過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

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家族

夕食の席では、私の旅の話からはじまり、父と母が私の歳くらいだったときに行った
インドとアフガニスタンの旅のはなしでもちきりだった。

父は、死ぬまでに行きたいところがいくつかあって、その中にラダックが入っていた、と言って
いた。少し驚いたけど、きっとそういうだろうと思っていた。私は、なぜ今回ラダックへ行ったか
はわからないけれど、どうしても引き寄せられたという話をした。父は、「まさか、娘に先を
こされるとは思わんかった」と酔っぱらいながら話していた。

父は、今日は本当に機嫌がよくて、いい調子で話していたが、あまりに父の熱い話の腰を平気でおりまくる母に対して「やっぱりあんた好きやわ」って言っていた。そんなん言ったの初めて聞いたので、すごくうれしかった。
母のそういうところは、父にとっては彼女の長所として映るらしい。
で、父は笑いながら、私を抱き寄せて「お前、おれは一体幸せなんやろうか」って笑いながら
言っていた。

父に抱きしめられたのはいつぶりだろう。
はずかしいような、でも、うれしかった。

今回の旅で出会った人たちのおかげで、なぜかインドへとても興味を持つようになった。
今日は父も、またインドへ行こうという話をしていた。
なぜだろう。何かをすると、まさか自分が思いもしなかった方向へ物事が広がっていく。
それがとても不思議で、強力な力だったりする。

今までは、インドもオーストラリアも頭の中の地図からは抜けていた。
でも、今は、くっきりと形をなしている。
自分の、狭い狭い世界が、少しずつ広がっていく可能性を、つぶさずに、
フットワークを軽く、そして、仕事へもつなげていきたい。
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by jengsauman | 2008-09-28 02:05

痩せたい

今日は、父と母と3人でおうちで手巻きをした。

やっぱり、インドから帰ってきて以降、太るのが怖いまま。
インドではやつれたせいか、ここ10年で体重の最小数値を出し、あの数字を見たショックが
まだ抜けずにいる。この数字を維持したい、いや、もっと減らしたい、と思ってしまっている。
減らせるわけがない。最小数値の原因は、食べずにとにかく歩きまわっていたことだから、
普通の日本の生活では維持できるわけがないのだ。
旅へ出ると、ある種のアドレナリンが出て、食べずにでも歩きまわることができる。
でも、それは一時のものだからこそ可能なのであって、日常ではありえない。
それを理解しつつも、「痩せたね」という言葉が、耳から離れない。
また、ここへ戻ってきたの?っていう自分への落胆と、それでももう少し痩せられるのでは
ないかという期待がまざって、もうお手上げだ。

母は私が痩せたと思っていて、何回も何回も、ご飯を食べなさい、と言ってきた。
あまりにしつこいので、「うるさいよ!」といってしまった。おかあさんはちょっとしゅんとして
しまった。悲しかった。

なぜ、顔に肉がついたらいけないの。
再来週にある健康診断で、去年以上に少ない体重でいたいと思ってしまう。
痩せているときに出会った人ともう一度会う前に、もっと痩せていたいと思ってしまう。
女は痩せているほうがいいといういけすかん男に対しては、「それはあんたの勝手な考え
でしょ!おしつけないでよ」っていえるのに、わずかでも好意を持っている人に対しては、
そんなこと一言も言われていないのに「顔がしゅっとしてる」とか言われただけで、
もっと痩せないとって思ってしまうのはどうして。

どうして、覚悟を持てないの。

八方美人をやめて、必要なこと以外を捨てて、それにだけ向かうという覚悟を。
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by jengsauman | 2008-09-28 01:57

意思とは別に

今日は、母といっしょに『おくりびと』という映画を見に行ってきた。
とても良い映画だった。特に、山崎努が素敵すぎた。

なぜ日本のお葬式はあんなに湿っぽいのだろう、と思っていたけど、
その中でもこの映画で描かれていた納棺師は、故人に対して愛情を持って
接していた。それが、すごく、心をゆさぶられた。

これが日本なのかなあ、と思ってしまう。
昨日の小田和正コンサートの最後もしかりで、なぜそこで一列に並んで
ふかぶかと頭を下げるのか、きっとほかの国の人にはわからないのではないか、と。

それがいいか悪いかではなく、それも含めて、そしてお葬式のときにこそやっと
仏教徒であることを意識するような国民性も含めて、それが日本人であり、
なぜそうなってしまったかを考えてみたくもなった。

死は終わりではなく、門のようなもの。次へつながる門をくぐったんだ、というのに
すごく深いものがあるのだろうなと感じた。

誰もが死を迎える。自分とは関係ないこととして見ていればすごくきれいなお話だけど、
ふと自分の親が、そして大切な人が、そして自分が、と考えると、やはりすごくさみしく、辛い。
でも、死は終わりではない。ただ、今世の区切りではある。
だからこそ、毎日、ゆさぶられつつ、死を意識しながら生きていきたい、と願うものの、
そんな精神力が自分にはあるのだろうか、という不安がよぎる。

きっと、悩んでる時間なんてとってももったいないんだろうな、と思う。
未来を迷ったり悩んでもしょうがない。
そして、すべてが点と線になる。
それならば、今思いつくことをとにかく形にしていこう。
そうしていれば、後悔なんてしようがない。

自分の親が、今の仕事を続けることに決めたと聞いた。
今回こそは、おそらく本当にやめるんだろうと思っていたが、上司と部下から引きとめられて
とどまることを決めたらしい。
その決意は、おそらく本当に覚悟が必要だっただろう。
もしかしたら、父はこのまま仕事を辞められず、一生の夢だった登山へも行けない
かもしれない。それでもなお、父は残らざるをえない何かの力を感じたという。
「なんでやろうな」という言葉が、とても重く感じた。

往々にして、意思とは別のところで力は働いているのだと思う。
一見どうしようもない選択に見えても、あとで必ずつながるんだろうな、と薄々感じるこのごろ。

私にとって大事だったものが、少しずつ色あせていっても、それをさみしいと感じたり、
やはり執着するふりをしたりするのではなく、手放せばいい。
でも、それはいつか何か形を変えて、どこかで何かとつながるような気がするのだ。
だから、今はただ、惚れたことにいちもくさんに向かっていこうと思う。
たとえ、アホに見えても、意味があることだとわかるのも、自分自身以外にはないものね。
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by jengsauman | 2008-09-28 01:20

你來自哪顆星

現在の全日狂聽

陳柏宇『你來自哪顆星』
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by jengsauman | 2008-09-27 23:35 | 音楽

待たない、期待しない

今回の旅で、何人かの人と出会い、その人たちの思い込みをかわすのに大変だった。
だんだん、男の人とかかわることが面倒くさくなったけれど、その矢先の出会いでした。

香港系オーストラリア人のAは、帰りのデリーの空港の搭乗ゲートで私の前の席に座り、
話しかけてきた。私は悠長にウォークマンを聞きながら、日記などを書いていて、
全く知らなかったんだけど、台風で少なくとも12時間遅れになったらしかった。

話しかけられる前は、風貌から100%中国人と思い込んでいて、気付かないフリを
していた。が、彼が話す英語は、今までに聞いたことがないような、とてつもなく美しい
言葉だった。もう、なんていうか、硬直し、のちに興奮した。というか。

私は、音ふぇちである。広東語が大好きなのも、あの音がドツボだからだ。
しかし、英語にこんなに感動するなんて思いもしなかった。
もしかしたら、彼が広東語/英語話者だからなのかもしれない。

結局、13時間遅れで夜中3時半のフライトになったけれど、それまでの時間を
デリー市内のシャングリラホテルで過ごすことになり、私とAはトゥクトゥクにのって
街へくりだした。1人なら到底できなかったこと、いけなかったところへ、2人なら
安心してできるんだ、と思ったことが沢山沢山あった。

彼は、私が英語ができないからと、重要な局面では頼まなくても通訳してくれた。
でも、私が自分でできる範囲には決して手を出さなかった。
その恩着せがましくなさと、自然さが、私はとても気に入って、心地よかった。
弟みたいな感じだった。5歳も年下だけど、時には兄のようでもあり、弟のようでもあった。

何より、彼と話すことで、私の頭のすみっこにあった広東語が、少しずつ出てきたり、
出てこなかったりして、リアルになったことがうれしかった。
私がずっと考えていたことは全部机上のことで、今こうして目の前に広東語でしか
コミュニケーションできない人がいる、ということほど、頭で考えることを止める有益な
方法はないんだとやはり感じた。

彼とは香港まで一緒だったけど、別れ際はあっさりだった。
旅での出会いとはそういうもんだけれど、メールアドレスを交換したのに
メールは来ない。一緒に撮った写真を送ってもらうようにメールしてみようかと思ったが、
自分から送るのもな、と躊躇していたところ、ひろちゃんに「あんたあほか?」と言われた。

後悔しない生き方とは本当に難しい。自分が思ったことは、待たない、そして相手に期待しない。自分から、アクションする。たとえ失敗しても、後悔しないんだという覚悟さえもてば、怖いことなんてない。
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by jengsauman | 2008-09-27 03:27 |

コンサート

今日は、おかあさんの誕生日プレゼントに姉といっしょに買った小田和正コンサート@大阪城ホールでした。コンサートのために、会社を午後半休。やる気あるんか、というつっこみを自分でする。

今日も飛行機がなかなか飛ばず、ぎりぎりになったけれど、18:30に間に合った。
大阪城ホールへ来ると、コンサートだという気持ちになる。他のどの場所よりも。
中へ入ると、母と母の友がすでに座っていた。15年以上会ってないのに、なんだか
あまり変わっていない気がした。

小田さんの声は、生で聞いても本当に美しく、すきとおっていた。そして、パワフルだった。
私の知らないオフコースの歌もいくつか歌っていたけれど、総じて、力強くさわやかだった。
今日がツアーの最終日ということもあって、アンコールが3回もあった。(その後は、帰ったのでわからない)
「ダイジョウブ」「キラキラ」「言葉にできない」は、本当にじーんと来た。
なんといえばいいのだろう。とっても強いのに、とてもしなやかで、軽やかな声。風のような。

今、この瞬間を感じることが本当に難しく、ちょっと油断したら仕事のことや、
香港オージーのことを考えてしまう。
でも、今日小田さんにあえて、本当によかった。
また、トークが、媚びないでユーモアあふれ、とっても好感をもった。

答えは1つじゃない、今だからできることを忘れないで、知らないあいだに
支えられていた、今までも、今も、これからも。そんなことをかみしめた3時間半でした。

その後、心斎橋へ移動して、ひろちゃんと会う。2時間弱しか会えなかったけど、
ひろちゃんの結婚相手の写真を見た。私の旅の話に完全ダメ出しをされ、
ぐうの音もでなかったけど、これほどストレートにダメ出しされるとありがたくさえ感じる。

終電で家へ帰った。あいかわらず、インドから帰ってからは、食べることが厭になっている。
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by jengsauman | 2008-09-27 03:15

実感

決めない、というのはどれほど難しいことか。思い知った数日間でした。
今、私はラダックにいて、たった数日の間に、いろいろとあって、へこんだり、情けないと思ったり、恐怖におののいたり、心から感謝したり、感情がふりきれるような日々でした。

この街は、素敵な場所です。
大部分の人は、今を生きています。そして、いつも笑顔であいさつをしてくれます。
善良で、あたたかくて、決め付けない人がたくさんいます。

でも、一部の人はそうではなかった。
それを、私は自分の不注意というか、いつもの八方美人で自分の首をしめて、
大変なことになりかけた。

なんということか、思い出すだけでも、情けなくて、悲しくて、悔しくて、怖くなる。

インドだったら用心するくせに、ラダックはインドではないと決め付けていた。
だから、自分が悪いんだけれど、この素敵な街のイメージがあまりに悪くなってしまって
それが一番腹立たしいし、申し訳ないと思う。

でも、日常ではありえない親切に触れて、自分のいたらさなさを痛感して、
無常であることを体感して、ありとあらゆる人にあいさつしまくって、
すごく感じた数日間でした。
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by jengsauman | 2008-09-22 22:43

情熱による引き寄せ

先日申し込んだ、日本ユニセフ協会の国際協力講座の抽選結果が来ていた。

ハガキには。。。
「応募者多数のため抽選を行いましたところ、残念ながら、受講定員80名の枠に入りませんでしたので、何卒ご容赦いただきたくご連絡申し上げます」

と書いてあった。

枠に入りませんでした、か。
たしかにその通りなんだろうけど、少しショックだった。
志望動機やら講座を今後どう活かしたいか、等々を書いたので、
私の努力不足&準備不足、なにより、情熱が足りなかったな、と思った。

これだけあっさり書かれると、何のためにこれに申し込んだのか、甘い自分がよみがえり
はずかしくなった。

特別な何かは転がり込んでは来ないんだよね。自分の居場所も。
いいかげん、もっとがむしゃらに向き合わないと、チャンスはどんどん見えなくなる。
そこにあっても、自分の慢心で、見えなくなってしまう。

そんなことを1個ずつ減らしていくために、順番をつけて、目的をはっきりして、
スケジュールを決めて、全力でやらないと。やっぱりそこにいきつく。

このハガキの印刷が斜めにずれているのが余計に情けなさを助長する。
これを机の前に貼っておこう。
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by jengsauman | 2008-09-14 18:13

ラダックへの第三歩

いろいろと調べていると、帰りの便の設定がとても無謀なことに気づく。
多くの人は、デリーで1日予備日を取っている模様。ガボー。
でも、デリーで1日滞在するつもりはなく(勇気がなくて)、休暇も終わるし、
ハテ・・どうしよう・・・タラーとなって朝までどんどん焦ってしらべておりました。
ほんと、小心者のくせに、無謀なんだよ、もーむかつく、自分。

しかし、なんかいけそうな情報をGET!
どうやら、国内線の航空会社からの要請があれば、FIXのチケットでも特別に
変更してもらえる可能性があるようだ。

早速はりきってJMBへ電話してみたら、「FIXチケットの変更は3日前までです」とあっさり。
いやいや、ちとまっておくれやし、とご丁寧に説明し
知人からこういう措置が可能と伺ったのですが、こういうことは可能でしょうか?
と聞いてみたら、「確認します」といったあと、ながーーーーーーーーーーい保留。
トイレで読書(汚いけど、先生直伝の二重に時間使う作戦)しちまった。

んでもって、「インド国内線の航空会社からの要請があれば、特別に対応可能です」とのこと。
ひゃっほー。しかし、新たな疑問。果たして、Jet Airwaysは要請してくれるのだろうか・・。
「そりゃ、自分とこの欠航で国際線に乗れなくなった客にたのまれたら要請してくれるよね」
っていうのは、もしや日本人的甘さ・・・・?

あさってにでも聞いてみよう・・。。。

それにしても、これだけ必要以上の手間をかけて、わざわざCXを予約したけど、
JALにしておけば、直行便だし、国際線⇒国内線空港へのバスもあったらしいし、
トラブルおきても話が早いし、香港寄るっていったって夜中だけやし、
ワシ、バカ・・?と思い始めた。

ま、いいのだ。ワハハ。

というわけで、やっぱり諦めなければ方法はあるんだなー。(学習してない)
今後の目標の1つに「粘り腰」を追加しよう。
めざせネバネバ女子。
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by jengsauman | 2008-09-14 14:10 |

ラダックへの第二歩

今回のスケジュールは
■9月18日(木)成田⇒香港 香港⇒デリー
■9月19日(金)デリー⇒レー
■9月23日(火)レー⇒デリー デリー⇒香港
■9月24日(水)香港⇒成田

【最近やっと知ったこと】
・JMBでCXのチケットを予約すると、JLよりもマイレージが多く必要だった。
JL-34500マイル、CX-40000マイル

・JMBでCXのチケットを予約する場合でも、向こう1年間は日程変更可能だった。

・インドは短期訪問でもビザが必要。午前中大使館へ申請すれば、当日の夕方には
交付されるらしい。


【今から調べること】
・デリーの国内空港への移動手段
・国内線が欠航した場合の、デリーでの過ごし方
・レー到着後のラダックでのスケジュール
・23日の夜に香港着いてから、次の日の朝までどないしようか


【今からすること】
・ビザ-16日(火)仕事の合間にビザ申請&受け取り
・両替-18日、成田空港にて
・宿と交通手段の決め
・充電方法の調べ


それにしても、いつも通り、何も決めてなくて大丈夫か。
今回は、インドへ行くとあって、ちょっと不安。デリーは経由するだけど、
デリー⇔レーは高地にあるため、視界不良でよく欠航になるらしいし、もし欠航になったら
行きはともかく帰りは致命的だ。香港行きに乗れないじゃんか。どうしよう。
デリーでポツンの自分の図を思い浮かべるだけでゾーとする。

それでも、やっぱりCXにこだわったのは、やっぱり香港に行きたかったからだ。
(CXのほうが1万円近くサーチャージ安いのもある)
スケジュールがちょっとでも狂うと大変なことになるけど、もうなるようになれ。008.gif

たったちょっとでも、香港の土地をふんで、彼らの話す言葉を耳に入れる。
彼らの世界に、触れさせてもらいたい。それのために、私は香港へいきたい。
だって、日本にいたら、ただバックミュージックみたいに聞き流してても、生活上
全く支障ないんだもの。リアルにしなくてもいいんだもの。

わたしには、いろいろ、いろいろ、甘い部分がある。
どうしよう、もう顔向けできない人がいっぱいいる。特に広東語の先生。
でも、ひとりじゃどうにもならなくて、ここにいるだけじゃどうすることもできなくて、
一歩外へ足を出すことでリアルに近づき、自分の世界が世界のたった一部であることを
認識し、日本とその他、というくくりじゃなく、日本も香港もラダックも、感じられるようになりたい。

カルカッタへ行く勇気はまだないけれど、どんどん腰が重くなる自分に鞭をうって、
よし、もう少しオープンマインドになりたい。
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by jengsauman | 2008-09-14 00:54 |