過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

泣こう!

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オリオンのチョコパイ。今日新大久保通って帰るついでに韓国広場に寄った。これは昔の過食代表食品。今はちゃんと付き合いたいなと思ってかってみた。ほんとになつかしい。冬場はこれを二箱くらい買ってダウンジャケットの下に隠して部屋に帰って隠していた。ルームメイトはあまり部屋にいないし、とってもおおらかでのんびりしてる子だったから良かったけど、食べてるときはむなしかったなあ。。

おかあさんから手紙が届いた。大切なことは、泣くことだよ、と書いていた。泣くことは心を浄化するよと。嬉しかった。今、あたしは何かを見ないふりしてるんかな?自分の悲鳴に知らん振りしてるんかな?実際とても楽だからそんな気もしないけど、そんなときこそ気をつけて自分のことを見ないといけないのかもしれない。気づかないくらい押し込めている可能性だってある。そうやって生きてきたのだから、そんな自分を忘れたら穴に落ちる。

今朝携帯が壊れた。またラッキーと思った。また過去から一歩遠ざかれると思った。結局データは残っていたけど、機種を変えた。色もまっかっかのやつにした。気持ちが明るくなった。この携帯は絶対に幸せなつながりでいっぱいにするんだ。と願った。新規にする勇気はなかった。仕事の関係で無理無理、と自分に言い訳したけど、ほんとはそうじゃない。

無理なんかせんでええねん。思いっきり泣こうや。ほんで、嫌なことを嫌やと思ったらええねん。でも、きっとそのうち幸せに気づくはず。正しさなんてどうでもいいやんか。今こそ毅然とするべきだなんて、それが正しいなんて思わんくてもいいやんか。だって、正しさなんて自分にしか通用せえへんねんで。それが自分を縛ってたら、あたしはアホやんか。

今日読んだねん。人の話を聞かれへんのは、自分が善悪二元論に陥っているからやって。自分の正しさで人を裁いていて、悪やと思っているからやって。それは一番分かりやすい自分を肯定するやり方やから。自分が自分を認めたいだけやねん。誰かがすることを責めたくなるのは、対話という言葉さえも忘れたギリギリでいっぱいいっぱいの自分やねん。心広いふりしたり他人を尊重するふりして、自分を創るので頭いっぱいになるくらいなんやったら、そんなもん捨ててまおうや。そんなんやったら人と関わってても何も吸収できへんやん。

正しさと楽しさは並立しえない、とも。

正しさか楽しさか、どっちかを択べと言われたら、きっと楽しさと答えるはずやのにな。

心の中にある思いをちゃんと拾ってあげよう。
泣きそうな自分は泣いたらええねん。
でも、叱咤すべき自分にはちゃんと厳しい言葉と具体的行動を課そう。
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by jengsauman | 2006-02-22 01:31