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過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

友達が大阪に帰った。
正直、さみしいです。

昨晩合流して、うちの家の近くでお酒のみながらご飯食べて、
うちで朝までずっとしゃべっていた。
ここ数年来、自分が泊まりに行ったり、誰かが泊まりに来たり、というのはあっても、
やっぱりどっかで気を遣ってしまうのが常だった。
けど、高校の友達にはそれがない。私たちはそういう関係だった。
家族よりも相互不干渉で、恋人よりも何でも言えて甘えがなく、
いつも一緒にいるのに一緒に居ないようで、でも一緒に居た。
「あんたほんまにアホやな」と言い合えば言い合うほど、
「あんたのことほんまにすきで、たいせつで、心配してんねんで」という
思いを交換できる気がした。

その友達と数年ぶりに会ったのがこの夏、そしてそれから二度目が昨日。
私たちはたくさん変化したけれど、関係は何ら変わってなかった(笑。
おばかで、しょうもないことにゲラゲラわらう。かと思えば、心のうちを
明かしあい、各々の問題に対して何もできないけど最大限味方になったりする。
それは、それが友達としてそうあるべきだからではなく、ただそうしたいだけ。
たとえ、その会話に何ら生産性がなくとも、そんなことうちらの関係に必要ないさ、
クククと笑っちゃえる。いや、生産性を意識せずになんでも言える関係こそが
何より貴重なのかもしれない。

結局、何の話をしたかはあんまり覚えてないけど、その友達が何回も何回も、
あたしの名前を呼んで、「なに?」っていうたら、「なんもない」って
いったり、「すきやで」っていったり、笑ったり、また呼んでみたり、
訳分からん行動ばっかりするのが、とっても愛しかった。

ここのところ、いつも考えて、ちゃんと何かしらの気付きが
含まれていたり、意味があったりする言動、ばかりに気をとられて、
なんだか緊張していたのかもしれない。それが全部解き放たれて、
いつもならダメだと言われることや、自分がダメだと思ってしまうことも、
平気でできたり、言えたりした。
友達は、そんなあたしの発信の内容にかかわらず、あたしがそうして
発することをとても喜んでくれた。「自信持って、自信持って・・」といい続けながら
いつの間にか眠りこけてた姿が可愛かった。

帰り際にクリスマスカードをお菓子を置いていってくれた。
そこには、高校の時、毎時間のように回していた手紙と同じ字があった。
あたしたちは変わらない。でも、お互い今できることに飛び込んで
少しずつ自分を変えていこうね。そんな話をした。

今日一日胸がざわついていたのは、頭で解放、快感、自由などという
イメージをするも、結局とらわれてがちがちになっていた自分を
とっても自然に包み込んでくれた友達の存在の大きさを、改めて、というか、
初めてあそこまで痛感したからなのかな。
それとも、今日が大切なおじいちゃんのちょうど一周忌だったからかな。
100%肯定の関係は成長しなくなるからダメだと思っていたけど、
そういうことではないと分かった。愛すること、愛されること、その安心感は
凄まじいパワーを与えてくれる。そこから自分が何をどこまでできるか、
それは自分の問題や。

まだ会いに行けてない人に、一日も早く会いにいきたい。
でも、それだけじゃなく、毎日、少しずつ何かを変えていけるように、
自分が動く。人に変化を頼らない。

人にどう見られるかにエネルギーを使う暇がなくなってきた、少しずつ。
これが今の自分。あ、でもいくら人目を気にしないとは言っても、
自分がハッピーになれるように外側も磨いていきたいな。
いろんな風に触れて、いろんな光を浴びて、いろんな色を見て、
その都度自分を変えていってもいい。けど、あたしの主体はあたし。
口で言うほど簡単ではないけれど、バランスをとって、毎日すこしずつ
軸に近づけていきたい。理想は柱がありつつ多面的。

おじいちゃんが成仏できていますように。
おじいちゃんが見守っていてくれますように。
おじいちゃんに恥じないように日々を重ねていきたい。
あれから一年。
この一年を踏み台にしてもっと前進してみせる。

近所のA○P○のレジのうしろに、超どでかく
「クリスマスイブまであと19日!!!!」って
カウントダウンしてたけど、「だから何じゃー」っちゅうねん。
一々煽動するな。といいつつ、過敏に反応してる自分が一番愚民か・・トホホ。

もっと根性座った人間になりたい。
by jengsauman | 2005-12-06 00:02