過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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明日から久しぶりに広東語の授業に復帰することになった。
もう随分逃げすぎて、怖くなっちゃった。
何でもそうだけど、逃げちゃったら自動的に怖くなるもんなんだと知った。

勉強が楽しくてしょうがなかったとき、私は自分には何もないと思っていた。
マイナー言語を勉強して非生産的な活動しかしない自分を情けなくも思い、
必死に、ないものを求めて、これではだめだという意識があった。
もちろん、大好きだったけれど。

しかし、離れてみれば、私には何もないなんてことは全くなかったのだと知った。
そんなにウキウキと何かを吸収し、自分の回路を新たに構築していくことは、
めったにない。
だから、今ないものはないけど、今あるものをきちんと認識しないと、またないもの
ねだりをしている間に大事なものを失ってしまうのだと、身体で強く感じる。

卑下や必要以上の謙虚というのは、やっぱり現状を見失わせる。
何をするにも、今を知らないといけないことを行動で常に自分に投げかけたい。

久しぶりに訪れた先生のおうちは、以前と何も変わっていなかったけど、
久しぶりに会った先生は、少し様子が変だった。
血管がつまって心臓が止まりかけたから、緊急入院してた。
と言われた。
目が点になった。
そのとき、もう少し遅かったら、もうここにいなかったよ、といわれた。

私は、とても浅はかだ。
また泣きたくなった。

先生は結構高齢だから、いつかそういう日が来たらどうしよう、とよく思いつつ
そんなわけないと思ってたのだ。だから、また逃げた。
自分の都合で、周りの命すべてをモノ扱いしてたのだ。
どうしてそんなにすぐにリアルから離れようとしてしまうの?と
懲りない自分にあきれた。

先生は、死に掛けながらも、授業の用意があるからといって
無理やり退院したのだと言った。
医者にめちゃくちゃ怒られて、止められても、家に帰って
横になりながら資料を作ったと言った。

そんな先生を裏切った回数は数知れずだ。
過食しすぎて、顔がパンパンになって気持ち悪いから授業にいきたくないとか
頑張ってない自分を知られるのがいやだから今日も休もうとか
食べ物のことが頭から離れず自分なんてもうどうしようもないと休んだりとか、
いろいろしたけど、先生は今でも私のそんなだめなとこを批判せずに
心配して連絡してくれた。
もはや物理的に時間がないのかもしれないと痛感した。

もう一度はじめる限りは、きちんと目標をたてて、かならずものにしたい。

いつも、容祖儿の「最後一課」を聞いて、先生のことをおもいだす。
容祖儿(ジョイ・ヨン)という香港歌手が、私と同じ歳で、デビューして数年して
いろいろとあって、体重が激増して、耳も聞こえなくなって、もう復帰は無理だと
思って、歌の先生のところへ自分の歌のテープをもっていったところ、
「私がいいといったら、いいんだよ。」と受け止めてもらったことで彼女は救われた。
彼女は、今香港で知らない人がいないほどの成功をおさめている。
その先生は、もうこの世にはいないらしいが、その先生と私の先生が
いつもかぶる。

先生は、「○○さんを見てると、いつも心配になりますねえ。フォッフォッフォ」と笑う。
「感受性が強すぎて、危ういのだ」という。
その言葉数年前も言われたけど、やっぱり成長してないのか
と思ったり、これは私の個性だろうと思ったり、いろいろ考えていたら、

先生「それは幸せなことですよ」

といった。ひとつのことから、ひとつのこと以上のことを感じてしまうのは、
そしてそれがよく必要以上の心配や防御や不安のせいだったりするのは、
幸せだよといった。

教育とは、なんだろうか。
教育がeduceすることだとすると、先生のように我をとおさずに
ずっとずっと自分のベストの状態でそれを続けているのは理想的だ。

でも、先生のやり方は、とっても少ない人しか触れることができない。
もっと、大きな範囲で、そこの土地の、その人の一番したにある
ひっかかっているものを取り除くようなことがしたい。なってしまったものへの
対処ではなく、ならないように改善していくこと。
先生に「何かひとつ、自分じゃないとできないことを身に着けなさい」
といわれたが、私のやりたいことは今やっているような管理的なマネージメント
じゃない。今ならまだ間に合う、と言い聞かせて、今決めるなら今までように
周りに決めさせられるような、社会の価値に乗っかってきめるようなことだけは
やめなさい、と言い聞かせて、日々調べ物をしている。

医者。そのほかに教育か難民関連の国際機関を考えている。
はじめるなら、早いのが一番いい。大学院は考えてたけど、今からまた
大学生になるなんて、考えたこともなかった。
でも、やれる環境にいるならやらないと、次に進めない。私は何がしたいのか、
何ができるのか、全部にNOといって止まっている限りは、私はここにいないも同然
ではないかとまた考えてしまう。そして、また身体削りに走る。

とっても身の程知らずなことを言ってて、とってもアホを晒しているが、
それでもいいから、私は自分の現状を知らないといけない。
なんとなく生きているのは、恥もさらさないが、長期的に見るとすごいリスクだ。

ちょっと友達から頼まれた旅行のアレンジとか、ホテルの予約とかでも
うまくできないとすぐイライラして、もういやだああ~~~~~~~
となってしまう。
どこかへ電話をして交渉するのも、いろいろと相手の反応を予測してシュミレーション
をしているうちに、仮想敵をつくってしまい、もういやだあ~~~~~~~~
となってしまう。
なんてしょぼい女なんだろう。と思う。

けど、もういやだあ~~~~でいいんだから、
もういやだあ~~~~~~って叫ぶけど、足も動かすの。
不安な顔してでもいいから、やってみるの。

これから生きていく道はどうなるのかわからない。
でも、目指す限りは、叫びながらも、いつも絶望しながらも別の方法がないか
考えて、動かしていけるようになりたい。

久しぶりに乗った体重計で、いつもより少ない数字が出たからって
なんで「あとちょっとで・・」とまた思うのだろう。
その先には何にもないことを十分知っているはずなのに、
私は自分のこれまでに体験したことない不安にぶつかるたびに
身体を削る衝動にかられる。
これで、許して、これはやるから認めて、といわんばかりに。

けれど、身体はそんなことと繋がってない。
アホな自分の頭に巻き込まれちゃいけない。

今日はひさしぶりに、姉夫婦と会う。
新大久保でチゲを食べる予定。
帰ったら、勉強しよう。
そして、いろんな予定を立てよう。
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by jengsauman | 2007-10-27 16:52

どろまみれ

2ヶ月くらいたってました。何回もここにきて、何を書くか考えて、
しょっちゅうそれを繰り返していた。

この間に、何回も大阪と東京といききして、
ベトナム、マレーシアに一人旅して、カンボジアの友達に会いにいって、
Nさんが結婚して、
自分の将来を心配ばっかりして、
なんか、物理的に動いてるだけで格好悪い生き方してたなあっておもう。

格好悪いのは、格好悪いほどがむしゃらにやることを避けていたからだと
今日、わかった。

仕事に行きたくなくて、毎朝もう今日こそは休もうかという連続だったのも
そういうことだった。

でも、一人の女性の生き方を知って、私は衝撃を受けた。
その方は私より年下の経営者なのだけど、とっても体当たり。
けれど、決して力強いわけではなく、弱いところも、
不安な気持ちもぜんぶぜんぶ書いてしまっている。
でも、強い情熱と、気持ちで、一生懸命毎日、昨日の自分を乗り越えようって
頑張っている。

成功者って、もっとバランスがよくないといけないんだって思い込んでいた。
できる女って、もっと余裕がないといけないんだと決め付けていた。
自分は、何もないくせに、形ばかりを追求していてぜんぜん面白くなかった。

こういうあり方もあるんだなあ、と純粋に感動したことと
言葉や理念ありきではなく、自分の疑問から出発し、とことん考え抜いてから
思いっきり行動している姿への感動で、私はとても自分に力が沸いてくる
気がした。
それは、よくありがちな、現実逃避や陶酔ではなくて、自分もまずここから
どろんこになっても、一生懸命昨日を乗り越えていこうって心のそこから共感したからだ。

誰の人生でもなくて、自分の人生。おもいっきり面白い人生にしたい。
だから、私は信じることが、夢を実現するスタートラインだという意味が
やっとかけらだけだけど、わかった気がする。

可能性も見出せない誰かの力になりたくて、国際機関にあこがれていたけど、
そんな傲慢な態度、やめて、って自分におもう。

ベトナムで、バックパックを背負って、とってもちっぽけな自分は、
びゅんびゅん走るバイクの大群に完全にびびっていた。
バイクタクシーに乗るのもこわかった。
所詮、私は温室から出たら、何もできへんのやん、って思った。
けど、歩みを止めるのが悔しくて、ひたすら歩いた。
怖い顔して、一生懸命平気なふりして、道を渡ろうとしてたら、
横にいた富田靖子に似たベトナム人のきれいな女のひとが
すっと私の手をとって、手をつないで道を渡ってくれた。
そのときの、心強さ、自分のおばかな見え見えの強がり、ありがたさ、
今思い出しても、私は同じことができるだろうか、と思う。

カンボジアにすんで1年の友達を訪ねていったら、友達はすでに
クメール語がかなり話せるようになっていた。
彼女は、「どこへいっても、そこの国の言葉を学ぼうとする自分でいたい」
といった姿が、めちゃくちゃかっこよかった。行動が伴ってるから。

机上で理想論や思いやりを言うのはとっても簡単だ。
でも、自分がほんまに苦しんだからこそ、人に優しくできて、
自分がほんまに感謝してるからこそ、誰かに返したいって思えて、
自分がほんまにいろんなものを見たからこそ、これが当たり前だなんて
思えなくなって、
自分の温室が侵食されればされるほど、また身体を削ることをはじめて、
少しずつ少しずつ、ぎりぎりになっていく中で、研ぎ澄まされる感覚。
そういう中で感じる世界というのは、決して「先進国」と「途上国」という
二択ではない。自分が感性途上国なのではないかと思ってしまうほど、
蓋して蓋して、びびって、見ないふりして。ずるいなあって、弱いなあって
情けなくて、悔しくなるけど、それでええねん。
それでも、どろんこで歩いていく。それが27歳の自分の目標だ。

格好いい女性、クールできれいで隙がない女性、になりたくて、
泥臭くて、よわっちい人生を人にさらすことは絶対に避けたくて、
でも、今は後者な人生を思いっきり楽しむことが、自分の目標だと胸をはって
いえることが、自分は自分でしかないということなんだろうとおもう。
私は、所詮、そういうちっちゃい器の人間でしかないんだなあっておもうけど、
そんな自分が嫌いじゃない。

どうしようもない逃避っぷりやけど、広東語の先生がメールをくれた。
「どうしていますか。いつも気になっています。」
私は、先生をもう数え切れないほど裏切って、「今度こそ頑張ります」ってメールした
次からまた頑張れなくなって、メールもしなくなったり。そういうことを続けてきた。
もう、合わす顔がないと思って、毎日見ないふりしてたけど、
先生からメールをもらえるなんて、もうラストチャンスかもしれないとおもうほど有難かった。

先生、おめにかかりたいです。といった。
私は、何かを成し遂げなければならないという強迫観念ばかりに駆られて
いきてきたけど、もうそろそろ諦めて、本当に好奇心の塊だった昔のように
また広東語を勉強したいです。というようなことをいった。

先生は、すぐに、火曜日はどうですか?と返信をくれた。
わたしは、もう正しい発音さえ危ういほど勉強してなかった。
でも、これは借り物の言葉だけど、「私に人生の可能性を与えてくれた広東語を
中途半端にしたまま、この人生を終えることはできない」という思いが
ずっとあって、もうここまできたら誰のためでもない、先生にほめられるためどころか
落第生もはなはだしい。
だから、あきらめて、勉強しようではないか。自分がすぐに逃げちゃう弱虫だと
認めて、もう一度向き合ってみようではないか。
たとえ、また逃げても、また戻ってくればいい。思いがあれば、一生繋がり続ける。
というわけで、約半年ぶりくらいに、先生のお宅へ明日うかがうことになりました。
どきどきする。何を話そうか、また摂食障害の話をするのか、仕事が大変だとか
いって同情を買って今までのことをチャラにしようとごまかすのもいやだ。
もう、言い訳はいくつも考えすぎて、飽きた。
だから、また私は授業を受けることになるんだろうとおもう。
また、この地点から、少しずつできないことをできるようになればいい。

どうせできっこないよ~と今までの自分なら一蹴してしまったであろうことを
できるんだ、やるんだ、と信じて歩いていく人生ってどんなんやろう。
たのしいんかな、苦しいんかな、耐えれるんかな、あ、また頭使ってる。
そんな繰り返しだ。まいにち、自分を鼓舞した10倍くらい自分で自分の可能性を
つぶして、でも、わずかな思いを思い出して、またとりあえずおそるおそる生きてみる。
そうしてるうちに、一生懸命生きている人に出会って恥ずかしくなり、
自分なんて、って思ってすぐわかりやすいものに手を伸ばそうとする。

けど、簡単にうまくいくものなんてない。
自分があいてに「わからせたい」と我を出したとき、相手には伝わらなくなる。
そのまえに、自分が見直すことがぜったいにあるはずだ。

木曜に大阪出張で、プレゼンをまかされた。
どきどきする。自信ない。でも、だからやるんだ。
ちゃんとできないから、苦手だから、そんな自分を克服するために、
できないだろうと不安な自分と向き合うために、
日々がある。
できることばっかりやってても、しかたない。
どろどろのどろん子に、もっと自分の思いに行動で近づきたい。
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by jengsauman | 2007-10-16 01:37