過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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太りたくない。やっぱり、どこかで、まだそう思う。
カロリー高いものを食べたくない。栄養は取りたいけど、痩せたい。
前に進んでいるようで、戻っているようで、やはりじたばたしても仕方がないのだろう。
あー、ハア・・。なさけないような、まあいいか、なような。

いつも大阪にかえると、親友のひろちゃんが家まで迎えにきてくれて、
近くのフレンドリー(ファミレス)へいって、ひたすらしゃべる、ということがおおい。
今回も、ひろちゃんと夜の9時からフレンドリーにいってきた。
うちの親は、夜に出歩くことをとてもうるさく言う人だが、ひろちゃんと出かけるとなると
なんだか信頼してくれているような感がある。
そうか、やっぱり、きちんと説明することが大切なんかなと思った。
わけもなく心配性だとか、なんでも反対するとか、思っていたけど、ただそれだけではない。
私が責任をおこたっていたのだろう。

でも、これ以上言うと心配をかけるだろうとか、これは言わないほうがいいだろうとか、
これはこういう風に言ったほうがいいだろうとか、そんなことを常に考えながら
会話をしていると、これでいいのか、私はなんか勘違いしてるんじゃないか、などと
思う。実際そうなのかもしれない。でも、ただぶっちゃけるだけが親孝行ではないと思うし、
そういうことを同年代の友達たちに相談しながら、やっていこうとおもった。

ひろちゃんのおかあさんは、精神的に参ってるらしく、現在12個くらいの病院に
かかっていると聞いた。どこへいって、どんな検査をしても、何も異常がないといわれて
「わたしは誰にも治されへん病気やねん」と騒いで、ひろちゃんに毎日何回も電話してきて、
病気の話をするらしい。仕事を続けていることで悪者扱いされているとも聞いた。
なんだか、とても切なく、悲しくなった。
ひろちゃんのおばちゃんは、高校時代に泊まりにいったときとか、何回かあったことがあって
物腰が柔らかくて、人に迷惑がかからないよう、すごく気にする印象があった。
でも、今は、全く自分のことしか考えられへんくなってもうてん、とひろちゃんは
悲しそうに、どこかいらつきながら話していた。

私はおばちゃんのために、何かしたい、などと考えてしまって、
ひろちゃんの話を聞いているうちに、なんと自分は無力なことか、とどうしようもなさに
情けなくなった。

ひろちゃんのおばちゃんは、何があったんやろう。いつのまにか、苦しさや抑圧の中で
自分のやすらぎを見失ってしまったのか、昔からずっと無理してたのか、
なんなんだろう。私はそんなときも、自分の数少ない経験の中からしか想像できない
自分がいやになる。でも、ほっとくなんて・・。でも、何もできへんなら中途半端にかかわるな
とも思う。

お医者さんというのは、こういう人に対して、どういうことをする人なんだろう。

私は自分の数年前を思い出しながら、いろいろと話していたら、
ひろちゃんが、「あんな、あんたとうちのおかあさんが一番違うのは、あんたがまだ
若いということやとおもうねん」っていうた。
その通りやと思う。立ち直るに際して、私は、まだ見ぬ自分の将来を考えられたし、
死の恐怖と向き合うことなどなかった。今はだめでも、一歩一歩やっていこう、というのは
20代だからこそ、だったのかもしれない。
自分の母親が、最近弱気な発言をよくするのも、死という言葉をよく発するようになったのも、
やっぱり、私には分からない心境の変化やいろんな不安があるからなんじゃないかと思うと
希望や自立なんて言葉を発することが、浅はかにおもえた。

人はなんのために生きるのか。ただ回りの人間を大事にして、いろんなことを感じつつ、
生を重ねていくだけではだめなのか。なぜ、自己実現自己実現となってしまうのだろう。
何かをしようと思えば思うほど、今を見落としてしまう。
今のこの瞬間に感じることを、スルーして、明日の予定や1年後の希望なんてことに
頭を奪われ、いつまでたっても実感を感じられないという自己不信をもったまま
生きていくことになる。

ひろちゃんのおばちゃんのことは、私にはどうにもできへんやろうけど、
私はすくなくとも、ひろちゃんの味方でいて、ひろちゃんがおばちゃんに
できるだけ尽くせるような手伝いをしたい。それだけやけど。。

ひろちゃんはあたしに、「あんたは大きいことで悩みすぎて、実際何もできてへんことが
多いねん。それは苦しいだけやで」というた。
ほんま、そうやなって思った。

東京へ戻ると、大学時代のゼミの友達Oからメールが来ていた。
アメリカに行って5年くらいのやつだが、東京で再就職した、という連絡だった。
私はめっちゃそいつが好きやった。
一回ニューヨークに遊びにいこうとしたが、金欠と休みが取れずやめたのだ。
なんせ、私の女友達がそいつのことすきやったから、私は何もできへんふりをしてたが、
その女友達は去年結婚したから、今は自由に会ってもいいだろうなんて考えたりも
して、なにより、最近には全くない「ワクワク感」に満ち溢れている。

「会えるんやー楽しみやなー。でも、結婚してたりして。男やから苗字も変われへんしな。
いやいや、結婚はしてへんやろ。でも婚約はしてたりして。っていうかあほか、あたし。
何を考えてんねん。いうても普通の友達やんけ」などという一人ごとをずっと繰り返している。
でも、あいつが東京にいると思うだけで、なんだかうれしい。
明日から北京出張やから、来週には会おうと言ってみた。ホホー。

そんなこんなで、契約切れ間近で部屋探しをしてたところ、
不動産や5軒目くらいで、すげー感じの悪いやる気のなさそうな人が担当だったが
よくよく接してみたら、なんとその人は、Oにそっくりではないか。
無愛想で斜めに構えてるようで、仕事には人一倍まじめで、
質問したら必ず確認して、適当なことは絶対に言わない。
つっこみも車の運転の仕方も、猫背も、髪型もそっくりにみえてきて、
なんだか笑えた。

結局、私の3ヶ月にわたる部屋探しは、Oそっくりのおにいさんのとこで決めて、終了した。
私は、あいかわらず、勝手に思い込んだり、思い入れをしたりして
あほやなあと思った。けど、この人で決めたいって思わせる不動産屋の営業は
まずいなかった。この数ヶ月で、私が探した数はかなりの数になるけど、
多くの人は、仕事のために仕事をしていて、だんだん化けのかわがはがれてきた。
早く決めたがり、質問にも勝手に憶測で答える。
でも、Oそっくりのおにいさんは、最初も無愛想だが、今も無愛想。
最初も一生懸命だったが、今も一生懸命。いつも変わらないのだ。
そのプロフェッショナルさに、私は感動した。
お客様のために、ベストを尽くす。それが口ではなく、行動で表せる人。
そんな人はなかなかいない。ありがとう、おにいさん。

今の部屋の管理会社とバトッって、電話で号泣して、なんでこんな人ばっかりなん
とか思ったりもしたけど、そんなやつらほっとけばいいねん。
ちゃんと仕事してる人がいる、ちゃんと一生懸命やってる人がいる。
それを知れると、少しだけ心強くなった気がした。

なんだか、Oから連絡きたのと、おにいさんとこで探してたのが同時期になって
余計にO熱が高まって、あほやなあたしって思うけど、いいのだ。
わたしはこれからもあいつのことがめっちゃ好きやろうし、
会えるのが楽しみだ。どんな人間になってるかなー。すげーフランクになってたら
どうしよう(キショイワ)。「おめーきもちわりーんだよ」「なにしれーっとしてんだよ」
といういつもの暴言なのかつっこみなのかよう分からん愛情たっぷりの言葉を
聞きたいものだ。

いつも人は決断していかないといけない。
少しずつ、少しずつ、自分で考え、自分で決めていこう。
まわりを大切にして、今日できることをやろう。
食べるのがこわかったら、食べなくてもいいじゃないか。
安心できる場所で、思いっきり食べたくなったら、いっぱい食べよう。
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by jengsauman | 2008-03-23 18:54
私はいままでたくさん後悔した。
それらのほとんどは、自分で決めたことではなかった。
だから後悔した。
でも、後悔したと思わずにすんだ。
自分で決めたことじゃなかったから。
人のせいにできた。

だから、何がもやもやで、何がだめで、何が後ろめたいのかさえ
よくわからないまま、当事者であることを避けてきた。

私は後悔している。
ふいに高校時代の恋をおもいだした。
私はあのとき、「自分で見て、自分で決める」ことをしなかった。
私は人の声を聞いて、人の目で見て決めた。
相手は人間だった。
でも、私はただただ、失敗することで自分が貶められることを恐れていた。
自分の感覚や縁なんてものを信じる前から、思考で全部を止めた。

私は自分の頭で目の前にいる人のことを嫌いになった。
だんだん、何が何か分からなくなり、無感動になった。

1年後、彼は彼女ができて、その8年後くらいに結婚した。
そのころ、はじめて、私は彼がどんな人だったかさえ知らなかったことを知る。

まるで、今の中国報道のように、彼は何についても悪人あつかいされていた。
誰が口を開いても、彼の良いことを言う人はいなかった。
だから、私は最終的に私は彼を信じてみることよりも、自分が傷つかないことを選んだ。
その感覚を、今でもはっきりおぼえている。
まるで嵐の中につっこんでいくようなことなんて、できるわけないし、する必要もない。
私は自分の心の中の執着対象にしがみつづけることを選んだ。
世の中はほんとにできない理由さがしとレッテル貼りであふれてるんだなと
いろいろ思い返すと感じてやまない。もちろん今もそうだが。

時間が経てば、くだらない根拠のない固定概念が、ほんとに根拠がなかったことを知る。
そのとき、自分の「自分で見て、自分で決める」覚悟のなさに、愕然とするはずなのに
私は、どうやら今日始めてそれを痛感したらしい。


きっかけは、昨日見た、『情熱大陸』だ。
山口さんを見て、自分がいろんなことを後悔していることを知った。

なぜなら、
私がこだわってきたことなんて、根拠もない常識だったり固定概念だったりだからだ。
そんなもの、乗り越えて、私も自分の夢のためにはいつくばって
のりこえて、とびっきり笑いたい、そう素直に感じたからだ。

しょうもない保身なんて捨てて、自分を知ることからはじめて
そして、ちいさなちいさなものを重ねていって、
人のために生きることが自分のために生きることだということを
ほんとに言葉ではなくて、自分のやってきたことでかんじたい。

彼女はこんな感じのことをいった。
『自分の目でみたことしか信じない。人の情報を信じて失敗したら
人を責めることになる。自分で決めたことで失敗したら自分で責任をとればいい』

すごいひとだなと思った。
わたしは、たくさん後悔した。
後悔するたびに、人をせめてきたことにも気づいた。
なんてつまらないんだろう。そりゃ感動もないよ。

でも、言葉で人はかわらない。
習慣をかえるんだ。
自分の感受性を、信じよう。


私は、やっぱり痩せようとしている。
どうしてだ、どうしてだ。もう98%治ったと思ってはいても、
私はむきあえていないのだ。なんておもってしまう。
ふと、食べる量を減らせた日は喜んでしまうときがあり、
ふと、体重計の数字と1人でゲームしてることもある。
なんのために?
それを痛いほど知ってるはずなのに、それでも私は痩せることを100%捨てていない。

きっと、私が私を信用してないからなのだろう。
そして、私が私を見ていないからなのだろう。

ちがうちがう、そんな言葉をこねくりかえしてる場合じゃないよ。
そんなことしても何もならないよ。


そうだ。明日死ぬかもしれないから、明日から朝起きたら生きてることに
感謝してみよう。
生きてるからこそ苦しいけど、生きてるからこそ何かができる。

人は年齢じゃない。
年下だろうが、年上だろうが、なんていうか、尊敬っていうか
もう素にならざるをえない感じというのだろうか。
そんな人たちの中に、自分も人の流れのなかにいたい。
自分の役割を果たし、人とささえあう流れ。
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by jengsauman | 2008-03-18 02:33

とことん

先日、とある女性社長が、「あなたはそんなに苦難に遭っても、なぜそんなに頑張れるんですか?」という質問をされたとき、「楽しいからです」と答えていた。

「あなたは著書の中でもつまずいて転んでないてばっかりだけど、一度決めたらとことんやる、その強さの秘訣はなんですか?」と聞かれたとき、「とことん泣いてとことん悲しんでとことん悩むと、またパワーが沸いてくるからです」と答えていた。

すごく、はっとした。

全身全霊で向き合っていくことは、並大抵ではないと思う。それがしんどいから、それをせずにいられる被雇用者は挑戦挑戦と口に出しながら、安定にしがみついてるのかもしれない。

非日常や気付きを求めて、別世界へ行くことをいつも夢見てるけれど、私の心が変わらないかぎり、どこへいっても何も見つからないんだろう。と思う。

逆に、全然他愛のない日常の中からも、すさまじい感動を得られるチャンスはいくらでもあるということなのだとも思う。ひとつひとつ、真に受けてたら、正直しんどすぎて身体ももたない。そんなやり方はライフワークバランスが取れていないダメな社会人だという上司の論も一理あると思うが、そんな甘えを残したままでは私はだめなのだろう。本当に極端なやつだなあと改めてあきれる。

私なんかもうあかんわ、誰の役にも立ってへんし、仕事もいややわ、そんな思いがのしかかってきたとき、私はとことんそれと付き合おうときめた。何事もとことんやることでしか見えないものがあるのだろう。仕事もやって、勉強もやって、趣味も生活も結婚も出産も・・いろんなバランスをとってる人は本当にすごいなと思う。天才的だ。

いろんな人がいるなあ、本当に。そして、やっぱり人とのつながりがないと、解決方法も、切り口も、材料もずっと同じ。そんな自分って薄いなあって思う。何もかも自分で情報を集め、自分で決めて、自分で行動し、自分で完結する。誰のためにもならない、誰とも何も生み出さない、そんなものほど寒いものはないなあと思う。相手を選んでいるうちは、実際は何も融和していかないとおもうのだ。


どこかの講演会やイベントへ出かけることに逃げてるだけではなにも変わらないと思っていたが、それを少しでも当事者意識をもって臨むならそれで十分意義がある。
誰かに出会えるかもしれないし、何かに出会えるかもしれない。

でも、何か、を常に誰かに提示してもらおうとしてると、一生同じところでうろうろしてるだけだ。
これじゃないとだめ、ではなくて、広い括りだけを決めて、どんな切り口でも対応できるような人間になれるよう努力したい。どういうとき、楽しめるのだろうか。。やっぱり自覚や覚悟が足りないのだろう、とうすうす思っている。


摂食障害はいやおうなしに自分に当事者意識を持たせる。

実家の近所のおばちゃんが突然亡くなったらしい。
人はいつか死ぬ、そうだった。
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by jengsauman | 2008-03-06 01:11