過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

<   2007年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

今日は、簿記教室の日でした。
やはり、私は頭の回転が遅いなあ、と思わずにはいられない。
&間違うことが恐ろしくてしょうがない。

せやけど、そういうときにふと思い出すねん。
私の目標は、自分の言葉で話せるようになること。
そして、楽しく日々のいろんなことと向き合い、きちんと足元を踏みしめること。

わかったふりして、正解だけを求めるようなアプローチでは、
結局、自分の中で何の葛藤もなければ、消化もない。
だから、自分の言葉にならないのだろうな、とわかった。

だから、たとえ、そのとき時間がかかっても、後々何も残らなかったということよりは
格段にいいのだと自分に言い聞かせながら、一つ一つをやっていくことにした。

とはいえ、わけわからんぞー、既に(笑。
前の自分なら、今の自分が考える「必要なこと」の枠からはみでていることなので
なんでこんな数字とにらめっこしてわざわざ勉強してんねやろ、って理由を作って
全部、切り捨てていただろうなと思う。
でも、でも、こんな機会きっと二度とないだろうな、って思うから、
それは簿記に限らず、今自分とつながりがあるすべての人、もの、ことに。
なので、自分がなぜそれを求めるのかの100%の答えを持っていなくても、
「わからんでもいい、やってみなはれ」と自分に言うようになり、
理由が完璧でないことなんて大して問題ではない気がしてきたのだ。
私は、自分をできる限りまでプラスに疑い、自分の足を地につけて、
その振動、一つ一つの歩み、暑さ寒さ苦しさ、いろんなことを飛び越さずに
全部感じてみようと思った。言うは易しだけど、まずは意識から。

それとともに、感謝することと、楽しむことを忘れないように、と。
それが~いちばんだいじ~

今日のお昼は、しょうがやきセットを食べました。
今日の晩は、辛ラーメンを食べました。(身体に悪いな)
それから、大好きなパイナップルも食べました。
あったかい緑茶を飲みました。
今は、ポットで毎日お湯を沸かしてる。それがとっても楽しくて、
うれしくて、仕方がない。

過食絶頂のころ、私は母親が買ってくれたポットを開封することもなく、
新品のまま部屋におきっぱなしにしていた。
引越しのときにそれを見つけたお母さんは、悲しそうな顔をして
「あんた、使ってなかったんや、これ」といいました。
私は、とっても心が痛かったけど、とてもそれどころではなかった。
お湯があろうがなかろうが、ポットのお湯を入れたりなんて
どうでもよかった。カップラーメンを身体に詰め込むためのお湯は、ガスで沸かして
その場で使うだけだった。すべてが刹那的で、すべてが淡く消えていく瞬間に思えた。

でも、今、私は、あの頃をすべて思い出すことはできないけれど、
あの強迫的に詰め込まざるをえないあの瞬間、つめたくて
きゅーっとなって、すべてが浮いているようで、激烈なリアルでもあって。
泣くことさえもうそ臭く思えて、もっと自分でできるはずだともがこうとして
でもとても閉鎖された場所にいた気がして。

でも、私は、今、こうして、食べることを楽しみ、
電気ポットにお湯をわかし、部屋にたくさんある食べ物と仲良く距離を保って
必要なときにそのかけらを食べたり、やめたり、そのままにしたり、
そんな穏やかな生活をしている。
お母さんは、私がまたちゃんと料理したり、きちんと掃除したりしてない
んじゃないかって思ってるかもしれない、と思って、ときどきわざわざ
ちゃんとやっているよっていう報告の電話をしたりする。
お母さんはうれしそうに、いろんなことを聞いてきたり、大阪の話をしたりする。
そのたびにママに心の中で抱きついて、ありがとう、ありがとうって
ただただそれだけを言い続ける。

もしかしたら、もう気にしていないかもしれないけど、
私は電気ポットを見るたびに思い出すのです。
だから、余計に、楽しく食と付き合い、きちんと栄養をとって、
身体をあたためて、大事に暮らすことの大事さをまいにちまいにち
思い出すのです。あのときは、本当にごめんね、と思う。
でも、あれもあたし。今もあたし。どちらも事実だし、どちらも必要だった。

今は、昔、ママがやっていたようなのと同じような手つきでポットを洗ったり、
料理をしたり、買い物をしたりするけれど、私はやっぱり私でしかないんだなあ
と改めて思う。私が過食症を必要としていたとき、私は自分の中でどうしよう
もない罪悪感と、どうにもならない気持ちに押しつぶされそうで、誰か違う人が
自分の中に住んでいて、私を動かしているんじゃないかと思ったけれど、
それは、もしかしたら、ありのままのあたしが、ただただ穏やかに食することを
心から望む私の叫びだったんじゃないか、と思ったりする。
私は、いつも自分を大事にしたくて、いつも楽しく食べて、一生懸命生きたかった
のだと思う。でも、いつか、その分裂した自己は、きちんと向き合って、きちんと抱き合って、
少しずつ、一つになる。そんな気がします。

実はおととい、会社でひどい失敗をしました。
久しぶりにあそこまで冷静さを失い、自分を責めた。
でも、私の上司は言ってくれました。
「失敗したら、失敗とだけきちんと向き合えばいいんだよ」
私は、トイレに行って、ふう、と深呼吸をしました。
失敗することを恐れていた自分、から脱皮するために、
失敗してもきちんと自分の非を認め、その次の手を打てる自分、
そこから学べる自分になっていけばいいんだ、と思いました。
手遅れのことなんてないんだ、と思いました。
本気になれば、そこから新しいものを生み出せる。
たとえ、それが当初自分が思い描いていたものとは違っても、
それこそが人生だと、わからなかったこと、知る由もなかったことに
自分の足でたどりついていくことが人生だと思いました。
私は、メールをして、代替のものを提示して、電話をして謝りました。
失敗や思い通りにいかないことをそのままためこまない。それはきっと
自分の逃げる言い訳にしてしまうから。稚拙でも、一つ一つ、でいいんだ、
そう強く思いました。

会社帰りに、ブックファーストで「ハングル検定5級(一番簡単なもの)」の
テキストを買いました。以前に韓国語に興味を持ったときに立ち返り、
けど、きっちり毎日単語一個でもいいから、踏みしめる。
自分の盾にするためではなく、人と和するために、
一つ一つ吸収していきたい。

実は、おとといくらいに、アメリカで働いているOにメールをしました。
私は、「わからんでもいい、やってみなはれ」に基づき、
自分が思ったこと、気になっていることに、近づいてみることにしました。
「数ヶ月内にアメリカに行こうと思ってるけど、行ったら会えるかな?」といったら、
「ワシントンは旅行するところでもないからNYでお茶でもするのがいいんじゃない?」
と返ってきた。どんだけ、ええかっこしいやねん、ドラマか、と思ったけど、
それって田舎もののあたしのセンニュウカン??
とにもかくにも、ププッとほほえみながら、笑顔になれたのだった。
私は、まさかこうなるとは、っていうのが最近面白くなってきた。
予測できないこと、人と同じでもないこと、それが狙ったものなのではなくて、
自分の本当の気持ちの先にあるなら、なんておもしろいんやろうなって思う。
そういう日々に少しでも近づきたい。

明日は、しまほっけ定食が楽しみです^^
[PR]
by jengsauman | 2007-03-28 23:46

ほんとの理解

昨日、大学時代のゼミ仲間の集まり飲み会に行ってきた。
大学時代、ゼミ、みんな・・・。
それを思い浮かべるだけで、私は今も硬直する。
そして、自動的に、自己防衛のための言い訳と鎧を探し、
それらしいそこそこのものを頭の中で見つけると、ひとまず責められる
ことはないだろうという安心感をまとい、そこで硬直したまま
思考停止をする。

彼らがいかに優秀であるか、彼らが何を持っているか、
向き合わなくてはいけない学問がいかに厳しく難しいものか、
自分だけができてない、自分だけがわからないことが怖くて、
自分だけが劣等であることが恐ろしくて、
私は必死に何かをかぶろうとしていた。
身体を削りたくて、見て欲しくて、負けたくなかった。

昨日会った彼らは、あの頃と変わらない部分に加えて、
日本で、世界で、認められた社会の一線で頑張ってきたという
経験と自信と落ち着きを持っていた。
以前の自分が一番恐れて、競争しようとしていたことでもある。

けれど、いまの私はわかっている。それは、競うことではない。
人が何を持っているかなんて、他人が判断できることではないし、
自分が人と比べて何がないとじたばたするときにかぎって、
本当に必要な、目の前の自分の課題をほっぽりだしてるのだった。
私は、何度も何度もそれを繰り返し、結局自分がやったことと
自分の自分との課題の付き合いの中での言葉しか、時間のたった今、
残っていないことにきづいたのに。

それでも、昨日は、またてんぱった。
どうすれば、対抗できて、論破されずに、認めてもらえるか。
どうすれば、馬鹿をせずに、これっていうときにピンポイントで
要点をついたようなことを発言できるか。

だけれど、一つ身体で理解したことがある。
それは、偽らないことが一番人に響くということだ。
そして、人にはごまかしが見えてるってことだ。

そのゼミの中で、私が一番長い時間一緒にいた子は、
ポパーのことをポパイと言って、笑っていた。
私は、正直いうとその姿をどこかで安心材料にしつつも、
どこかでうらやんでいたのだと思う。
正直に勉強のことはわからんって言えちゃうのに、
みんなに慕われていたあの子は、うそがなかったことと、
自分がやろうと決めたことはとことんやっていたからなのだろうなと
思ったのだった。

きっと私は仲間になにも発信していなかった。
だから、私からは私の言葉が感じられなかったのだ、と思う。
だから、私の疑問も、私の叫びも、私自身でさえもわからなかった。
私が頭で考えていることと、私の現実の差異を、つなげられなかった。

でも、あえていうなら、私はその疑問を、自分にぶつけるとともに、
人と素直に語り合わなければならなかったのではないかと思う。
私はこんなに苦しい、という論調ではなくて、自分がわからないことを
素直に認め、意見を聞かせてほしい、と。
彼らは、そういう話し方にきっと答えてくれただろう。
いや、実際にやったこともあるが、あのときは、私の話し方が
まだ「認めてほしい」という下心に満ちていた。

私は、いろんなことを忘れている。あの日々の中で、
自分が感じたこと、自分の身体が感じた違和感、痛み、苦しさ、情けなさ。
自分への憤り、ごまかし、申し訳なさ。
けれど、彼らに会うことを避けていた日々を経て、少しずつ会うようになり、
今思うことは、私は、みんな抱えていることと共存して生きているんだということ、
それを一人で何とかできるものではないし、すぐにどうにかできることでもないけど、
結局は自分が立ち向かうことなんだけど、でもその過程一つ一つに、
人が必要だから、人とかかわって、自分の頭がどれだけ信用できないものかを
身体で体験し、理解していくことが必要だから、人は集まり、人は人と一緒に
生きているのだということ。

今までの自分は、人を信用することが怖くて、
その恐れの表象として、敵を作り上げ、自分の中で差別を作っていた。
私は、私でしかないという言葉が、どうしてもわからなくて、
自分が作った敵の言葉を、無駄なもの、脅威なものとしてしか認識せずに、
自分のかごの中だけで生きていた。

そして、知識はたたかうためのもの、だった。

けれど、私は、不器用な(あたしにいわれたくないだろうが)、いろんな世界で
もがき、落ちて、考えて考えて考えて、苦しんで、でもやはり自分の人生を
楽しんでいきることが必要だというKの言葉に、とても共感し、冗談や
見下したようなえらそうな言い方をわざとする中でも、何か光るものを
感覚的に感じる彼を、やはりすごいやつだなと思った。
と同時に、やっぱりこうして一生懸命生きている人から出ているものに
触れて、そういう言葉を、きちんと感じとるために、自分が自分の目の前の
ものときちんと向き合っていくことの重要性を感じた。

頭が良すぎてどうにもこうにもならないくらい偏屈なKは、
よく考えれば、私のどん底のときに、私にこんな言葉をくれたんだった。
「俺らに一番必要なのは、信頼だよね」(なぜか英語だった。やっぱりかっこつけ)
あの言葉に、どれだけ支えられたか、私は忘れてしまっていた。

そんな彼のきのうのことばは
「もっと楽しもうよ」
そして
「20年後、何したい?」

私は、思う。たとえば、今、こうして、まだ劣等感をぬぐいきれなくて
表面的なことに踊らされている私でも、前の自分には想像できなかった考え方を
している部分はある。それは、私が新しい(本来はずっとそこに存在してるかも
しれないが)ことを、自分の中にそれまでなかったけど、自分が必要だと
認識したことをきちんと受け止めるところから始まる。
自分から私が私であるこの現実が唯一の事実なんだけど、
自分にとって何が必要で、何が正しいか、それを頭で判断するにはまだまだ
経験が少なすぎる。もしかしたら一生かかってもできないかもしれない。

こないだNさんに言われたことで、ずっと心にのこってることが一つある。
Nさんに、私が「こないだ言われたあの言葉、ずっと気になってて、
少しずつ日々の中で思い返してます」といったら
Nさんは「あれ?そんなこと言ったっけ、アハハハ」といった。

それで、続けてこういった。
「あんな、その人に必要な言葉って、どこから放たれるかわからへんねん。
俺が言ったとしても、それは俺の言葉じゃないことがある。
それは、ほとけさんの言葉やとうちは思うけどね、その解釈を信じるか信じない
かは〇〇さんしだいやし、それは別に重要なことではないから。
重要なのは、自分を動かすことば、自分の心に響く言葉、そのときに必要な言葉、
言葉だけじゃなくて行動やその他全ては、自分が意識してないところから
自分に向って放たれるとき、自分が「あれ」っと違和感を感じる、意識をする、
そうした瞬間に、それに食いつけるか。
たとえ、それが親友の言葉でも、大嫌いな人の言葉でも、その区別は自分の頭が
勝手にしたもんやからね。ほんとに重要なことに気づけること、それが第一歩。
だから、こないだのその言葉はうちの言葉ちゃうで。全然覚えてへんもん」

といってガハハハと笑うNさん。
つづけて、
「こんな人のいうことなんかしょうもないわ、って思うことあるやろ?
でもな、そうしてる限り、自分の作ってる壁を乗り越えられへんで。
ひとつひとつの言葉を、ちゃんと聞いてみ。」

そのとき、私は、ガーーンときた。
そして、そのとき、できるベストを尽くそうと思うとともに、
その人に出会えたチャンスをちゃんと生かそうと行動することを思った。

苦手、って思ってた人の中から、得られること。
怖い、って思って避けてた人やものと触れ合うこと。
無駄って思ってた会話の中から何かを見つけようとすること。
無駄って思ってた、楽しむことの大切さをかみしめること。
世界って広いな、って当たり前のアホな感動。
自分が認めてほしいための会話じゃなくて、
相手の自分の想像を超えた反応、対応によって気づけること。

それが、「わからんでもいい、実践してみなはれ」の
一歩なんじゃないかと思った。

そう思うと、人と会うのも、もっと楽しくなった。
意義や得るものや会話の内容の濃さになんてこだわらなくていい。
ただ、そこに存在したものを受け止めるのみ。
きっとそこには、今日までの自分が驚くような、未知の内容が
存在しているに違いない。

それで、家に帰って、ごそごそしていたら、
ちょうど2年前くらいに作ったミニノート(思いついたことをその場で記すための)
がでてきた。
パラパラ見てたら、まず最初のページに、Oの写真があった。
キューンとした。(しつこい固執)というか、ほっこり笑顔になった。
中を読むと、
「オリジナリティは情報の真空地帯には発生しない」とどでかい字で書いてあった。
上野千鶴子だ。

続けて、
人は訓練によって「情報」の量を増やすことができる。ひとつは自明性の領域を懐疑と自己批判によって削減することによって。もうひとつは異質性の領域に対して自己の受容性を拡大することによって。

激しく、うなずいた。

私は、いまさらながら、勉強、情報、他者との対話、自己反省、知識というものが
なんのためのものか、はっとした。
何かをするには、訓練が必要だ。その過程で人と同じ道を歩むことはあれど、
その先はやはり自分の努力にかかっている。
人との競争に目を奪われているとき、私の足はそこで止まっている。

そうして、最近、始めた会計の勉強だが、
やたらと意味不明だけど、とても楽しい。
それは、純粋に「できるようになりたい」「知らなかったことを知りたい」という
好奇心に基づいているからだ。

言語を勉強するとき、私はいつも苦痛を伴う。
あれもこれも覚えなければならない。
いつまでたっても、完璧になどならない。

だけど、今はこれだけ、今からこれをやる。
知らないことは知らないと認識できたことが幸せ。
そういう考え方で、やっていきたいなあ。
そう思う。

ゼミ仲間は、仲が悪いようで、集まりが悪いようで、
知識のひろげあいのようで、きそいあってるようで、
みんなどこかで約束を守るおもろい集団だ。
なんだか、私が狭いところにいたんだなあ、としみじみとした。
きっと、また会ったらやらかしてしまうことも多々あるだろう。
けれど、やはり実践してみないと、それもわからないことだから、
やってみることって、楽しいな。

ほんとにわかることなんて、ないかもしれない。
だから、私は身体の中心におりてきたあの感覚だけを信じる。
それを積み重ねること、1を2にすること、2を3にすること、
今はそれに一生懸命になろう。
[PR]
by jengsauman | 2007-03-24 15:21

見上げれば空がある

香港のラジオを聴きながら、ぼうっとしていた。
このラジオを聴いたのもひさしぶり。
このブログを見たのもひさしぶり。

やらなければいけないことは山のようにある(と思っている)。
いつも、いろんな方角から、いろんなものに追いかけられているような感覚。
人生が何百年あっても、何千年あっても、足りないような気がして
絶望的になるけれど、ふと、本当に必要なことってそんなにないような気もするのだ。
本当に必要なものをわかっている者にとって、人生は十分な時間だよ、というような
ことを言われたことを思い出した。

そうして、人生を過ごしている日々に、ため息をついた。
毎日、「本当に必要なもの」を棚上げにして、「過ごして」いるから、
わかりやすい私は、毎日それの夢を見た。
あるときは、広東語の先生に縁を切られる夢、
あるときは、武道の先生に自分のごまかしすべてをみなの前であばかれる夢、
あるときは、大学の教授とゼミ仲間全員に研究会から追放される夢、
あるときは、女の人に追っかけられる夢
いつも、わかりやすい。
それが、念というものなのかどうか、頭ではわからないけど
いい状態ではないことは確かである。

でも、私はそうやって自分の固執に満ちた目だけで、自分の日々の
マイナス点だけを引き合いに出し、すぐに×をつけて否定によって思考停止をする
生き方は、もうしたくない。
たとえ、開き直りやそれこそが思考停止だと言われても、必ず存在しているはずの
ひとつひとつの瞬間に輝く光を見過ごして、生産至上主義、成果至上主義、のような
目にみえるものだけに固執し、それによって全てを判定してしまうような
そんな貧しい思考を持ちたくない。

毎日、周りの人にささえられて、遠くにいる家族やちかくにいる姉や、
もっと遠くにいる友達や、近くにいる大切な人たち、物理的に距離はそれぞれだけど、
数えたらそんなに多くないけど、でも、みんなが唯一無二なのだ。
その人たちのおかげで、私は、今、あのときにはとても考えられなかったように、
とても穏やかに、食事をしている。まいにち、まいにち、お昼と夜に何をたべようか
本当に心から、望んで。そのことを、どう表現したらいいのか、とてもこんなボキャブラリー
貧弱な自分には手におえない感情がわきあがってくる。
本当に愛しくて、ありがたくて、けど、本当に自然につきあえているのかという懐疑
を完全に消すことができずもいる。

とても近い過去、たべものと世界と自分が、もうどうすることもできないように見えて、
ただただ、24時間寝ているとき以外、ずっと食べ物に支配されて、
ずっとやせることしか考えられなかった自分が、「これじゃだめだ、このままではだめだ」
「どうしたらいいのだろう」「こんなに太っていたら何をしても意味が無いし、何もできない」
「私は本当は自分で決めたことをできるはずなのに、どうしてできないんだ」
「決めたことをやっているのに、どうしてこんなに苦しいのだろう」
「まだだめだ、まだ足りない、あれもこれも、何もできてない」
「もっと、もっと・・・」
いろんないろんな、本当にいろんな思いを一人で抱え込み、食べて食べて吐いて、
泣いて、自分を責めて、人をうらやんで、他者のせいにしていた自分が、
ときどきまた湧き上がるあのころの感情や不安、食べ物との付き合い方、
自分のからだをみつめてああだこうだと思うこと、街中で見かける自分よりも
やせているスタイルのよい(とそのときの自分が思う)女性に動揺する気持ち等
に支配されることなく、そういうときはじっと静かに自分に語りかける
ことが少しだけできるようになったのかもしれない、と思ったりする。

だけど、過去にあんなことがあったけれど、今はもう克服しました、という
気持ちにはとてもなれない。最近、私はこのわからない何かとそろそろ向き合わ
なければならないんじゃないかとおもっていた。
流してはいけない、という思い。ただ、自分が救われることだけを求めていた
あのころとは違って、人と向き合い、人とかかわることでこそ、自分が自分で
あることを発見できるというわずかな感覚が、私に働きかけてくる。
それは、私の執着かもしれないし、傲慢かもしれない。
そして、何なのかもよくわからない。
だから、人と話がしたい。
経験し、考え、行動し、自分の言葉で自分の言葉を語れるようになること。
世の正しさではなく、なにかにのっかった論理でもなく、自分の言葉を放つこと。
それをめざして日々を生きることが、私の今できるすべてなのだと思う。
何もできないし、飛躍はできないけど、そこは誤魔化さずにいかなければ
その次もない。そんな気がする。

1年前の今ごろをおもいかえしてみて、変わった部分もあると思うけれど、
ずいぶん、感性、というか、感受性が鈍くなったなあと思う。
感じることも、これだとさとることも、激しく混乱することも、求めることも減った。
きっと、それはいいことでもわるいことでもないのだろう。
そういう過ごし方をしたかったのだ。
日々はバタバタ、ほとんど仕事関係で時間は流れ、
憤り、いらいらして、笑って、ドタドタしているけれど、おなかがすいたらご飯だー
と言って、おやつにはケーキをたべて「ウマー」と叫びあい、
食事を作って、身体が喜ぶものはどれかなって買い物をして、
とても穏やかに時間が流れる。
とっても愛しい時間ではあるが、それでもやはり、それは自己満足でしかない。
でも、その自己満足が、私には必要だったのだと思う。
順序として、自分を追い詰めるやり方をリセットさせ、一つ一つの行動・
過程から、ただ正しさや意味を求めるのでなく、自分が納得し、自分が幸せになる
ステップを踏むこと、それを重ねていくこと、それがきっと私のこの違和感を
和らげていく過程なのだと思った。やれることをやりたい、けど、それには準備がいる。
自分をわからない人間に、自分を愛せない人間に、自分を大切にできない人間に、
人を救えるわけがない、そう言われたのを思い出した。

自分ひとりではそんなこと、思いつくわけもなく(笑、
これを書いてる途中で、Nさんから電話がかかってきました。
私は、自分のあせりについて話してみた。
Nさんは、また仏教の話をしてくれた。

ひとつひとつでもいいから、
自分が楽を感じてやっていくことが
人を救うことに喜びを感じる
きっかけになるんやで。

自分のみえてることっていうのは
本当にミクロ。そこに固執すると
本質を見失うよ。

だから、たとえ今10個の問題を抱えてても、
全部をいきなり処理しようとしなくてもいい。
1つ1つでいいから、きちんと向き合って、
自分が幸せに、自分がこれでいいと納得しながら、
積み重ねていくところに、意味があるんよ。
だから、感受性が減ったとか、気づきの瞬間が減ったとか、
それはきっと問題ではない。
問題なのは、実践をとめることだからね。

そういう話をしてくれた。
ここ数年、Nさんは実践という言葉を繰り返してきたけど、
私は、それをどう行動に移せばいいのかわからなかった。
だから、その言葉を心にまで持ってこれなかったのだ。
というか、その言葉を自分に必要な言葉として、
きちんと受け止められなかったのだ。
ただ、実践、実践ということで、逃げていた。
それが正しいというのはわかる、けれど、その先がわからない。
正しさが欲しい、正しいことが何なのか、情けないことに
教えてほしかった。それに意味が無いということもわかっていたけど、
ただ、そこでうずうず、じたばた、のた打ち回るだけだった。
そして、傷つくのが怖かった。

私は、実践がなぜ必要なのか?を忘れていた。
それは、頭で考えてもわからない領域だからだ。
頭で考えれば、容易に判断がつくことというのは本当に限られていて、
それ以外のものを不思議とか、奇跡というとNさんは言ったが、
それはよくわからないにしても、わからないからやるしかない
というのはよくわかる。

正しさが欲しい、自分の使命が知りたい、そう強く願えば願うほど、
ただ願うだけではわからないという壁にぶつかる。
だから、そこで立ち止まっているのが、一番苦しい状態であると思う。
そういう混乱状態を私は食べ物という鎮痛薬に似た逃げ道を作ることで
なんとか誤魔化していた。

でも、急がなくていい。今の人生が全肯定できるものではもちろんないが、
できないことをきちんと認識して、それを稽古していくことこそ日々の意義だとしたら
私は、その入り口で、認識することをおそれて見なかったフリをして、
でも、結局そこを通らずには、前には進めなくて・・・
そういうことを繰り返していた。
自分の人生を、もっと感じるのだ、と自分に思う。
恐れなくていい、何か奇想天外なことが起こっちゃったらどうしよう、なんて
思わなくていい、自分がこうして立ち止まっている間に親が死んでしまって
成長した姿を見せられなかったらどうしようなんて思わなくていい、
親が望むこと(=結婚)をしないままでどうしようなんて思わなくていい、
今を、今しかない今を、かみしめるしかないのだ。
たとえあせっても、自分のうつわで、自分がやったことしかかえってこないのだから。
一見、それは何の意味もないように思えて、それが私を作る。
ただ詰め込むときは、その食べ物が自分にどういう影響を与えているかなんて
どういう栄養があって、どういう作用があるかなんて、考える余裕も
考えたくもなかったけれど、結局からだは自分がしたとおりにしか動かなかった。
身体は一番雄弁であり、一番正直だった。

本質は、真実は、見たくなくても、静かに存在していると思う。
それに目を向ける勇気があるかどうか。
それがどこにあるか、一生見つけられなくても、自分に覚悟を持って、
生きていく決心をできるかどうか。
結局、決めないと、何もない。失いもしないが、得もしない。
ずるい闘いかたはもうやめるのだ。

今年の1月1日、初詣に行った時、私はご先祖様に誓った。
「今年は、自分の使命をまっとうすべく、自分と向き合います」
この3ヶ月、言い訳ばかりしてなかったか?

わからんでもいい、実践してみなはれ

やはり、今の私に必要なのは、この言葉なのだな、と思った。

Nさんは、ホワイトデーのお返しに、Nさんの友人の彼女がもうすぐ神戸に開く
予定というお菓子やさん&パンやさんのお菓子セットを送ってくれた。
それを昨日受け取ったのだけど、あけてびっくり。
全てが手作り。一つ一つの裏に、手書きで原材料と賞味期限が書いてあり、
一枚紙が入っていた。その女性がこのお菓子にこめた思いと、Nさんの気持ちが
伝わってきて(そういうキャラではないはずなのに)、私は、本当に、
うれしかった。前なら、過食の材料になりえたものが、今はあたたかい。

d0062933_0422068.jpg


今日、Nさんと話して、Nさんに彼女ができたことを知った。
私は、大切な人に大切な人ができることがこんなにうれしいのだと知った。
それに、今日そういう話をして、これまで以上に、一人間として、Nさんを
大切な友人だと痛感できたのだ。なんというか、本当に、なんとも気持ちがよかった。
今度、関西に戻ったら、彼女を紹介してくれるそうだ。ウヒヒ。
結婚どころか恋愛さえありえない、といっていたNさんのこの変化を
私は、ひとりで小躍りするほどうれしくおもった。
Nさんはとてもやわらかくなったと思う。それはきっとその女性のおかげに
違いないと思ったから。やっぱり、人と人の接触って、いろんな可能性を持っている。
良いものばかりではなくて、だましや裏切りや傷つけあいもたくさんあるだろうけど、
負のものに固執して目をそむけていてはいけない、と改めて思った。
私も、幸せだ。そんな言葉、うそ臭いと思ってた自分が、今そういっているのは
何よりも不思議で奇跡である。それは、頭で考えてもわからないこと。
ただ、ここに、Nさんがいて、ここに、わたしがいる。わたしたちはつながっている。
ただ、それだけのことなのにね。おもしろいな。

そういえば、もう一つうれしかったことは、今カンボジアにいる大学時代の心友
Yが、ひさしぶりにMSNmessengerで話しかけてきたとき、
彼女に最近できた彼氏との話をしてくれたことだ。
彼女と私は、大学時代から、自己愛欠乏についてよく話をした。
特に、Yはどうしてもそれを克服できない、といつも言っていたし、
つい数ヶ月前もそういう話をしていたが、彼氏とのやりとりの中で、
自分を愛するということがどれほど自然なことで、
自分を愛せないと人を愛せないということが、彼と一緒にいることで
わかった、といっていろいろとのろけていた(笑。
彼女のその変化に、詳しいことはわからなくても、私は喜ばずにはいられなかった。
頭で考えてどうしても超えられないと思っていた壁を、一つ一つ融解していく大切な
人たちの変化は、何よりも雄弁だった。
答えは一つじゃない、プロセスも道も一つじゃない。
それぞれのやり方で、それぞれの出会いを通して、でも、みんな同じように
自分に正直に、人とのかかわりの中で正しいことを続けている人たちだ。

人とくらべて、あせること。それはついついしてしまうことだ。
だけど、そういうときに、深呼吸をして、自分の足元をしっかり見れるようになれば
少しずつ、少しずつ、周りのものが愛しく思えてくるのではないかと思う。
私は私でしかない。だから、皆様、これからもよろしくお願いします。
ただ、その思いでしかない。

何もいえないけれど、もし、万が一、ここをみてくださった方の中で、
今、孤独に食べ物と自分と、苦しさと闘っていて、どうしようもない気持ちに
襲われている方がいるとしたら、私は心から、あなたと抱き合いたいと思います。
自分が、ただただそうして欲しかったことを、今も強く思い出し、
そのたびにどうしていいかわからないほど感情的になる自分もまた、
過食症とどう対していいかわからない一人でもあります。
でも、わからないからこそ、今目の前にあることを一緒に実践しましょう、としか言えません。
自分なんぞが何かできるなんて、思っていません。
でも、語ることで何かを感じられるなら、と私がここで力をもらった人たちとの
一つ一つの言葉を思い出しながら、この訳のわからない文章を書いています。
わからないことが、不安だった。コントロールできないことが、絶望だった。
けど、今はその両方が、自然なことだと思います。
もしコントロールできていたら、わかってしまったら、私は今ここにいないかもしれない。
ただただ、自分が固執している正しさを疑う勇気をもてなかった。
私は、前は特に吐けなかったので、体重が増えて増えて、いろいろと言われました。
異常だと自分では思っているのに、健康体とみなされる。
人前ではぜんぜん食べないのに、ひとりになった途端とめどなく食べ続ける自分に
絶望していました。あの頃の記憶は、胸の奥に押し込めても押し込めても
消えることはありません。きれいな言葉を使っても、いつまでも違和感を感じる。
どうすればいいのか、今もわからない。でも、あの頃から今までのあいだに、
たくさんの感情、人、もの、出来事との出会いがありました。
それらは、私が考えていた時は思いもよらない方向へ私を導いたようにも思いますが、
それは、自分の思考を大きく超えたところにある気がします。
自分が、絶対に無理だ、と限界の線を引いたときに限界がそこにできるように、
絶対にありえない、と否定したときにそれがありえないことになるように、
自分の思考は自分の経験値で、しかも自分が思いたいようにしか動かない
ということを、思い知った瞬間でもありました。
今の私は、スマップの「あの頃~の未来に~僕らは立っているのかな~」に
言わせると、全然立ってない(笑。(そういう意味ではないのはわかっていますが^^)
だって、いろんなことを経験し、感情の幅が増え、上下の波を知り、
あの頃想像もできなかった状況にあるのですから。立ってるほうがおかしい。
それがいいか、悪いかは、今はわからないし、わからなくていい。
いいかわるいかじゃなくて、それしかなくて、それが私の真実なのです。
近い過去にあれだけ固執していた絶対的な正しさは、信じられないことに
いつのまにか私の手から少しずつ姿を消しつつあります。
なぜなら、それは私が自分で経験し、自分で考え、人と語り合い、
人と助け合ったなかで、導き出した絶対的に必要な真理ではなかったから
だと思うからです。でも、無駄だったかはわかりません。ただ、私は自分にとって
本当に幸せだと感じる生き方ならば、あのような状況にはもっていかないだろうという
自分の中の一つの確信を持つに至りました。そして今、私は、あの呪縛は何だった
のだろうと思うと同時に、今もまた別の呪縛にかかる危険性があると思いながら、
日々を生きています。
多分、私が自分の本質から目をそらしつづける限り、世界はいろんな形で警告を
してくれるんだろうなと思うのです。なんでこんなにいろいろと考えてしまうのだろう、
いろいろと感じてしまうんだろう、そう悩むのではなくて、それは気づきのチャンスだと
とらえることにしました。それと、自分の存在は、自分だけのものではないと
気づきはじめました。自分が背負っているすべては、自分だけのものではないと
Nさんが教えてくれたことに共感したので、私は自分のこの懲りない性分について
悩むのはとりあえずおいておくことにしました。もしかしたら、いつか何かが
わかるかもしれないけど、今はわかりません。
次の呪縛を防ぐために、私ができること、したいこと、しなければならないこと、
今はそれを考えています。過食症はきっとどれだけ時間を経ても私の一部です。
それを誇示するでも、卑下するでも、特別視するでもなく、それはそれとして
事実として、受け止めたい。そうすることが既に難しくなってはいるけれど・・。
何もできない、でも、抱きしめたい。私は、ただただ一日中歩き回り、走りながら
Def Techの「consolidation song」といううたをよく聞きました。
そのうたを聞くと、いろんなことを思い出すけれど、あの時感じたのと同様、
手をつなぎたい、という気持ちは今も変わりません。
訳のわからないことを書いてしまいました。

あー今日もアレがダメだったなあ、とかぐちゃぐちゃ相変わらず思ったりしつつ、
外にでてみたら、今日の空もすごく広くて、とてもきれいだった。
空を見るたびに、国の中で、国の外で、それぞれがんばっている
人たちをおもいうかべ、私は少しだけ強くなれる。

絶対的に正しいものなんてなくても、今を楽しみながら一生懸命努力し、
一つ一つ結果を出していくこと、失敗もすべて含めて、重ねていくこと、
それがたどりついた私の気持ち。とても当たり前のことで笑っちゃう。
でも、今年はまず、広東語ともう一度きちんと向き合うと決めたんだ。
それから、身体のこと。人に伝えるには、言葉の裏づけが必要。
自分の感情だけで語らないようにする。自分の正しさに固執する癖を修正する。
そういうところは、課長との確執(?)で学んだ気がします。
他者を責める前に、自分が変わる努力をする。
あと、簿記の勉強、はじめました(笑。6月に3級取るぞ~。
会社に心強い経理の先生がいるので、スパルタ教育。ウシシ(Mである)。
最近きづいたことですが、必要以上に一人で抱え込んで、
一人で頑張ろうとせずに、わからないことを人に聞いてみることで
視野が広がる。意味のないと思っていた飲み会で、あらたなものが
見えたりする。人間とのかかわりには、いつも未知のものが潜んでいるんだ
なあって思ったりします。
[PR]
by jengsauman | 2007-03-18 00:01