感や、大失敗をバネにして。
最近、自分がいかに何も知らないことを認めることから逃げているかを知る。
新しく来た上司に対して、素直になれない。
高圧的にえらそうにされると、つい反発したり無視したくなる。
けど、そこにスポットライトを当ててる限りは、私は成長できない。
なぜなら、本当に自分が社会に貢献するために成長したいなら、
どんな言葉も、どんな投げかけも、有難く思うはずなのだから。
自分が知らなかったことを吸収して、「できるようになった」ということより、
自分が踏みつけられるような感覚にたえられないのは、
これまでの悪癖をひきずっているに過ぎない。
もっと有難く思え!と思う。ほんとうに。
あたしがこういう態度をとることで、上司が私を対面の土俵から
降りている人間だとみなして、何も面と向かって言ってくれなくなるのが一番怖い。
保身なんかしてる暇ないんだってば。

仕事が終わってから、通訳学校に入学試験を受けにいった。
すげーできなかった。たぶん、入学さえできないのではないか。
だから、誰にも言いたくなかった。
「○○さん、そんな低いレベルやったんや」って知られないように。
けど、私の今の目標は「人に褒められること」でもなければ、
「人よりすごいと思われること」でもない。
私の目標は、「自分の意思を100%に限りなく近い形で、外国語にして伝え、
この事業を絶対に成功させること」であり、また「Sさんの考えも同じように
伝えること」であり、「自分の夢を実現すること」だ。。もちろん、Sさんだけではないが。
今まで、何度も交渉が頓挫した時、自分の外国語力を嘆いた。
もうすこし、レベルが高ければ、と何度も何度も思った。
けど、今はそんなことを考えて自分を護っている暇ははないし、
自分の人生にそんな保身は必要ないと思うに至った。

Sさんのことが気になってしょうがない中で、テストの帰りに会社の人との
飲み会に合流した。会社の韓国人のSさんと、その他数人。
久しぶりに韓国にふれたら、やっぱりうれしい。
どこにどんな出会いが転がってるかも分からないし、
自分が頑張ってつけた力と、誰かの力をあわせることで
何かできるかもしれないし、できるだけ出て行く。
「あたしが行ったらがっかりするだろうなあ。かわいくないし。細くないし。」
という思いはあるけれど、それを超えるのだ。その思いを持ちながらでいいから、
行動をするのだ。

そして、楽しく会話してたら、Sさんからメールがきた。
会社→テスト→会社→飲み会、と一回会社に戻ったのに、Sさんがいなくて、
なんだー(ショボン)と思ったが、そういえば今日は中国語学校の日だった。
常務で、通訳もいるのに、こうして地道に努力を重ねるSさんがやっぱりすきだし、
すごいなと思う。
「学校が大変になってきた。聞き取れるけど、話せないよ。めげそう(T_T)」
だって。カワイーーヒョー!にやけてしまった。
そこで、あたしは自分のことを書いてみた。
「あたしも今日通訳学校の入学試験受けにいったんです。多分落ちたけど、
とにかく頑張って一日も早くSさんの通訳ができるようになりたいんです!Sさんも頑張って~」
と、自分が通訳学校に足を踏み入れたことを自らばらした。
もう逃げられない(笑。
けど、その思いはとても強くて、本当だから、言いたかったのだ。
どうしても、仕事をしていく上で、毎日鉄でガーーンとやられる衝撃をうけるほど
頭の回るSさんの思いを、考えることを、もっと正確に、もっと伝えられるようになりたい。
そして、言葉だけじゃなくて、事業を推進する力をつけたい。
けど、言葉の重要性を、デリケートさを、ぜったいに忘れたくない。
もし、テストに落ちても、あたしがやるべき方向は同じ。
だから、しっかり勉強するしかない。

そしたら、「嬉しいこといってくれるじゃん!応援ありがとなー。(つづく)・・・・・・・・・」
と来た。嬉しいとか、つらいとか、Sさんの感情を見れるだけで驚きだ。
会社ではいっつも本当に飄々としてて、何にも動じない風なのに、
メールの中では、とても人間らしいSさんに益々気がとられる自分がこわい。
親友が昔言ってた言葉を借りると、「そんなずるい男、計算してるだけや」
ということなのかもしれない。
けど、あたしはいろいろ経て、やっぱりSさんがだいすきだと思った。
Sさんがいるだけで、すごく、すごく、力がわく。
でも、それは仕事の上でのことだし、そこの区切りもきちんとつけられない
人間は、自分の都合で仕事をしてしまうのだと思う。我を通してるだけ。
だから、きちんとわきまえたいと思う。
そういって自分を落ち着かせる。

今突然死んでもくいのない生き方を。と改めて思う。

今日は大事な友達の結婚式なので、お祝いしにいってきます。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-03 06:32

人と繋がろうとすること

入社してからずっと関わってきた事業が、土壇場で頓挫しそうな大危機。
いつ寝てて、今が夜か朝かもよく分からない。
けれど、今自分はやっと生きている感覚をほんのわずかながら感じはじめ
ているのかもしれないし、まだそこまではいかないけど、光が見えつつあるの
かもしれない。

ともかく、私は「逃げないこと」と、「人と繋がること」を放り出さないように
したいと思う。

旅行から帰って来て、一段と上司Sさんが近く感じるようになった。
それは、単に一緒に楽しく過ごしていたからなのだけれど、
昨日、仕事で問題が起きたあと、激務をぬって私に連絡をくれて、
「頑張れ、負けるな」という言ってくれた。いつも穏やかで、怒られたことなど一度もないし、
熱くなっているのもあまり見たことがない、けれどすごくすごく優秀で頭の良い
Sさんをとても尊敬していた自分にとって、その言葉の勢いは本当に嬉しかった。
心が近づく感覚。これなのかな、とおもった。
「よし、それでこそ、○○だな」という言葉が、どれくらい嬉しかったか、
誰にも言わないけど、ここではちょっと言いたい。
Sさんがいるから、頑張る。Sさんも頑張ってるから、あたしも頑張る。
そんなモチベーションをかつて持ちかけて、そんなニセモノのやる気なんて
クソクラエ、と自分で制したけれど、今の自分は「自分のために」そして
「Sさんのために」「会社のために」そして「社会のために」。
この事業をつぶすわけにはいかない。
あたしのちっちゃいちっちゃい希望が、ここから始まるんだって思うと、
ぜったいにつぶせない。だから、考える。どうすれば打開できるか。
そして、Sさんを思い出す。私は彼の前では、何も飾ることはしない。
そんな存在が、外に有りうるということが、本当に有難い。

ずっと思っていた。夢見ていた。自分が、しがらみを超えられる日が来るとしたら、
私は人を信用して、人を愛して、人を求めたときなのではないか、と。
きっと、頭では分からない感覚があるんじゃないか、と。
今の自分は、仕事のことで頭がいっぱいだけど、
それだけじゃなく、その可能性を信じているし、自分の中に少しずつ
起こりつつある変化を大切に見ていたい。
それにもたれかかることはしない。けど、それは私の希望なのだと思います。

苦しいときこそ、幸せだと思え、そんな言葉の意味をなんとなく感じる。

Sさんは、奥さんも子供もいて、あたしはただの部下だけど、
媚びないで、ぶつかって、仕事で認められるようになりたい。

父の言葉を思い出す。「問題がおきたときに、自分からそれをもらいにいけ。
責任を取りに行け。」
父の娘だもん。かつて父が仕事で何度も危機に面したとき、祖父を思って
「俺は親父の息子なんや」って泣きながら自分を鼓舞したっていうのを
思い出す。まだまだ、まだまだ、がんばれる。

世界を一ミリずつ変えていきたい。
今までなかったものを、価値を、制度を、築くための一助になりたい。

ちなみに、仕事の合間に、アンタイトルにいって、あさっての友達の
結婚式の服を買いました。あー金がない!
来週は、姉の結婚式でハワイでやんす。
うひひ。
[PR]
by jengsauman | 2006-11-02 01:43