過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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ほんとうの尊重

今日は、年内の業務最終日だった。
なんともあっけなく過ぎ去ったいちにちだった。
しかし、重たかった。

私は、まるで時間が止まったかのように、全然経たない時を、ただぼーっと見てた。
あるプロジェクトを進めてたが、大きく頓挫。
それを受けて、なんだかしらけてしまった。
虚無感というか、空気のようだ。
頭では、そんな無責任なのあかんって分かってるのに、
どんどん自分の魂は、そこになくなる気がした。

それに加えて、中国子会社の、以前本をくれた社員は音信不通になるし
メッセンジャーは禁止されるし、かなりプンプンになっていたが
なんとか再登録して、会話を始めたら、なんだか様子がちがった。
彼は、何かに不満を持っているだけじゃなく、不信なのだと感じた。

私が出す指示の無機質さを彼はとても感じていたのではないか。
私が出す指示は、ただの作業だったのではないかと思う。
でも、それをせずに、じゃあどうすると考える余裕もなく
私はただこなしていた。

彼は、私にいった。
「中国人とビジネスをしたいなら、もっと中国のことを尊重してください。
こないだあげた本の中に、ほんとうの尊重とはなにか、書いてあります」

聞いた瞬間、プチーーーーーーーーーーーーーーーーーーンと切れた。
お前言いたいことばっかり言いやがって!こっちの苦労も知らずに!と思った。

でも、数時間経って、私はその言葉がなんてその通りなんだとわかっている。
腹が立ったのも、図星だからだ。
常々、上司に対して、仕事はできるけど、こんな人間になりたくないなって
思ってるくせに、私はそんな人間に近づいてるのかもしれない、と思う。

こういう世界、がまずあって、そこの習慣に倣い、作業ができるようになること。。
そんな成長は、会社を維持させるためには有用でも、世界を変えることはない。
ずっとそう思っていたけど、私はその殻のなかに、入ったまま、出てこなかった
1年だった。

私は、彼の言葉を、彼の愚痴だとはおもえなかった。
私が置かれている立場、使命、それに対するあまりの消極さ、組織に埋もれよう精神、
あたりさわりのない行動、それを突いた私への言葉だったと思う。

そんなことより、こんなことがしたい!そういえる立場にいるのに、なぜ従順に
忙しいふりをしているのか。彼は、私に失望したのかもしれなかった。
それがどうであれ、年末最終日に、とても痛い叱咤をもらった。

でも、これでいいんだ。これがいいんだ。ぐちゃぐちゃで、自分が揺るがされるような
こういう気持ちにならないと、人は変われない。そんな気持ちになっても変わらない自分は
そんな小さな激動の中に、毎日いるべきだ。

今、読んでいる本は『マイクロソフトでは出会えなかった天職』というもので、
マイクロソフトのマネージャークラスだった幹部が、ネパールにトレッキング旅行を
した際に、ネパールの教育の現状にショックを受け、まずは本を送るところからはじめ、
後に、マイクロソフトを退職して、自ら組織を設立し、学校建設や図書館建設をする
という話で、今はまだ途中。

この本の帯には、こんな言葉がある。
僕が考えたいのは、「できない理由」じゃなくて「どうすればできるか」ってこと。

また、
はっきり拒絶されないうちは、あらゆる手を尽くしたとは言えないのだ。

マイクロソフトでは「大きく行け、それができなければ家に帰れ」といわれていた。これこそ、何か変化を起こしたいすべての人へ送るアドバイスの核心だ。

九月十一日の出来事は、僕たちがとても複雑な世界に生きていることを思い出させました。僕たちがどのように反応するかは、虚無主義に直面したときにどれだけ楽観的でいられるか、光が暗闇に勝てるということを証明できるかという、人間としての度量を物語るでしょう。


会社では、「売り上げを出します」とか言ってるけど、本当はそれありきじゃいけない。
そんなビジネス、感動しないなあ、って自分でも思う。
だから、もう一度、「なんのために?」なのだ。

のりちゃんには、またお寺にいってみたら?といわれた。
でも、私は自分の違和感を信じる。
そこじゃない。
そして、自分のからだをしんじていく1年にする。

本当に反省だらけの一年。でも、来年はもっと失敗しよう。
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by jengsauman | 2007-12-27 21:05

陳奕迅

今日、「自分の夢を語ろう」という話に出会い、大変困った。

私には、心から願う無邪気な夢っていうのがないからだ。
全部、頭でつくりだしたやるべきことや目標だからだ。

「アホになって、夢を語ろう」というのは、そんな自分にとってはショッキングだった。

そうか、アホになっていいんか。ってか、アホにならな、夢を語るなんて無理なんかもな。
そう思った。

はずかしながら、ここで追い追い書いていくことにしよう。
書いて、何が足りないか、どうすれば実現できるかをかんがえていこう。

まずは、別に自分が頑張らなくても達成できること。
(1)陳奕迅(eason chan)のコンサートへいく(次にコンサートがある時)

私は、最近本当にeasonがすきだ。広東語が、とっても美しく映える歌手だから。
あと、本当に歌がうまいと思う。前は、あまり好きじゃなかったけど、
本質的に本当に力をもっている人だとおもう。存在自体が、「生」というかんじだ。
あと、広東語ネイティブに言わせると、歌詞が大変深いらしい。
私はそんな微妙なニュアンスがわからない。
たぶん、それは、華人文化を理解しなければ、一生読み取れないんだろう。
ということで、

(2)いーそんを含めた華人歌手と、日本の交流イベントにかかわる。
通訳はワシ(夢だから、妄想・言うのはタダ)。

(3)髪の毛、ばっさり切る。できれば、ベリーショートにしたい。(2007年内)
一回、「私はこうなんだ」を捨てたい。
ちなみに、私はかなり癖が強いので、縮毛矯正をしているけど、
これもそろそろ、やめようかなとおもいはじめた。


(4)日本語教師試験に合格する。(まず、2008年10月受験)
外国語を習得する上で、自分がどういう法則に基づいて
日本語を使っているかを知ることが重要だと思うようになった。


(5)広東語の映画2本まるごと暗記(2008年2月)


なんか、どれもアホにならないといえないことでもないな。。
もっと壮大な夢。自分の習慣をとびこえて、本当にこれだけはやりたいという夢。


(6)多くの人が、少しでも生きやすいように、社会のしくみを1つでいいから
変えたい。


(7)エスメラルダのディアナのバリエーションを踊れるようになる。


(8)広東語&北京語か日本語を教えられるようになる。


(9)香港電台でしゃべる。


(10)マザーハウスにボランティアにいく。


とりあえず、今日は10個残しておこう。
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by jengsauman | 2007-12-23 04:39

『PEACE BED』

六本木にて、映画『PEACE BED』を観た。
ビートルズのことも、ジョン・レノンもオノヨーコのことも、全然知らなかった。
BED PEACEのことはきいたことがあったけど、ジョンレノンVSアメリカという図を
知らなかったのだ。恥ずかしすぎる。
ゼミにやたらとビートルズがすきな人がおって、その子がジョンレノンに髪型が似てるとか
そんなしょうもない表面的なレッテル貼りや、イマジンや・・そんなレベル。

最近、こういう経験ばかりで、そのたびあちゃーとしか言いようがない。
自分の浅はかさと、無知と、決め付けと、しったかぶりええかっこしい(実はそれのせいで
重要なことをたくさん見逃している)が、情けなくてしょうがない。
「27歳にもなって知らないなんて言えない・・・」その思いがすぐによぎって、隠蔽に走る。
でも、さらしていくしかない。じゃないと、誰とも協力できない。

あれだけ、音楽が反政府、反戦の意識を支え、共有させることができる
ということを、目で見て、実感した。
圧力を受けても、決して揺るがない信念。
それは、自分にないものであり、誰もがないと生きていけないものだと思った。

ニクソンの政策とか、ジョン・レノンのやってきたこととか、知らないことが多すぎて
何もいえることはないけど、人は本当に信念のあることには共感するものなのだ、
と改めて実感した。文化、国境をこえて。
それはやはり芸術という道を通って、はじめて可能なのだろうか。

最近、つくづく、異文化コミュニケーションということばが気の遠くなるような
ことであることを痛感する。
それは本来、相手のことを知って、相手のことを認めて、受け入れて、尊重しよう
という、外のものを受け入れるという動きだと勘違いしていたけれど、
どうやら母国語含め、自分の本能レベルに染み込んでいる習慣、文化を意識してないと
逆の働きをして、不調和を生み出すと知った。
なんてこった・・・・。今までの外とのつながりは、すべて日本式、だった自分。

ひとつの言葉について、イメージするものが違う。
ひとつの概念について、納得するルートが全然ちがう。
これがよいと考えられていること自体が、全然ちがう。
だから、最初に○○という材料だけが与えられても、それだけがおなじで、
それをそれぞれの中に入れた瞬間から、もう違うものになるのだ。
そして、それを相当意識してないで、言葉だけでやりとりをすると、
ぜーんぜん違うことを考えたまま、すれ違ってることにも気づかないまま
会話が終了する。なんだか、腑に落ちない感は残るものの、これ以上やりとり
しても何も出てこないと感じてしまって、終了する。
しかし、そういう違和感、徹底的につっこまないとだめなんだ。
最近、そういうことがあまりに多すぎる。
言葉は通じてる、でも言葉しか通じてない。

○○は、っていう何かの前提ありきで話すものが、相手には通じない。
当たり前だ。違う文化で育ったんだから、その前提を持ってない。

それに、その前提は、正しくもなんともない。ただの習慣なのだから
別にうけいれる必要もない。
ただ、ちがうんだってことを、いつもストイックに意識しないと、すぐ暴力になる。

今週、訪問したアニメーション制作会社の社長さんのお話を聞いてとても参考に
なったのだけど、
「なぜ日本のアニメーションが世界的にうけるのか―
それは、日本のアニメが落ちこぼれの美学だからなんです」
つまり、日本のアニメや漫画の主人公は、必ずしも完璧な人間じゃなく、
どちらかというと、ダメな人間が多い。でも、アニメの中でその人間は
生きる権利を与えられて、いろんな壁にぶつかりながら、前に進んでいく。
そういう部分がとても人間的で、共感できるからこそ、国境を越えて支持されるんです。
勝負に勝つだけがすべてじゃない、謙虚であることの美しさ、そういうものも
えがいてあるからこそ、リアルで心に響くのです。

そういう話をうけて、私はとある記事を思い出した。中国では政府によって日本のアニメが
規制されているけれど、実情は日本のアニメが出回っていて、多くの若者が
支持しているという理由について、そこにも「共感」というキーワードがあった。

中国は日本よりも個人主義で、会社でもチームワークというより、
自分がどれだけやったかを主張する世界で、自分の仕事以外はやらない人が多い。
その分、人に勝たなければならない、というプレッシャーが強い。
で、とにかく、いい報告をしたがる。
悪いことこそ報告してください、と何度いっても、大部分がいい報告で、
変更や中止等のしらせは突然降ってきて、日本側は倒れそうになる。

それだけプレッシャーが強く、勝たなければならない社会の中では、
アニメだけでなく、作られるものの多くが、「あれもこれも兼ね備えたよりよいもの」
である気がするのだ。
だから、本質的に共感できない。建前上は強さが必要なんだけど、
(建前上必要なのは、政府か?)
市民は、日本のアニメの人間的な弱さや挫折や困難への挑戦に共感する。

私は、日本のアニメーションが中国で受けている理由は、てっきり映像の技術だと
思っていたが、それだけではなかったようだ。

だから、先述のアニメーション制作会社の社長によると、
中国の制作会社に発注してみたら、「なんでこんなとこで天女とか、どでかい鯉とか
入れるんよ!」っていうことが起こってしまうらしい。まるで、どこかの関東の球団のように
何でもかんでも入れたら、チーム全体が強くなるかというとそれは別の話、を連想してしまう。

しかし、これは善悪の話ではなく、正しい間違いの話でもない。
それぞれの社会では、それぞれよしとされているものなのだから、否定するのはおかしい。

ただ、違うという前提で、どうやったら、日本と中国はWIN-WINになれるのか。
日本にいる中国人ではなく、中国にいる中国人とやりとりする際に、
どこをどう譲りあっていくべきなのか。どこをどう主張すべきなのか。
やっぱり、「共感」なのだと思うけど、どうやったら「共感」できるのかがわからない。

確かに、工場のような作業であれば、中国人の技術はすごい。
しかし、クリエイティブな仕事を、一緒にやっていかないと意味がない。
そういう理想はあるものの、今のところ、自分こそ日本の温室の中から
なかなか出られず、すぐに自分が作った限界にぶちあたる。
そんな日々だ・・とほほ。

私も、もっと近づこうと努力しないといけない。
日本人が、「中国では日本のアニメが作れない。なぜなら、技術は学べても
感性を身に着けるのは至難の業だからだ」というのと同じで、
中国の人は、「日本人はきっと中国のことを理解できない」と思っている
んじゃないかと思う。そりゃそうだ。中国に関しては赤ん坊のような自分が
何がわかるっちゅうねん、と思う。
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by jengsauman | 2007-12-23 03:05

1つ1つ

昨日は、ふぐをたべにいった。こういうときに、ふと、おもう。
食べることはありがたく、本当に生きる行為そのものだ。
そして、一品一品に、手をあわせたくなるほど、おいしかった。

最近、時々「境目」を意識する。
いまだに、食べることが嫌になるとき、食べなければ太らないかな?と思うときがある。
その一方で、食べることで満たされるようにもなった。
じゃあ、私は食べることを自然にとらえられるようになったのか?
両方をかかえていて当たり前?
そういう状態は、摂食障害とはいわないのか?
じゃあ、どこからが摂食障害なのだろう。

従兄のことを書いた本のなかに、「創発」という概念についてかいてあった。
そこには、軍隊や宗教団体のことがかいてあったが、摂食障害とも
何かしらかかわるのではないかと感じた。

今日は、今年提携をむすんだ中国の大学からかなり早い新年カードが来た。
すごくうれしかった。

それに固執していては前にすすめない。でも、やっぱりひとつひとつ、
なかったものができていくこと。その内容を吟味していくこと、
ひとつひとつのつながりができていくこと、それを重ねるしかないのだとしたら
やっぱりうれしい。

私は甘いのだと思う。でも、自分の持ってるもののなかで、1つ1つ挑戦して
いくしかないのだから、こんなことで喜んでる場合じゃないと、過程をすっとばす
のもさみしい。

外国語学習について、明日は勉強しよう。
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by jengsauman | 2007-12-19 00:42
高校時代の友達の家へあそびに、鹿島までいってきた。
彼女は、今妊娠6ヶ月。夫が転勤族なので、今は仕事をやめておうちにいる。
家にいて悶々としてないかなって勝手に心配して、何かこうただうだうだと
語るような時間のなかで、あたたかい時間を過ごせたらと考えていた。

日々の渋谷の人ごみ(今きづいたけど、人ごみって人のごみって書くのか。。。。)
から見るのとはまったく違う空がみえた。工業地域だから空気は綺麗じゃないって
言うけれど、少なくとも都心よりよっぽど空気が潤ってるような感じがした。
まわりの建物が低くて、部屋でごろんと寝転がっていたら、窓からは青い空しか
みえない。ふたりでDVDをみながら、グーーと昼寝をして、気づいたらもう物語の
クライマックスだったり。意味がわからんけど、まあえっか、と買い物にでかけて
なべの用意をした(笑)。

わたしたちは、格好をつけなくていい間柄だったから、
昨日もごろごろして、何を語るというよりは、ただ時間をともに過ごしているような
空気をたのしんでいた。
でも、相手の現状が、今の自分とは全く違うことで、私は想像力の乏しさから
なんか余計なことを言ってしまったのではないか、ずっとかんがえてた。
仕事をやめて家にいること、あたらしい土地で不安なこと、いのちをさずかっていること、
家庭をきずいていくこと、親が入院していること、・・・・
格好をつけなくていいものの、逆に気をつかいすぎる間柄になってしまうのは
いやだけど、自分の立場の言葉ばかりを発するのがこわくて
結局あまり話せなかったりもした。
でも、会えたことがうれしかった。それだけだ。

彼女の夫とゆっくり話したのは、今回がはじめてだった。
正直言うて、何を話せばいいのかわからんかった。
10年以上の友達と、初対面の夫、どうしてもちぐはぐな対応になってしまう。
心を開こうとか、格好つけなくていいとか、いろいろ考えても
所詮それは考えてばかりで、何も自分と繋がってなかった・・。
夫は、悪気なくいろんなつっこみをする人だった。それがいろんな周りの人を
明るくし、楽しませる性格であることはよくわかったけれど、どうしても
食いつきたくなるようなことを言ったりもする。

初対面だし、大事な友達の大事な人だからと、私はぶっちゃけて思ってることを
全然いわなかった。それでよかったのかはわからないけど、無意識の暴力が
一番たちが悪いということも、言う資格もないし、なんか悶々とした。

でも、あせらなくていいんだろう。自分のかかわりを少しずつ広げていけば、
今よりより多くの違和感に出会うことは当たり前だとおもう。
だとすれば、ひとつひとつにすぐに答えを出さなくとも、綺麗にまとめてしまわない
癖をつけていくことが第一歩だろう。

決めてしまうのは楽ちんだけど、ぎりぎりまで決めてしまわない。
うたがって、ペンディングにして、違う面は?って考えるような習慣をつけていきたい。

かえりぎわに、遠いところわざわざありがとう、っていってくれてうれしかった。
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by jengsauman | 2007-12-16 20:35
今日は、午後から無錫市関連の懇談会に出席した。
といっても、話をききにいっただけやけど。あと、人脈つくりが目的。
ホテルの1室ということで、どんな感じかなあと思っていったら
結構こじんまり、1時間半で終了した。

これまで中国政府関連の活動にいろいろと参加したけど、
どれもほんとにつまらない(すみません)。
決まりきった言葉、ながながと「非常感謝・・・・・」「これからの日中交流を・・」
その姿は、台本を丸読み。
政治や外交というのはどこもそういうもんだ、と上司が横から言う。
全部が事前のネゴできまっていること。見えているものは出来あがった形だけ。
すべては水面下の交渉だ。
そんなことを言われながら、「ハイ・・・」と聞く。

なんてしょうもない世界だ、とおもっていた。
自分が今やっている仕事だって、別にスペシャリストでもないし、
国家級で注目されるほどのことでもない。いちいちあっちこっちから文句いわれて、
調整調整調整、そればっかり。もっと価値を生み出せることがしたい。
正直いうと、そんな思いで取り組んでいた。

自分自身から出た問いではなくて、「なにかすごいこと」「なんか問題を解決したい」
そんな浮き草のような取り組み。だから、周りの声がとても気になって
いちいち腹が立ち、いちいち評価を気にする。

でも、今日は、上司とかなりのぶっちゃけトークをした。
1年と2ヶ月、私のことを見守ってくれた上司だけど、本当に最初の半年くらいは
合わない!えらそうだ!むかつく!いちいち自分の自慢をする!ばかにされる!
そんな文句をいつも持っていた。

並べてみれば、ぜんぶ「私を否定しないでよ!」という叫びのようだ。
よっぽど、焦りとは裏腹に何をすればいいのか、わからず手探りだったんだと
改めて思う。いまもそれはたくさんあるけど、すこしだけ、ほんのすこしだけ
1年前とちがうとしたら、私は自分のことを見るようになったのかもしれない。
ありのままでぶきっちょでへたれな自分。でも、そこにしか道がないんだって
自分しか自分の人生を動かせないんだって、すこしだけ感じた1年だったと思う。

1年前は、上司をせめてばかりだった。自分に自信がないから、余計に他者を批判する。
でも、私はしょうもないことから、自分勝手だったり、どうすればいいんだろうということを
少しずつ人に話せるようになった。
上司はいつも、私のことを「てさぐり状態の」とか「まだ経験がなくて」とか言うけど、
今は、そうだな、だからどうしよう?って思えるようになった。
「すぐ緊張する」とか、「なかなか積極的に外に営業にいかない」とか、
前なら突いてほしくない真実として、「くそー、えらそうに!」なんて思ってたけど
今は、私のこと見てくれてて、ありがたいなって思う。

といいつつ、しょっちゅう「クソー!」と思ってるけど・・・・(成長無)。

今日、とても小さな私の行動を上司はみていて、
「成長したね」っていわれた。そんなこと言われたのはじめてだった。
私が闘わないといけないのは、やっぱり自分なんだって改めて思った。
昨日までの習慣にひたりきった自分。
「こういうもんだから・・」という言い訳をかざして、目的意識を低く保ったままの
自分を許す自分。

上司は私の敵ではない。私が闘ううえで、いろんな戦術や武器を教えてくれる味方だった。
たとえ、合わない部分があっても、それをプラスにとらえるのは自分次第だ。
パーフェクトな人なんていない。だから、あるものに感謝する。
上司がだめだから、自分もだめなんだ、なんていう考えを持っていた情けない自分も、
1年という時間を重ねて、わずかに歩み寄った結果、少しだけ視界がひらけてきた。
そんな、たったわずかな、かすかな感触を、なぜか今日感じて、サンマルクカフェで
ミックスジュースが品切れだったけど、わずかなすがすがしい気持ちとともに
帰途についた。

私の会社は、有名な会社じゃない。大企業でもない。
でも、自分が有意義な時間を過ごせないのは、会社のせいではない。
まぎれもなく、自分のせいだ。

1年半前、この会社に入るとき、私は「会社の規模や名前に頼らない人間になるんだ」
とノートに書いて、その理念に満足して、入社を決めた。
自分でやりたいことができるこの環境に可能性を感じた、という綺麗な言葉が
似合う心境だった。

でも、入ってみたら、不満だらけ。周りの人間の批判も多く持っていた。
何より、中国に対しては、「○○ができてない」「○○がどうしようもない」そればっかりだった。
組織もあるようでなく、個人がばらばら動いていた。

けれど、いろんな日々を重ねて、今日に至り、感じたこのわずかな感触。
とってもちっぽけだけど、反省だらけの日々でも、なんとか続けることで
歩みを半歩くらい前に進めることができるんだ、という感覚。
私は、時の重みに、「時間ってすごいな」と思った。

そして、今日感じたことは、「人と人をつないでいく仕事って、頭がよくないと
できないことではないけど、そういう役回りって、回ってくる人にしか回ってこない」
そんな自分の使命にたいする、わずかな自覚。

日常をより分析し、より自分を動かして、殻をやぶろうとしていくことは
考えるよりも難しい。でも、その入り口は思ってるよりも身近にあるのだと思う。
いつだって、動くことはできる。いつだって、考えて、何ができるか、何か新しいことが
できないか、これは本当にできないのか、なにか方法がないのか、
簡単に諦めずにつきつめていく癖をつけていくことができる。

ひとりじゃ何もできない。クソー、とへこんだとき、話を聞いてくれる人がいて、
アドバイスをくれるむかつく上司がいて、応援してくれる友達がいて、
ただ元気であることを願ってくれている家族がいて、ありがたいとおもう。
で、そこで「しあわせー」と立ち止まってちゃいけない。

感謝するなら、自分の足を動かして、頭をひねって、考えて、話して、
もっともっと、できることを重ねていかないといけない。


ネットで偶然知ったマザーハウスという会社の社長は、私より年下の女性だけど、
すさまじい行動力とエネルギー、信念の強さ、ねばりづよさ、そんなことを
強烈にかんじさせられた。

私は、社長というのは、法律や経営のことすべてを知っていて、
やたらとスピーチがうまくて、実情が伴って無くても理念を述べて
いろんな経験をつんでいて、いろんな組織の長もつとめている、そんな存在と思っていた。
でも、彼女の姿は、「自分の違和感、問い、思い、信念」からスタートして
それを行動にうつしてきた結果なのだと知った。とってもかっこよくて、うらやましく思った。
なにより、今までは「国際貢献というのは援助すること」という多数派意見に対して、
ビジネスで一流の価値を作り出そうとしている点が、本当にめからうろこだった。

与えるだけじゃない貢献。そんな選択肢もあるんじゃないか?
そう疑わないと絶対出てこないアイデア、挑戦。

痩せるだけじゃない美しさ。そんなあり方もあるんじゃないか?
そう疑わないと出てこない自分らしさへのいとしさ。

わたしは、やっぱり「○○は○○だ」という意識に甘えているんだな、と
改めて思う。でも、殻をやぶりたい。すこしでも、すこしでも、疑って、疑って、
代替案をかんがえたい。

そんなことを考えた1日でした。
やっぱり、言葉は重要。外国語、必須。そうも思った1日でした。
個人的には、中国語と日本語で一人でスピーチをすすめていた
おじいちゃん(どっかの会長)がかっこよかった。
なんというのだろうか、彼が話してるのはもはや外国語ではなかった。
発音がうまいとか、流暢とかだけじゃない、中国色をすっかり身につけた
すばらしい言葉だった。これこれ、こういうの、目指したい。
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by jengsauman | 2007-12-14 22:23
今日は、最愛の店のひとつ「つるとんたん」へいってきた。
私の好きなたべもの「うどん」と「なべ」が合体した「うどんすき」という
きんぐおぶ日本食をたべるたびに、うおーーーーーと至福の瞬間が訪れる。

今日は、フランス人Tが日本を去り、香港へ駐在するので、
最後にとっておきのおいしいものを食べようということで、いってきた。
しかし、なぜ新宿店も六本木店もあんなに喧騒の中にあるのだろうか。
大変、周りと合ってない。

つるとんたんへ初めていったのは、今年の誕生日。
おねえちゃんと、だんなが連れて行ってくれた。
新宿店だったので、生ライブやら、大型スクリーンに延々と展開される夏木マリの
「リンダリンダア~~リンダリンダリンダアアア~~」が頭をぐるぐるまわるやら、
なんだか落ち着かなかった。でも、おいしかったし、うれしかった。

その後、六本木店にいってみたら、これまた全然違う店の雰囲気で、
落ち着いた感じ。でもサービスはこれまた微妙。
しかし、何回か行っているうちに、どんどん改善され(たと勝手に思う)、
今は、だいぶ気持ちがいい店になった(と勝手に思う)。

なにがいいかって、先付のざるうどんもお代わり放題だし、おなべのうどんも
お代わりし放題だし、それを確認しにきてくれたり、旬の良い素材があったら
具が増えていたりする。(今日は、初めてぶりがはいってた)。
具材を入れるいれものも綺麗だし、具も生麩や湯葉、京都のねぎやアナゴ、
生きたままの海老やほたて、大きくてあまい白菜、香りのきつすぎない春菊。
そのたもろもろ。とっても豊かな気持ちになる。豪華すぎるかもしれないほどだ。

そして、薬味がこれまたいい。青ねぎ、ゆずこしょう、もみじおろし、しょうが、レモン。
全部入れてだしを飲んだら、友達はおもわず「メチャクソうまい」と言った。。。。。
「セボーンセボーン」

Tはすごく気に入って、なぜもっと早くにここにつれてきてくれなかったんだ!と逆ぎれした。
どうやら東京を去るのがとてもいやだそうだ。私は、香港駐在なんてうらやましかよ、といった
けど、来たいならくればいいじゃん、といわれてしばし困った。
私は、香港で住みたいのだろうか。。。否。
でも、Tが香港にいったら、私はもっと気軽に香港に行けるなあと思う。
なんだか、いろんな人に、引き寄せられている気がするけど、
でも、それに甘えてばかりいてはいけない。
きちんと、自分の選択をしていかないと、色がなくなってしまうのだ。

Tは「あらら~」と連発するので、てっきり日本語をしゃべっていると思ってたら
フランス語だった。なんか、残念なニュアンスだった。とっても面白かった。
二人して、あらら~と言い合っていた。どういう意味なんだろう、フランス語では・・。
言葉ってほんとに触れるたびに神秘を感じる。

彼は、おじさんのくれたヨガの本をくれた。フランス語だ。。。。。。
勉強すれば読めるようになる。うれしかった。
摂食障害の話も、身体に対する見方も、Tとはいろんなことを話してきたけど、
私たちはやっぱり不安を抱えたままで、時々会うのが億劫に思える。
負のものを隠さない関係というのは、どこかでとても重かったりする。
でも、いったん会ってしまうと、なんだかとても落ち着く、そんな友達だ。
一緒に、とってもおいしいものを食べれて、良かった。

帰りに日比谷線に乗っていて、ふと考えた。
私は、「きれいになにかををしよう」とばかり考えてきたのだな、と。
失敗が極度に怖いのもそのせいだろう。

何かを効率的にやることも重要だけど、効率が先にはしらないように
自分の原動力を、みつめなおさなければ。
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by jengsauman | 2007-12-14 01:22

からだをとりまくリアル

今日は、『いのちの食べかた』という映画をみにいってきた。
森達也の同じ題名の本から、邦題がつけられたようだが、
なんとも、見ずにはいられない題名だなあと思ってしまう。
それは、とにかく食べて飲み込まずにはいられないという、
過食症の状況にとって、食べ物はいのちであるということを認識する
ということは全く不可能、でありつつ、頭では正しくあろうとして
現状をすっとばしてそれを認識しようとしたりもする。
どちらにせよ、命をいただいているのだ、ということを
強く体感したかった。

この映画は、音声がほとんどない。淡々と、映像が流れる。
そして、自分にとっての「食物」が「いのち」であることを、「あっ」と思い知らされたり、
「いのち」が「食物」であるために、とてもいびつな在り方を強いられていたりする
ことを知る。

もっとリアルで、ぎらぎらして、どろどろしてるものを見せられるのかと思って、
覚悟していったが、どちらかというと、淡々と衝撃を伴いつつも、いろんなものを
見せていく感じで、カクッと寝てしまった瞬間もあった。

それほど、私は、自分がいのちを「いただいている」ということへの
感謝が足りないのかもしれないと思う。
頭で理解するのでなく、感じたい、そう思いながらどこかで他人事。
そんな自分を脱したくて、何かを取り入れようと必死になるけれど、
もっとすぐそばにあるものをじっと見てみることが必要なのかもしれない。
今日一日の今日しかない食事。
それを自分が自分のからだに取り込むということ。

見ながら、こういうことを、姉の子供と一緒にみたいなあと思った。
自分が、「こういうもんだ」と思ってしまっていることに対して
きっと子供は、「なんで?」という問いを出すだろうし、
そのときまた私は、自分の決めつけ人生を反省するだろうと思う。
っていうか、姉の子供とのやりたいこと、なんだか本当は自分が考えないと
いけないことを、彼におしつけているだけではないか?なんて思ったりもする。
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by jengsauman | 2007-12-13 00:50

爆発だ!

今、岡本太郎の『強く生きる言葉』を持ち歩いている。
なんとなく流されそうになるとき、パッと本を開いて、とどまるときもあれば
やっぱり流されるときもある。でも、そういうときは、流されようと決めて流されている
のだと思うようになった。

私は今27歳だけど、知らないことだらけ、できないことだらけで、完全に落ちこぼれだと
自覚している。でも、一番いけてないのは、自分は落ちこぼれだと気づかないように
隠して隠して、生きてきたことだと思う。

何かを知るためには、原動力は好奇心とかなにかしらの縁であったり、
そういう頭で考えた理由でないものが動いてこそ、知ろう、知りたい、できるようになりたい
と思うものだと、広東語を学ぶうえで知った。

正しい生き方には全然必要のないことかもしれないけど、
正しい生き方には、感動がないのかもしれないと感じたりもした。
だから、私はこの無闇にうるさくて、絶妙な和音をなす広東語を
ただ、追いかけることで、しらない間に自分の後ろにそういう道ができていることを
後々になって知った。

いろいろと、正しい生き方を探っていたころ、私は前ばかり見ていた。
そして、後ろばかりみていた。そして、何もないことを嘆いていた。
でも、肝心の足元をみることを、どうしてしなかったのだろう。
どんなに綺麗に聞こえることも、その中に熱情がないものは
すぐに消えてなくなっていくということを、どうして気づかなかったのだろう。
そんなことをよく考える。

でも、最近、また新たなものと出会いつつある。
それは、半ば強制的であるかもしれないが、私の従兄のルーツである物理だ。
私は、彼に手紙を書こうと何枚か書いてみたが、まだうそ臭い文章しかかけずに
レターセットをおきっぱなしにしている。半ば義務のように、感じてもいる。
でも、本来、私はそんな偉そうな立場じゃなく、ただ純粋に従兄と話しがしたかったのだ。
彼が何を考え、何を学び、何を研究していたのか、それを知る意味はあるのか
ないのか、それ以前にそのレベルに文型丸出しの自分が達することなどできる
わけがないと思っていた。
でも、達さなくてもいい。ただ、自分が出会ったもののなかで、琴線に触れたもの
については、とことんやってみるということを、そして決めた以上は
言い訳を作らないということを、少しずつ実践していきたいのだ。

岡本太郎は言う。
「眼の前にはいつも何もない。ただ、前に向かって心身をぶつけて挑む、瞬間瞬間があるだけ」

私はそんな生き方には到底遠いところに今はいるけれど、
結局蓄積していくものというのは、あるんだけれど、それを一生懸命握っていると
そこから出れない人間になるだけなんじゃないかと思う。
毎日があるのは、過去を乗り越えるために、自分自身に挑むためだけにあるんじゃないかと
思ったりもする。感じたわけじゃないけど、そう思う。

わたしなんぞができることなんて、たかが知れている。
でも、知れているなら、まず知れているということを知り、
人に習い、学び、聞き、とにかく知恵を絞らないといけないと思う。
無理やと思う瞬間を、毎日1秒でも遅らせる。それだけでもいいやないかと思う。
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by jengsauman | 2007-12-11 01:05

串揚げ食べ放題

おねえちゃんと、おねえちゃんのだんなちゃんと、3人で串揚げ食べ放題へ行ってきた。
食べ放題自体、あまり好きではないけど、ここはなんだか楽しかった。

私は、大阪人でありながら、実は串揚げをまともに食したことがない!
二度付け禁止とか、新世界とか、しらんもん。実はしったかぶりしてるけど、
大阪のこと、よう知らんねん。
というわけで、そんな事実は隠しながら、3人で食べる気まんまんで新宿で待ち合わせ。

なんと串揚げの具財を自分で持ってきて、衣をつけて、自分で揚げるんや。
おもろ~。しかも串揚げ以外にもめっちゃいろいろある!
私のつぼにはいったのは、うどん(の汁)、きゅうり、ソフトクリーム。

思った以上に串揚げは多くたべられへんかったけど、おねえちゃんは妊婦パワーで
海老ばっかり20本か25本は食べたと思う。
すんげー。

その後、ベローチェに行ったら、いつもは喜んで食べる(飲む)プリモオーレが
今日はいらんわ・・・と思えた。だって、ソフトクリーム自分でうねーって出して
めっちゃ食べたもん。

でも、おねえちゃんの日々の話を聞いてると、本当におもしろい。
もうすぐ、命がうまれてくるんやという非現実的な実感。
でも、私は何をやってるんや、しっかりせなという変な格好ばっかりの焦り。
でも、やはり私は今の私以上のことはできないし、ただ溺愛するだけのことは
できるだけしないように、自分を制していきたいと思う。
今ちょっと想像するだけで、もうなんというか、愛しい気持ちが芽生えている。
自分の子供ではないけれど、次の世代なんだ、という感動。
命が受け継がれていくことを目の当たりにする柔らかい衝撃。
私は、会うたびに大きくなるおねえちゃんのおなかをさするたびに
なんとも言えない力に触れる気がする。

彼が、彼女が、少しでも生きやすい世の中を作りたい。
そんな壮大なことを考えてしまう。
けれど、温室ではいけない。そうも思う。

自分に子供が生まれたら、できるだけレールをひかずに、好きなことをとことん
やらせたいと思う。それは、表面的な勝利や正しさなど、自分の人生とは何の
関係もないからだ。そんなしょうもない、でもとても強力で恐ろしい世界とは
無縁であると自分の意思で蹴散らせるくらいのしなやかさを持ってほしい。
それが、自分の体感として、こうしてほしかった、と思う気持ち。
でも、それとは別に、やっぱり溺愛し、守りたいと思ってしまう、この抑えられない
どーーーーっと流れてくる愛しさは、エゴなんだろうか。
自分とは違う対象に目を向けて、人生を生き生きと過ごしている風に見えて、
実は自分の人生を止めていただけだったということは避けたい。
かっこよくてかわいいおばちゃんになりたいのだ。
そんなエゴイスティックな妄想をよくするこのごろ。
そんな夢とはうらはらに、私は自分にも他人にもとても甘い。とほほ。
現実と夢の間を少しでも埋めるために、日々があるんだよね。。そうだよね。。
ああ、しなやかさがほしい。

おねえちゃんとだんなちゃんに、クリスマス風めろんぱん君、名古屋名物きしめん(最高!)、
つけてみそかけてみそ、夜のおやつうなぎパイ、をもらって帰る。
しかし、このめろんぱん君、めっちゃかわいいー!といいつつ、もぐもぐ。
おいしかった。

私は、きしめん、うどん、そば、うどんすき、味噌煮込みうどん、鍋焼きうどん、
チゲうどん、ちゃんぽん、焼きうどん、・・・・永遠に麺類でも喜んで生きていく女なので、
もう名古屋っていったらたまらん!きしめんもうまいし、味噌煮込みも最高。
でもやっぱり大阪のうどんは一番やけど、どこの料理もうまいよ。日本食ハラショー。

今日は久しぶりに、おうちでご飯をたべた。
炊きたてのご飯に、宝梅(私の中で梅干の王様)とのりでもう悶絶寸前。
最近、おもいっきりご飯を食べることが、とても違和感を伴わなくなってきたけど、
一体何が違うのか。何が変わったのか。ほんとは何も変わってないのか。
よく分からない。

食べることが怖いという日々と、食べることが本能に近いと感じる日々は
一体何が違うのか。こっち側にいたら正常で、あっちがわは異常なんてことはないだろう。
だとすると、もっともっと、からだをしること、社会をしること、自然をしること、
自分をしること、そんな不可能に少しでも挑戦していくことでしか
何も見えてこないのかもしれない。
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by jengsauman | 2007-12-11 00:00