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過食症を経て、一つ一つの日常を見つめる記


by jengsauman

ほんものの覚悟

ここに覚悟やらなんやら書いてるうちは、覚悟ではないことは分かっているがしょうがない。

もうSさんから連絡はこないんじゃないかと思っていた。
私のような、なんの軸も逡巡も教養も努力もないやつと話すことなんてないと思っただろうと思った。
それを振り払うために自分から、連絡しようとは思っていたが、何を言えばいいのか分からなかった。
いつも、「今日帰ったら勉強しよう。哲学の本を読もう」とか思うけど、家に帰ったら、感情の反芻で終わる。
私は、本当にやる気がないのかもしれない。私は、何に向き合う気も、何を作る気も、ないのか。
そして、Sさんは、苦しい中でもひとりで閉じて思いつめすぎなのではないか、とか、
どう対せばいいのだろう、とか、一見とてもそれらしいことを考えてはみても、それは無責任なもの。
「もっと違うアプローチがあるのでは」と言ってみたって、自分に何も言える材料がない。
ただ人のやっていることをああだこうだ言ってるだけなら、誰だってできる。

そう思ってたら、メールが来た。「今取り組んでいることが終わったらご飯へ行きましょう」と書いていた。
めちゃくちゃ意外だった。しかし、一体、何で会おうと連絡をくれたんだろう。
そして、また、前回のように、Sさんの表出を延々と聞くだけのやりとりをしてしまうのか。と思うと
何をどうすればいいんだか。前会ったときと、変わってない。

私がやりたいと思っていることは、ある事件で被害にあったSさんとは反対の場所にある。
だから、私は、到底、Sさんの前で、自分の思いのかけらを話すことはできないと思っていた。
私は自分の歩みが、自慰行為なのではないかという思いを今も持っている。
怖かった。それは、批判されるからというより、自分が曖昧な考えしかないことに気づくのが。

Sさんは、自分が被害にあった事件を起こした人や関係するものに「消えてほしい」と言った。
私は、その言葉を聴いたとき、身体中が凍った、そして、痛かった。
現実だ。これが、何の落ち度もない「被害」の、現実。消えない苦しみ。どこへ怒りを持っていけば
いいのか分からない。そして、なかったことにはできない。その苦しみの重さ。
たった数秒それに触れただけで、わたしは凍り付いてしまった。

だから、自分が、どんな覚悟を持っても、それは覚悟じゃない。
私はいつも安全な場所でいて、地を這うような思いをしている人に触れたいなんてほざいている。
私が何をしても、どうやっても、自己満足は捨てられない。
それでも、私は、Sさんに、自分のやろうとしていることを、いえるようにならなければならないと思う。
いや、言う必要などないかもしれない。言いたいのは私だけで、Sさんは聴きたくないと思う。
でも、全ての方向に良い顔はできない。それが、覚悟じゃないのか。

また、そういうプレッシャーをかけることで初めて、真摯に、自分のやることに取り組まざるをえない
状況を作り出すことができるのかもしれない。なんて、やっぱり弱すぎる。
by jengsauman | 2009-06-23 01:26