過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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方位磁針

今日は、おもしろい1日だった。といっても、まだ終わってないけど。

大阪に帰ろうか、帰らないか迷っていたけど、
一歩行動できたおかげで、本当に一歩となった気がした。

日野先生の、講演とミニコンサートだった。

申し込み先は担当者の携帯電話番号だけ。
傷つきたくない私にはとてもハードルに思えた。
でも、電話してみたら、「はいはい、まだあいてますよ」といわれて、
私は調子に乗って、東京からいきます!とかアピールして
どんだけ特別と思われたいねん、アホちゃうかと思って後で後悔した。

けど、今日その人に会ったら、私のことを覚えていてくれて、
勢いで口走った実家の地名や、東京から来たことも、言ってくれた。
うれしかった。

コンサートが終わったあと、勇気をだして、先生に話しかけた。
いろいろと自分のモヤモヤを稚拙と分かっていながら、前に進めないことも
質問した。考えるな、自分で考えるためには、基礎がいる。それは10年かかるかも
しれないし、30年かかるかもしれない。でも、どんどん失敗して、それがあるから
今語れるんだ、と。
何も無くて、すーっといった人生なんか、何がおもろいんじゃ。

今日死ぬかもしれへん、だから今思ってることがあるんやったらやれ、というだけや。
失敗するのが嫌やからやれへんのやろ?
他の誰も自分のかわりには死んでくれへんねんから、周りなんか気にするな。
やる前から友達なんてできへん。やった後にはじめて仲間になるんや。

そういう話をしていただいた。
私は、あほちゃうか、と言われて、うれしかった。
自分が考えてばかりで何も動いてないことも。
すぐに答えがほしいことも。

それがいいかどうか、正しいかどうか、なんていう思考は結局すーっと姿を
消していくものなのだと知った。
でもいつもそれが私の大部分を占めているのは、考えているからだ。
考えても答えがでないことを考えているから。

他の人がどうかは知らないから、自分について言うと、
すごく気持ちがよかった。
いろいろ複雑に思える自分の問題は、実際とっても単純なのに、
頭はそれを気づかせまいと必死に策を練る。
だから自分にとってはとっても複雑。
どうしていいかわからない、とぐねぐねしていた。
でも、それに気づいてしまった。
でも、気づいてしまえば思ったよりも怖くなかった。
それを望む反面怖くて仕方なかった自分は、
結局知らないことで防御を作ることで、最低限の痛みを抑えている
つもりだった。


そんな話のあとに、日野先生のドラムコンサートCDを発売している
レコード会社の社長さん(近所のおっちゃんと思ってた)のおかげで、
CDをプレゼントしていただいた。
そして、社長が「おれもサインしたろか?」といってきた。
もらおかな~と思ったけど、どうしようかな~と思ったので、
わたしはつい「ちょっと考えます」といってごまかした。

そしたら、「考えたらあかんねんて。自分さっき聞いた話どっかいってもた
ってことになるで」っていわれた。
社長さんは、「こたえはYESしかないねん。おもしろそうやからやってみる。
それで世界が広がるんやろ。」っていわれた。

あたしは、まさにさっき先生に言われたことを、ただ頭でしか考えてなかった
ことをつきつけられた。
とともに、そうか、これがあかんのやって、この癖を変えていかなって、
いや、変えるとかじゃなくて、もっとどんどんやろう、でいいんだ。と感じた。

社長さんは、こんな逃げ腰で先送りなあたしにも親切で、
「またコンサートあったら連絡するわ!」って言ってくれた。
うれしかった。

ただ、さみしいからと仲間を探したり確認したりすることは
こんな感覚を生まない。

日野先生は、ひとりでやれって言いはった。
ダメな男とつきあっても、それは1年や2年つきあったから分かることで。
それは失敗じゃない。これはあかんというのが分かれば、
じゃあどうしようというのが考えられる。

めちゃくちゃやったれ、と言われた。

人生で3年は気ちがいになれ、とも講演で言っていた。


私は、いったいどれだけのブレーキをかけていたんだろう。
そしてこういう言葉がなければそれに気づけないことも情けないけど
でも失敗じゃない。じゃあどうしよう、だ。


それにしても、すっごい疲れた。
日野先生のドラムは、すごかった。
そして、先生の顔は、すごい美しかった。
私もあんなかっこよくて美しい顔になれるよう、自分とたたかおうと
少しだけ覚悟を決められた。


そして、広東語の先生からのメールがリフレインする。
先生は、こういった。
「無理になにかをしようとしなくても、○○さんが生を味わえることに一生懸命
取り組んでいれば、たとえ目にみえなくても、誰かのためになっている。
だから誰かのためにとか考えなくていい。
あなたの中に、ちゃんと方位磁針があるんだから。」

私がずっと考えていた、社会のためになること、誰かの役にたつこと、それは
何なのか分からない、そして何から手をつければいいのか分からない。
そんなすべてを吹き飛ばすようなことだ。
でも、結局人は日々の中で、失敗しながら挑戦して、工夫をしていくしか
方法がないんだから、やろうと思ってることがあるなら、やってみるしかない。

ひとつひとつ、とりくんでいこう。

そして、武道も、広東語も、やりたいなら周りがどうのこうのじゃなくて
とにかくやってみる。何でも、新たな世界が見えそうなことは、首をつっこんでみる。

人生はすえひろがり。それを信じるんだ。
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by jengsauman | 2008-04-26 18:18

ちゃんと仕事をする

不動産屋のなだぎ似さん、もう入居したから連絡することもないと思っていたけど、
母から連絡があって、速達分の切手が足りていませんでしたって、切手送ってきたらしい。
わたしは、ほんとに、あらためて、救われた気がした。

あたりまえのことかもしれない。でも、その当たり前をすることが、どれだけ難しいか
いろんなトラブルや揉め事をへて、そして自分が日々仕事をするなかで、
痛感する。ごちゃごちゃ正しさを求めるまえに、眼の前のことをしっかりやれって。
自分にいつもおもう。

彼(なだぎさん、と勝手に呼んでいる)は、信頼できるひとだと感じていた。
今までお世話になった不動産やさんの中で、もっともきちんと仕事をする人だった。
でも、わたしは、自分の感覚が信じられなくて、いつかだまされるんじゃないかと
思っていた。だって、今までずっとそうだったんだから、だまされて当たり前くらいに
構えておいたほうが傷つかずにすむ、とか思いつつ。
でも、彼はうらぎらなかった。お金をもらってるんだから当たり前かもしれないけど、
彼はお金がもらえるかもらえないかわからない時点から、今まで一貫して誠実だった。
わたしは、そんな人がいるということを、2008年に何回感動できるだろうか。

先週末に引越しをして、やっとあの物件とおさらばできた。
ほんとうに、ほんとうに、うれしい。
ほとんど部屋に帰らなくなってから、余計にあの部屋が嫌になり、負の気に満ちていた。
お金を払っているのに、余計に嫌なものを受け入れているかのようだった。

でも、あの物件の何がいやだったかというと、
古さよりも、治安の悪さよりも、駅からの遠さよりも、不動産屋と管理会社MMだ。
彼らのサービスは最低だった。悪口ではなくて、本当にサービス業として、最低だった。
あんなに全国のあちこちにお店があるけど、なんで?と不思議で仕方がない。
あの看板や名前を見るだけで、憤りと情けなさと吐き気をもよおす。
彼らは、本当に中途半端で、本当に客のことを考えなかった。
もう思い出したくもないけど、入居後その物件が火事があった場所だったとわかり、
火事のせいでオートロックを解除する線が部屋まで繋がってなくて、
毎回下まであけにいって、リフォームしてあまりたってないのにみずもれして、
そんなありえないことばっかりでエネルギーを消耗した。クレームを言われるよりも
言うほうがよっぽどしんどい。
事前に説明されなかったことを責めなかった当時の自分はまだ甘かった。
自分の権利を主張し、悪いものは悪いということは、相手を責めるのではなく、
プロフェッショナルとしてやっている(はずの)相手のためでもある。
そう思うまでに時間がかかった。自分が責められるのが怖かったから。

そして、退去連絡でもトラブル、立会いでもトラブル、連絡も不行き届き、
っていうか連絡が行き届いてたことなんて一度も無い。

私はこの2年間をとおして、本当に「きちんと仕事をする」ということの重要さ、
むずかしさ、を痛感した。
不動産屋さんではいい思いをしたことがほとんどないから、
いいサービスを受けられるなんて期待してはいけないんだと思い込もうとしてた。
でも、彼(なだぎさん)とあって、私は自分が作り上げた諦めがポロポロと崩れた。

悪い出来事をあげたらきりがない。
悪いサービスをする人をせめてもきりがない。
でも、悪いことばっかりじゃない。その実感は、何よりも救われる。
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by jengsauman | 2008-04-25 01:18

素直になりたい

ここ数日、引越しの準備でばたばた。この作業や、自分が一人暮らしにこだわる(大阪に帰らないことも含め)のは、全く非生産的なだけではないかと思ったりもする。ただコストばっかりかかって、何も生み出さない、そんな日々なだけでは?と考えることもある。わたしが東京にいたところで、社会に何の役立ちもしてないし、なんて考える。なぜ賃貸は2年契約なんだ、お金をためても、引越しですっからかんになるやんか、とかぶつぶつ考えて、でもそうじゃないと大家さんが困るよなあと、思ったりして。何をしとんねん。

でも、それでもやはり、私は自分で経済的にやりくりしているということを、たった1ミリでもいいから、いつかプラスになればという一縷の希望をもって続けているんだと思う。無駄かもしれない、アホかもしれない、非効率かもしれない。でも、それでも得るものがあると信じるしかない。信じられなくなっても、続けるしかない。今はそんな気持ちだ。

周りには、東京や関東に実家がある友達がたくさんいる。実家から通っていたり、実家のそばに一人で暮らして車を自由に使ったり、なんだか信じられないほどうらやましい話だなあと、いつも横目に思ってしまう。そうして貯金をして、結婚を決めて、貯金を結婚資金にして、実家の車をもらって、今日もそんな話を聞いた。うらやましいなんて思わない、そんなこともし思うなら、私だって、関西にいればよかっただけだろう。でも、違う。私が不安になるのは、自分が上のような気持ちで、何か得るものがあると固執している「自活」というものには、ほんとは何も意味がないんじゃないか、という恐れだ。そもそも、人はひとりでは生きられないのに、自分の足で!とこだわりすぎると、孤立するだけのような気がするのだ。自分の立ち回り方が悪いからなのだろうけど。ああ、なんてちっぽけなんだ、あたし。

まあ、そんなことを言っても仕方がない。それは隣の芝生は青い、なのだろう。と自分の問題に目を向けようと必死に冷静になろうとする。そもそも、綺麗な図なんていらないんだ。そんなことを考えるのが日常茶飯事だ。


今日は、O(つか)のお帰りなさい会だった。
二人で会うのは、みんなで会った後にしようと思っていたが、それは正解だった。
たぶん、二人であってしまったら、すぐに形をほしがっていたような機がする。
彼には、もう10年以上?の女性がいて、なんと今も続いていた。
まさかと思ったけど、そのまさかだった。
しかも、プロポーズするタイミングを逃して、どうすればいいか教えてくれと
なやんでいた。
でも、それも必然。別の意味では、彼と仕事場が同じ街だという縁もうまれた。
いつも、完璧なものを求めると、必ず「得られない」ことが起こる。
だから、あきらめることも必要。ほしがらないことも必要。
そうしてたら、どっかから何かが転がってくる、と思うことにした。

今日は、おかえりなさい席上で、別のカップルが結婚の報告をした。
あと2人くらいが彼女から結婚を迫られているとなやんでいた。
既に結婚した友達が新婚生活の話をしていた。
話題は結婚結婚結婚だった。
わたしは、だんだん遠い目になってしまった。

つかが結婚を考えていることがショックだったというよりも、
なんか結婚しそうにない自分が、孤独だったからだ。
なんだか、正しいことからひとりだけぽつんと取り残されているようで、
落第生の烙印をおされたような気がした。
また、このひとたちの中には、結婚しないという選択肢がなくて
そうじゃない幸せなありかた、なんてありえないといわれたような気がしたからかもしれない。

私も結婚したい。今まで全然思わなかったけど、
さすがに思うようになってきた。
なんでだろうなあ。

つかは、アメリカに4年いて、なぜこのタイミングで戻ってきたのか?とみんなに聞かれて
おもいっきり素直に、「ものっそいさみしくてしょうがなかったんだよ!」と言っていた。
それだけじゃないだろうが、そう言ってしまえる彼がとてもだいすきだ。
でも、そういう選択もあるんだなあと思ったし、そういうののほうがずっとしっくりくる。
間違いとか、正しいとか、わからないんだから。

自分にとって、たいせつなものをしっかり守れるようになりたい。
私にとってだいじなものは、ほんとは何かな。
途上国へいって国際協力をすることがいつも正しいとは限らない。
医者になって人のために日々頑張ることがいつも正しいとも限らない。
やっぱり、自分が抑圧されて犠牲になっては、たとえまわりが賞賛しても
めでたくはないのだと、そういう考え方をするようになった。

そうして、みんな自分にとって大事な人のもとへかえっていった。
私は、一人になって、とぼとぼと歩きながら、彼に電話をした。
でも、でなかった。留守電にどうでもいいことを入れた。
なんかこういう姿が、すごいいけてないOLとしてドラマに出てきそうだなと
思って、ひとりでははと笑ってみた。

正直いって、つかは、アメリカに4年いってるあいだに、
すごくいとおしい素直なやつになってしまった。
むかしは、ほんとは優しいのに、斜に構えてるやつ、というのが売りだったのに
めちゃくちゃ丸くなって、優しくなってしまった。
なんだか、すごく慣れなくて、最初はあまりしゃべれなかったほどだ。
でも、わたしはやっぱりつかが大好きだなあ、って思って
うれしかった。あいつはほんとにへたれで、なんでも言うてまうけど
とっても優しくて、素直で、背伸びしなくて、信頼できる人間だ。

彼女の誕生日(8月)までにプロポーズするらしいが
もう待たせすぎて、断られるかもしれない、と言っていた。
内心、そうなればいいのに、と思っている自分もいて、そんな自分がちっぽけ過ぎるが
すべてはなるようにしかならないんだってば。
もし、結婚することになっても、祝福してやろう。
そう思って、携帯におかえりメールをしたら、「なんかほっとした」って帰ってきた。
よかったな。もしかしたら、これだけでも、大学に行った意味が1ミリはあるのかもな。
全く身になる勉強はしなかったと思うけど。食べることばっかりだった。

でも、やっぱりしっかり生きていこう。
人は生きていくうちに、いろいろ抱えていくもんなんだね。
それがすこしずつ受け入れられるようになると
自分の不完全さを、人にさらけだして、
少しずつささえあっていく仲間を見つけられるのかもしれない。
たとえ、結婚しなくても、笑顔で生きていく道を歩みたい。
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by jengsauman | 2008-04-15 00:57